サフィの最後
ギルドマスターと言っても、冒険者上がりの人がほとんどなので気品がありません。
いえ、そのような物をこんな人達に求めることが間違ってはいるのですが、そう思わざるを得ません。
淑女に向かって拳で机を叩き、恫喝してきたのです。
許されることではないと思いませんか?
ですが、こんな事をされたのは初めてなので声を上手に出すことができずに、反論すらできません。
悔しいです。
そんな私を見てもギルドマスターの怒りは収まる様子もなく、言葉は続きます。
もちろんこの場にいる彼一行、ナユラ元王女や裏切りの騎士アルフォナ、野蛮人ヘイロン、お付きの子、初老の執事、私ほどではないですが可愛い顔をしている女性、そして彼すらもギルドマスターを止める所か、態度を諫める事すらしようとしません。
むしろ、当然だ!と言うような態度を見せているのです。
彼にはかなり幻滅しました。
あれだけ長い間受付として対応してあげていたのに、この仕打ち。
しょせんは裏切りの騎士を仲間にするくらいなのですから、その程度の人だったのでしょうか。
本当に悔しいです。
「お前は魔獣の換金を不当に低く査定し、その差額をギルドマスターと共に着服したそうだな。そんな悪事に喜々として加担するような人間を受付にしておくわけにはいかん。今日は帰れ。もう明日からは来なくて良い」
え?意味がよくわかりません。この優秀な私が・・・クビですか?
この人は私の言った事を理解しているのでしょうか?
上官からの命令に忠実に従っただけなのですよ?
確かに理不尽な査定をしていましたが、そんな扱いを受けていた彼は一切気にした様子もありませんでしたし、問題ないじゃありませんか。
彼も不満があるなら、その場で言えば良かったのですよ。
こんなことで私だけが攻められるのは、納得できません。
「それに、このギルドでは・・・いや、リスド王国では<基礎属性>での差別は一切認めていない。自分ではどうしようもない事を差別の対象にするなど、詳しく話を聞いているとフロキル王国の王都は余程腐っていたようだな」
そうです、事の発端は彼が<基礎属性>を持っていなくて王族を追放されたことに始まるんです。
やっぱり私は悪くないじゃありませんか?
それに、今職を失ってしまうと、また友人に厄介にならないといけません。
既に頂いているお給料は、装飾品や服、そして家賃と食費に消えています。
「それと、お前を紹介したお前の友人だったか?あいつはお前の行いを聞いていたそうだな?だが、余りの惨さに冗談かと思って俺に報告をせず普通に紹介してきたと言っていた。確かにお前のような非道な行いを平気で長期間行ってきたと聞かされれば、悪い冗談だと思うだろう」
私が上官命令を忠実にこなしていた事を散々貶してきます。
確かに、少しは自分も楽しくなって命令以上の事をしてしまった事はありますが・・・
「だが、結果としてこのギルドの品位を貶めた原因の一つであることは違いない。もちろんお前を採用してしまった俺にも責はある。なので、俺とお前の友人・・・いや、縁を切ると言っていたから元友人は暫く減給とすることにした」
何ですって?縁を切る??私の住む場所が無くなってしまうではないですか?
思わず声に出てしまいます。
「なぜ身寄りも無くなり、必死で生きている私にそのような事が出来るのですか?」
「お前は、最愛の母を国に殺されて父からは見捨てられ、その国からは理不尽な扱いを受け続けたロイド様と比べるとはるかにましだ。それに、お前自身がロイド様を苦しめる一翼を担ったのだ。今更自分の身に少々の因果応報が来たからと言っても不思議ではないだろう?」
これは、何を言ってもどうしようもないかもしれません。
短い時間ですが、ギルドマスターの性格は把握しているつもりです。
国家に対する高い忠誠心を持ち、曲がったことが大嫌いな融通の利かない性格。
私も今後の身の振り方を考えなくては・・・とは言え、あの初老の執事の言う通りであれば当然フロキル王国には帰る場所はありません。
あったとしても、魔獣に占領されている王都に帰還するなどできるはずもありません。
他の国のギルドに勤めるとしても、移動に必要なお金がないのです。
こんな事になるのでしたら、お金を貯めておくべきでした。
「もう一つ付け加えておく。俺からは各ギルド・・・商業や建築、あらゆるギルドに対してお前の情報は流しておく。万が一事実を知らないギルドマスターがお前を雇ってしまうのを防止するためだ」
「それでは、私はどうやって生きて行けば良いのですか?」
本当に理不尽です。
完璧な淑女で高貴な私が、なぜこのような苦境に立たされなくてはいけないのか・・・悔しくて涙が出てきます。
ですが、そんな私の涙を見てもこの場にいる面々の表情には一切の変化がありませんでした。
どれ程非道な人たちなのでしょう。
「お前と共に非道な行いをしてきた連中は、フロキル王国の王都で全滅している。お前は命が有るだけましだ。もう用はない。さっさと出ていけ!」
まるで気持ちの悪い虫でも追い払うかのように、そのまま裏口からギルドを追い出されてしまいました。
これからどうすればいいのでしょうか?
ギルド関連の仕事以外・・・正当な仕事があるはずもありません。
やはり多少無理をしてでも他国に移動する必要がありますね。
気持ちを切り替えて即家に帰り、ありったけの水・食料・そして換金可能な物をもって出国の準備をします。
今であれば、ギルドマスターからも何の注意も届いていないでしょうから町で換金できるはずです。
でも大家さんごめんなさい。今月分のお金は払えませんのでこのまま失礼させて頂きます。
行き先は・・・一番近い国はアントラ帝国でしょうか?
そんな事を考えつつ、換金が成功した事に喜びを覚えます。
そのまま、寄り合い馬車に乗ってアントラ帝国に向けて出発です。
馬車であれば、一週間位で到着できるでしょう。
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「ロイド、あんなんで良かったのかよ?俺はあいつに散々な目にあったから少し納得できねーな。しかもこいつ、無駄に行動力がありやがる」
「ヘイロン様、申し訳ありません。もう少し私がきつく追及できていれば・・・」
「いやいや、ナユラは良くやってくれたと思うぜ」
「ヘイロン、あいつには明るい未来は決して来ない。向かった先はアントラ帝国だ。あの国以外の行先であれば追加の罰を考えていたんだが・・・お前はアントラ帝国の事を知っているか?」
「いや、わかんねーな」
「では、私から説明させて頂きます。アントラ帝国は、周辺諸国と常にいざこざを起しています。はっきり言うとかなり質の悪いならず者国家です。あの場所に他国の女性が一人で入国した時点で、良からぬ事を企んでいる人々にマークされます。おそらく良くて奴隷、悪ければ人体実験の末に遺棄と言った所です」
「!?スゲー国があるんだな。だとすると、そんな所に寄り合い馬車が出ていても大丈夫なのか?」
「本当は嫌なのですが、あの国の動向を知る為にも完全に放置しておくわけにはいかないのです。もちろん乗合馬車の面々のほとんどは、道中の村や町で降りると思いますが・・・」
俺の部屋に戻った後になされた会話がこれだった。
そして数週間後にテスラムさんから報告があり、あの女は見事に奴隷に落とされて、自由もなく食事もまともに与えられない劣悪な環境に身を落とした事が確認された。
偶然ではあるが、フロキル王国での復讐対象者がいつの間にかリスド王国に避難して、何食わぬ顔で生活するのを防ぐことができた。
テスラムさんの情報網に感謝だ。
これでフロキル王国に対する復讐は、本当に、完全に終了したと言って良いだろう。