近衛騎士隊長の誤算
「では行くぞ」
「お姉ちゃん、この近衛騎士隊長って状況理解できてるのかな?」
「ん、できてるわけない。スミカはこの後どうなると思う?」
「えっと、最初だけはなんとか魔獣を倒せるけど、すぐに魔獣側が有利になって一目散に逃げだす??」
「私もそう思いますお姉ちゃん。スミカの言った状況と同じになるはずです」
スミカだけではなく、ナユラも今後の予想をしていたようだ。
「私もそう思う。きっとナユラとスミカの言った通りになると思う」
俺もそう思うとは、三姉妹の会話に口を挟むわけにはいかない雰囲気なので黙っておく。
だが俺だけではなく、この場にいる全員が同じ意見だと思うぞ。
そんな事を思われている等とはわかるわけもない近衛騎士隊長と隊員、そして、防壁の上でふんぞり返っているSランク冒険者達。
魔獣の群れは防壁に突進し、近衛騎士隊長の一行は魔獣側に突進しているので即戦闘となる。
これ位の混戦になると、騎馬では少々厳しいのではないだろうか。
そもそも、騎馬で動けるスペースがないのだ。
思った通り馬は魔獣の攻撃を受けてなぎ倒され、その下敷きになった騎士達はそのまま魔獣の餌となった。
「く、お前ら下馬だ。地に足をつけて戦え!」
遅すぎる近衛騎士隊長の判断だが、指示通りに動いて魔獣を討伐していく。
だが、自らが騎乗してきた馬たちが暴れる為、馬に蹴られて戦闘不能になっている騎士も多数いるありさまだ。
「ギャハハ、スミカ、ナユラ、嬢!お前らの予想は外れだ。あいつらは魔獣討伐ではなく、最初から自分が乗った馬に討伐されてやがる」
「なんと言う有様だ!あれでも騎士か!!近衛騎士隊長でさえあの有様・・・騎士道精神・・・」
あまりの惨事を目の当たりにして、アルフォナの元気がなくなってきた。
敵とは言え騎士達がここまで無様を晒している状況を見て、愕然としているのだ。
当然崖の上のSランク冒険者達にも、少なくない動揺が広がる。
「あの騎士達は大丈夫なのか?いかに我らと言えどもあの距離までは攻撃が届かん」
「いや、初手を誤っただけでこれから持ち直すに違いない。国王直属、そして高位貴族直属の近衛騎士の一団だぞ」
不安はあるが、まだ距離が離れているので少々様子見と言ったところだろう。
「こいつら何を言ってやがる。自分達を棚に上げやがって」
アイテムの力を借りて、ようやく防壁近辺の魔獣を討伐できたSランク冒険者達をなじるヘイロン。
「こんな奴らは、騎士団の旗色が悪くなると一目散に逃げやがるんだ。だが、その時が見ものだぞ。オレ、刮目しちゃおっかな。ブハハハハ」
「ヘイロンさん、思い出しちゃうじゃないですか。刮目、キリッ、フフフ」
スミカとヘイロンは、クズ兄との一連のやり取りを思い出したのか大笑いだ。
つられて、全員に笑顔が戻る。
「ロイド様、あまりにも醜態が続くものですから熱くなってしまったようですな」
そう言いながら、テスラムさんは全員に新しい飲み物を<風魔法>を使って配ってくれる。
口にすると、心がホワッと暖かくなるようなそんな飲み物だ。
「皆さま、お愉しみはこれからでございますよ」
テスラムさんの言う通りだ。
皆が映像に釘付けになる。
近衛騎士達が騎乗していた馬は全て魔獣の餌になり果てている。
地上で戦闘をしている近衛騎士達は当初動揺していたものの、想定以上の速さで持ち直して順調に魔獣を討伐している。
防壁上のSランク冒険者達も安堵の表情だ。
だが、そうはうまくいく訳はない。
魔獣の群れが左右に分かれ、空いた道から一匹の魔獣・・・いや、あれは既に魔族に進化しているな。
魔族が悠々と騎士達に向かって歩を進めている。
本来知能のない魔獣は、このように道を開けるなどと言う統制のとれた行動はしない、いや、できない。
この時点で、上位者がこの辺りにいると言うことは即座に理解できる。
近衛騎士隊長も、この魔族が自分達では討伐することはできないと悟ったのだろう。
「お前達、私は国王様に宝物庫の魔道具を使用する許可を得てくる。その間、あの連中をここで足止めしろ!!」
言い終わる前に、踵を返して第三防壁の門に走り去っていった。
残された騎士達は一瞬呆然となったが、目の前には魔族が現れている。
このまま後ろを向いて逃亡しても、命を散らす未来しか見えないのだろう。
既に逃亡のタイミングを逃してしまった彼らは、死ぬ気で魔族と戦闘を始めた。
「ギャハハ、そんなチンケな用事は部下にやらせろよ、部下によ!!お前自身が逃げたがっているのが丸わかりじゃねーか」
「嘆かわしい。あれが近衛騎士隊長」
「アルフォナさん、元気出してください。あれは近衛騎士なんかではありませんよ。ただのクズです」
「そうだな。すまないナユラ殿」
若干元気を取り戻したアルフォナ。
その間に、近衛騎士隊長は第三防壁内部に到着した。
「Sランク冒険者の皆さん!魔獣の中に明らかに別格の強さを持つ者、おそらくは魔族が現れました。私は国王陛下に宝物庫にある魔道具の使用許可を得てきます。その間、我が騎士達の援護をお願いします」
ここでも、全てを言い終わる前に走り去る近衛騎士隊長。
「ハハハ、こいつはぶれねーな」
一方、突然の依頼を受けたSランク冒険者達。
あの位置からであれば、近衛騎士たちが紙屑のように宙に舞っているのが見えるだろう。
「あれは・・・確かに別格の強さの魔族が現れたようですな。だが、援護をしたくとも我の魔力はこんな短い時間では回復せん」
「私も同じだ。ここは苦渋の決断ではあるが、一旦防壁の門を閉ざす必要があるのではないか?」
「私も同意見だな。近衛騎士隊長が宝物庫のアイテムを持ち帰った段階で我らも打って出るとしようではないか」
もっともらしい事を言っているが、近衛騎士達を見殺しにしたうえで国宝レベルのアイテムだけはしっかり貰うと言っているのだ。
欲の皮が突っ張っているこいつらは、あの近衛騎士隊長が戻って来るまでこの場を動くことは無いだろう。
よっぽどあの魔族が近づいてこない限りだが・・・
そして、近辺にいた商人により、第三防壁の門は容赦なく閉じられることになった。
だが、近衛騎士たちがそれを理解することは無い。
皆、必死で魔族に向かっているからだ。
国を守るためではない。仲間を思って戦っているわけではない。
ただ、自分だけが助かりたいからだ。
そんな気持ちの攻撃など普通の魔獣にすら届くわけがなく、混乱を極めている近衛騎士一行は魔族だけではなく魔獣にすら蹂躙されるようになっている。
この大惨事の引き金を容赦なく引いた近衛騎士隊長はそのまま逃亡するかと思いきや、宣言通り謁見の間に向かっている。
道中で馬を借り、全速力で王城に向かっているのだ。
「う~ん、こいつが宝物庫にたどり着く前に、近衛騎士は全滅じゃねーか?」
「ヘイロン殿のおっしゃる通りですな。この後の動きが楽しみです。我が眷属の数も増やして、面白い状況がありましたら映像に映し出しましょう」
「お!いいじゃねーか。あいつらが苦しむ所を頼むぜテスラムさん」
テスラムさんの予想通り、あの近衛騎士隊長が謁見の間にたどり着く前に出撃した騎士達は全滅した。
防壁上のSランク冒険者達は愕然としているが、避難する気配は見られない。
魔法防御力、物理防御力の高い防壁内部にいる為、宝物庫のアイテムを手に入れるまでは避難行動を取らないのだろう。
バーン・・・
謁見の間の扉が勢いよく開けられる音で、俺達はその映像先を見る。
この音は、テスラムさんが調整して全員に聞こえるようにしていてくれたに違いない。
細やかな配慮ができる、熟練の執事ならではだ。
今後の展開に胸を躍らせつつ、次はどんな喜劇を見せてくれるのか期待に胸を膨らませている。
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