異世界転移
異世界転移が行われる場所の多くは『王の間』である。
適度に広い上に秘匿性も高く、異世界人達にも状況を飲み込ませやすい場所は他にない。兵士を敷き詰めていてもおかしく思われず、いざという時、生意気で反抗的な若者への威嚇にもなる。
アルスレイ聖王国はこの形式をとっていた。
他の国がどんな風な形式で執り行っているかは知りようもないが、おおむね同じ形式で信頼を得ていると信じたい。過去に特殊能力が弱いという理由で追放された青年が、その後奴隷の少女や他種族のメスを引き連れ、魔王軍に大打撃を与えたという事例もある。
「国王陛下、準備は万全に整いましたでございます」
「……そうか、わかった」
会議を終えた後、スカッシュは大臣に命令を下した。
内容はトニックが授けてくれた一か八かの策を採用。
それをさも自分が熟考の末に思いついたかのように話すという、自分一人が赤っ恥を重ねていく。
しかしもうそうするしかないのだ。
古き教えが破られた秘匿の会議室、友好国ビスターチェの怪獣討伐失敗、ガルス帝国の若き皇帝には弄ばれ、一日で許容できる理解の範疇を大きく超えてしまっている。
青二才の言うことなど誰が聞くものか。
そんな意気込みも潰えた。
だからといって休むわけにもいかない。
怪獣が動き出せば、もう取り返しがつかないのだから。
「一体何が始まるっていうんだ……?」
「何でも異世界転移を使うらしいぜ。あんな化け物相手に、今更誰を呼んだところで意味ないってのによ」
「そうよ……そうよ! こんなところで暢気してる場合じゃないの!! 怪獣が今にも迫って来てるっていうのに何で逃げないのよ!!!」
場所も弁えずに騒いでいるのは、この国に在中していた異世界人達だ。
彼らにはこれから呼び出す異世界人に対しての、最終防衛線として招集した。
先ほども記述したが、召喚した相手が必ずしも従順に状況を飲み込んでくれるとは限らない。
まして理解したうえでその場で特殊能力を悪用されれば大惨事になる。
あくまで友好的にだが、時には力を見せつけて納得させることも必要なのだ。
「彼らの準備は整ったようだが……校長殿はそれで、準備ができておられるのか?」
スカッシュが問いかける先に人はいない。
あるのは紋様が全身に刻まれた木偶人形だけ。
今回の異世界転移に最も重要な存在である魔法学校。
全校生徒並びに全教員の力を借りて行うという話ではあったが、流石に一挙にそれだけの人数に、しかも魔法の真理を追究する彼らに教えれば乱用悪用改造と、様々な形で今後異世界転移の術が使われていくことが危惧される。
「(それ故に現魔法学校校長だけに事の全容を話し、異世界転移の術の使い方を引き換えに秘密裏に全校生徒の協力を得れるようこぎつけた。なのにどうだ、いざ奴が来るかと思えば来たのは奴の魔法を伝える魔道人形だけではないか、クッソ! こんな時にまで表舞台に出る時間が惜しいというのか魔法狂いめ!!)」
思わず大きくため息をついてしまう。
心のどこかでは、もう失敗でもいいから早く終わらせたいという気持ちがある。
手持無沙汰から自然と爪同士を搗ち合わせ、足は貧乏ゆすりが止まらない。
スカッシュという男は良くも悪くも、ストレスを感じていることが周りにバレやすい。
机の上に常備されているクルミも城で働く者であれば周知しており、時には堅苦しい王族の服を脱ぎ捨てて一般市民が着るような普段着で城の中を出歩いたりと、王としての自覚が欠如しているようにも見える。
しかし、案外周りからしてみれば有難いのだ。
モノに当たったり、無理難題を吹っ掛けることもせずに自己完結してくれるのだから。
「(普段であればこういった客人を招いた場では律しておられるのだが、導き出すまでの苦労とそれを致すにあたっての決断に相当お悩みになったのでしょう。お労しや国王陛下、怪獣騒動がなければ王位継承を強行なされてもよろしかったのに)」
彼を知る周りの者からはそう思われる。
そして彼の行動を称賛し、より彼の精神を削るのだ。
「……異世界転移の術を使用するぞ」
異世界人は浮足立って、魔道人形の返答もないが、構わないだろう。
時間がないというもっともらしい言い訳を盾に、今日という日をここで終わりにしたいという本心があふれ出そうだ。
「おい、おっぱじめるみたいだぜ」
一年間生きるか死ぬかの戦場に立ってきた。
その中で絶対的な力と市民からの羨望と尊敬の眼差しを受けてきた彼らだが、いざこの空間内でお偉いさんが行動を起こし始めると段々と言葉を慎みだす。
「(王の間の中央には拒絶の像が円形に置かれている。周りには城の衛兵が五十名と魔法学校校長が操作する魔道人形、そして異世界人が十二名。おそらく召喚自体は成功するだろうが問題はその後。何が出てくる……?) 出来ればマトモであれ」
小声で呟き、矢継ぎ早に異世界転移の術を発動した。
伸ばされた右手から魔力が粒子となり、周りに拒絶の像が置かれている円の中心に注がれていく。
魔道人形はその光景を確認したのち、スカッシュの背中に手を当てる。
すると降り始めの雪程度だった魔力の粒子が極太の束へと変わった。
「う、ぅお……腕がはち切れ、そうだぁ……!」
拒絶の像によって抑制されているせいか、輝きが目を開けられない程に増幅していく。
次第に部屋中に光が充満し、ただ一人を除き魔法陣の状態を確認することができなくなる。
「(流れてくる魔法学校からの魔力が薄まっていく……! 腕を離したくとも、空中に固定されて剥がれない!! 一体いつまで続くっ)ぬをッ!!!?」
魔法陣に向けられていたスカッシュの右腕が弾かれ、後ろの玉座にまで吹き飛ぶ。
注がれる魔力がなくなったせいか、閃光も部屋のライトを消すかのように一瞬で消えた。
「な、何だったんだ……今のは……」
「王!? 王!! ご無事ですか王!!!」
「あ……あぁ。だが、一体何が起きたというのだ……?」
目に残る残光がようやく収まり始め、状況を視認できるくらいに回復した。
初めに飛び込んできたのは、魔法陣上に集約された一本の光の柱。
そしてそのすぐ近く、元はスカッシュが立っていた位置に魔道人形が右腕を残し、忽然とこの部屋から姿を消した。
「わ、わかりません。私自身、あの輝きに目をやられておりましたが故」
「(この部屋から出た? いや、背中から感じていた魔力の供給はあの瞬間まで消えはしなかった。それにあの男が出ていく理由など……)ええい、今はもうそんなことはどうでもいい! 光の柱ができたということは、異世界人が召喚されるということに他ならん!! 皆の者、今一度体勢を立てないし、新たなる勇者を出迎えるのだ!!!」
異世界人達は未だにくらくらしているが、配置された兵士たちは今の一声で姿勢を正す。
大臣が王の服装を簡潔に見直し終えると、玉座の横で顔を威厳あるものへと変える。
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光の柱がガラスのように砕けると、中には新たなる異世界人の姿があった。
「……『今度』はなんだ?」
身長は180cm程の細身で、瞳が琥珀色に美しく輝いている。
割れた腹筋には無数の古傷が刻まれ、一目で歴戦の強者だと理解できる。
だが反面、『紅い鱗』には傷一つ見当たらない。
あるいは傷をつけられない程の強度を持ち合わせているのか。
翼を広げれば思わず後退りしてしまう程の熱を感じ、尾は鞭のようにしなり先端には鋭い骨が露出している。彼の者の周りは陽炎となり、先の景色をゆがめてしまう程の熱を発していた。
「こ、この者が……」
「我々の『希望』……!」
怪獣を倒すことができるのは、最早人間に非ず。
しかし協力を得る為には人間である必要もあった。
なればこそ、今目の前にいる存在は待ち焦がれた異世界人。
【紅き異世界竜人】の召喚であった。