反逆
額から汗が滲み出る。
人以外の生物の召還も念頭に置いてはいたが、実際に目の前に現れると動悸が止まらない。
「(昔読んだ童話に首から下は人間のソレだが頭は蛇、体の節々に鱗を持つ土族、蛇人がいると。実物を見たわけではないが、あの本に描かれていた姿に酷似している)」
「国王陛下、我々はどのように対処すれば?」
大臣は淡々と次の行動について質問を求めた。
ハッとし周りを見ると、兵士らは酷く慌てていた。
咳払いの後、スカッシュは指示を出す。
「古より伝わる伝統に則り執り行うのだ。彼も我々が呼んだ異世界人であることに違いはない」
「仰せのままに陛下。ンンッ! ……『よくぞ参られた異世界の勇者よ! ここは貴殿らのいた世界とは別の世界。異世界と呼ばれる場所である。突然のことで困惑しているだろうが、どうか我々の話を聞いて頂きたい』」
自分達が置かれている状況。
周りにいる人間は誰なのか。
端的にわかりやすく説明することで不安を和らげる。
恐怖から特殊能力が暴発すれば、ひとたまりもない。
「……どんな話だ」
異世界竜人が言葉を発すると、口元から火が溢れた。
彼を凝視していた兵士らは魔法による攻撃かと、武器を握る力が強まる。
一挙手一投足が火種になりかねない。
「我がアルスレイ聖王国は今、謎の敵対生物の侵攻を受けようとしている。在中している兵力では歯が立たず、微かな希望に縋る思いで異世界転移の術を行った」
本来であれば大臣が続けて説明する所を、スカッシュ自らが説明した。
今の説明に嘘はないが、大事な所を隠している。
既に別の異世界人が召喚されていること。
その彼らが謎の敵対生物と会敵し、敗走したことを。
敵対生物が怪獣であること。
怪獣という存在は異世界で空想として存在している。
であれば知っていてもおかしくない。
知っていれば、数十メートルの敵と戦う気が失せてしまうかもしれない。
「勿論、我が国としても全力で支援に尽くさせてもらう。望むモノがあるならば全力で応えさせてもらう。だからどうか……!」
「断る」
一も二もなく拒絶された。
しかし断られることは予想の範疇。
急に戦えと言われ、すぐさま快諾してくれる相手はそうはいない。
「突然別の場所に呼ばれ、赤の他人のために戦えなど無理も承知なのは十分理解している。だがこの世界には貴殿の力がっ」
「くだらない茶番はもう懲り懲りだ!! 勝手にやってろ! 俺をもう巻き込むな!! 俺が、いつまでも貴様らの命令に従う被験者だと思うな!!!」
明らかな苛立ちを露にする。
それと同時にこの空間の気温が一気に上昇したのを感じた。
「落ち着いてください異世界人殿! 冷静に話をっ」
大臣の言葉遣いが威厳をなくし崩れる。
それほどまでに必死に場を執りなそうとするも、竜人は無情にも翼を広げた。
蝙蝠にも似た翼は、竜人を覆い隠せる程に大きく。
琥珀色の飛膜は見る者を虜にする程美しい。
「おいおい、随分と勝手な真似してくれるじゃな~い?」
「たかだかドラゴンの癖に、イキってんじゃねぇよ!」
この場に相応しくない、無粋な言葉遣いと無駄にでかい声。
「お、おい田中兄弟だ」
彼らは田中兄弟、同じく異世界転移してきたヤンキー異世界人だ。
しかし名前を覚える必要はない。
特殊能力の説明すらいらない。
二人はクラスメイトを払いのけ、竜人の元へと歩み寄る。
その手には剣が握られている。
話し合いのつもりは毛頭ない様子。
「殺り合うつもりだぞ!」
「あいつら『異世界なのにドラゴンいねぇいねぇ』っていっつも愚痴ってたからな」
「ね、ねぇ……止めなくていいの?」
「嫌よ! とばっちり食らいたくない……」
別の世界に来ても、クラス内での上下関係は変化しない。
彼らのようなヤンキーは生物をいたぶることに躊躇がなく、異世界での生き死にの現実にも順応が速かった。
元の世界では親や先生に見つからないように陰で行ってきた行為だが、この世界では正当化される。むしろそんな彼らを民衆が称えてさえいる。
以前よりも凶暴性が増し、支配欲が留まる事を知らない。
二人はこの機会を利用して、ドラゴンを蹂躙するつもりでいる。
「兵士! 二人を止めっ」
国王の命令より先に、兄弟は竜人に飛び掛かった。
「「ドラゴン、打ち取ったr」」
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兄妹の剣は首と脇腹に触れた。
どんな鈍らであろうと、彼らの常軌を逸した身体能力で振るえば、大抵の物質は両断できてしまう。
だが竜人の体に刃先が当たった瞬間、剣はドロドロに溶けた。
火に焼かれた氷の如く、切るという役目を一切果たさずに。
本来であれば兄弟の驚く様が次に描かれる。
が、そんな瞬きの出来事よりも速く、竜人は蹴り払う。
容赦なく、二人まとめて蹴り飛ばした。
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一秒にも満たない出来事だ。
王を含め、一般兵士らには一連の流れが見えてすらいない。
彼らが次に認識したのは、スカッシュの背後のステンドグラスが割れる音だ。
「田中兄弟ー!!!」
「おいやべぇぞ! いくら異世界だからって、あの高さはシャレにならないって!!」
異世界人達のその言葉がなければ、気が付かなかった。
窓の外を見て見ると、先程まで玉座の間の中央にいたはずの田中兄弟が下の地面に落下していた。幸い血が飛び散っていない為、生きてはいる。
「へ、陛下! ドラゴンが、召喚された異世界人見当たりません!」
「なっ!」
言葉の通り、その場に竜人の姿はなかった。
窓ガラスが割れた時点で既にその場にはなかったが、事態の二転三転に思考が追い付いていなかった。
「まさかあの一瞬二人を倒して、窓から飛び立ったのか!!?」
「陛下、いかがなされますか?」
「(場内に配備されている兵士らも総動員して捜索に当たらせろ!!) っ」
そう矢継ぎ早に言葉を発しそうになるが、寸前で飲み込み留める。
冷静に考えて空を飛ぶ相手を見つけるのは至難の業。
仮に見つけたとしても協力の意思がない以上、何らかの術を用意した上でなければ何の意味もない。
貧乏ゆすりが始まる。
こめかみから血が出るほど搔きむしる。
今スカッシュに求められるのは即断即決。
協力を得られはしなかった時点で怪獣討伐作戦は頓挫。
だが召喚は成功した以上、『あの約束』は履行されるはず。
「……全兵士に伝達、今よりアルスレイ聖王国の全住民はガルス帝国へと一時避難を開始する。異世界人たちも住民の避難に協力してもらいたい。拒否する者、反抗する者あれば強行しても構わん。儂が後で全責任を負う」
「ガルス帝国だって!?」
「あの国は完全閉鎖している国だぞ!」
「それに全住民の避難だなんて、普通受け入れてくれるはずが……」
兵士達が口々に不安を吐き出す。
「了解しました陛下。さぁさぁ、聴こえたであろう! 全員事前の説明に従い、持ち場に着け!! 加えまして治癒系の特殊能力持ちの方は田中兄弟の救護へ」
そんな中でも大臣はスカッシュの命令に従順に従った。
再度命令を受けた兵士らは各々の持ち場へ。
異世界人に関しても、住民の避難誘導に加わってもらう事になっている。
「陛下、どちらへ?」
「……話をつけてくる」
そう言ってスカッシュはあの部屋へと急いだ。
手にはあのペンダントが握られ、指先は一つの宝石を押している。
「(あの部屋での会話はあくまでも儂とトニックとの口約束に過ぎん。相手が反故する可能性は十二分にあり得る。この策は苦肉も苦肉。しかし避難を行わなければ、我が国民が蹂躙されてしまう!! それだけは避けねばらならない。例えこの選択で、我が人生の締め括りに汚点を残そうとも!!!)」
【アルスレイの大移動】 大陸の歴史
当時の国王レモン・スカッシュの突然の避難勧告により住民は強制的にガルス帝国へと移動させられた。
その理由や経緯については一切説明離されず、避難を拒否した者の中には兵士から過度の暴力を受け怪我を負った人もいたという。
後に怪獣接近に伴う必要な行為であったと国王自らが釈明。しかし事の顛末を知る内部関係者の情報により、情報が漏洩。
レモン・スカッシュが異世界転移の術を無断で使用。
転移してきたのが人ではなく蛇人にも似た化け物。
そしてその化け物が野に放たれたことが瞬く間に広がってしまった。