Sランク冒険者
私はフロキル王国の王都所属であるSランク冒険者のホルムンデと言う。
今は第三防壁内で最も第二防壁に近い位置に住居を構えている、冒険者の中で最上位に位置する誇り高い魔導士だ。
この地位を手に入れるため、私はできる事は何でもした。
当然人に言えない事も数えきれない程している。
中でも、第四防壁の冒険者として活動していた頃には、パーティーメンバーを囮にしたり、危機的な状況から生還するための生贄にしたりと言った経験すらある。
だが、囮や生贄になった彼らにしてみれば、英雄と言っても過言ではないこの私の糧となれたのだ。感謝してほしい物だ。
やがて私はSランクと言う栄誉ある地位を得て、その地位を盤石な物とした。
第三防壁内部に住居を移し、ギルドからの上納金で不自由のない生活を送ることに成功したのだ。
当然私の他にも王都所属であるSランクの冒険者は存在しているが、私と比較するのもバカバカしい程の小物たちの群れだ。
そんな中、あの伝説の<六剣>が立て続けに抜剣されたという噂が私の耳にも入ってきた。
Sランクに至る前は、あの力を得ようと必死になって<六剣>の洞窟に通った時もあったのだが、抜ける気配が一切ないので記憶から抜け落ちていた。
私がSランクになり得るための十分な力は、とあるダンジョンのレアドロップを引き当てて得ることができていたので、抜く気配を一切見せない<六剣>への興味が薄れていたのもある。
そんな<六剣>が抜剣されたのだ。いくら私でも驚きを隠せずに即<六剣>の洞窟に確認に行ったほどだ。
私が行った時点では、確かに<光剣>を除く全ての<六剣>が抜剣されていた。
Sランクともなると、王都にある書庫の情報非開示エリアにも立ち入ることができるようになる。
そこで、ある程度<六剣>の情報を得ることにした。
御伽噺にあるようにそれぞれが基礎属性を司っている物であり、その剣を手にしたものは膨大な力を手に入れることができる・・・とか、魔王討伐の為に生まれた物である・・・と言った情報程度しか入手できなかったのだが、この長い間封印状態にあった<六剣>が突然立て続けに抜けるという事は、魔王が再び現れたと言う事ではないかと思ったのだ。
そのため、万が一のために避難できるように準備を始めることにした。
今までは不要だと思っていた転移のアイテムも早速身に着けておくことにし、私の財産を保管している部屋から取り出した。
そして、食料・水・財産を纏め始めた。
この時、私はまだ本当に魔獣がこのフロキル王国に攻めてくるなどとは思っていなかったので、転移系の魔道具は即身に着けたのだが、避難に必要な道具を纏めるのはのんびりと作業してしまったのだ。
そんな中、目に見えた異変がやってくる。
私はいつものように部屋で寛いでいると、国王陛下より招集がかかったのだ。
こんな緊急招集は今までに一度もなかったことであり、驚きをもって謁見の間に急行する。
そこには、他のSランク冒険者の一部や高位貴族、そして近衛騎士と王族と言った、そうそうたるメンバーが集まっていた。
ここで改めて顔を売っておくのも悪くないと考えた私は早速行動に移そうとしたが、国王陛下が突然このフロキル王国の第四防壁が魔獣の群れに突破されたと話されたのだ。
私はSランクになってあの場所に居住を構えてからは、ほとんど外に出ることは無くなっていた。
あの広い居住内で満足できる生活が送れていたからだ。
必要な物資は冒険者ギルドを通して派遣されている商人や使用人に頼むだけで事足りる。
つまり、王都の情報でさえ耳に入り辛くなってしまっていたのだ。
国王陛下の発言に驚きはしたが、やがて常に魔獣討伐を行っているキュロス辺境伯が出撃していると言った情報がもたらされ、その場は解散となった。
情報入手能力に対して反省をした私は他のSランク冒険者に誘われるまま第三防壁上部に移動して、状況を確認することにした。
そこで目にしたのは、信じられない程の魔獣の群れが第三防壁に向かってきているという事だ。
いくら私でも、このままではやがてこの第三防壁すら突破される可能性が高いことは理解できる。
同じように感じたSランク冒険者達は、魔獣をこの場で間引く事を提案してきた。
本来はキュロス辺境伯の役目であろうが、このままでは自らにも危険が及ぶ可能性が高いので、やむを得ず提案に乗って攻撃をすることにした。
だが、長年のブランクからか魔力の練りがスムーズにできなくなっており、出された魔法も想定の威力とは程遠い物だった。
実際、低レベルと思われる魔獣を十匹程度消滅させただけにとどまってしまったのだ。
いくらこの防壁上部から魔獣まで距離があると言っても、余りにもひどい結果だ。
他のSランク冒険者達も同じ状況の様で、お互いをなじりあっている。
だが、魔獣の増加速度が目に見えて早いので、危機を感じた我らは全力での攻撃をすることにした。
魔法の威力を増強させるために呪文を詠唱し、魔力を長い時間をかけて練っていく。
やがて、私が出来得る最大の攻撃魔法を他のSランク冒険者と共に放ったが、結果は芳しくなかった。
この時点で、私はフロキル王国の王都が近い将来魔獣に蹂躙されつくされるであろう未来を感じ取った。
他のSランクの冒険者達も同じことを思っているようだ。
再度攻撃をしようとはだれの口からも出てこないのがその証拠だ。
そして、誰ともなく無言でこの場を後にした。
私は、動揺を表に出さないように気をつけながら自らの居住に急ぐ。
早く移住のための荷物を纏めなくてはならない。
私以外にもSランク冒険者ともなれば、ここに至るまでに転移の魔道具程度は手に入れている者がほとんどだろう。
住居に辿り着くと使用人が迎えに来たが、今は構っている暇はない。
間もなくこの使用人ともお別れだ。私の持つ魔道具は、あくまで私一人だけを転移できる力しか持っておらず、使い捨てだ。
使用人を助ける義理など私にはない。
あの魔獣の群れと第三防壁の強度を考えると暫くは突破はされないだろうが、そう長い時間保てるわけではないのは明らかだから時間がないのだ。
既に出撃しているキュロス辺境伯もあの群れに飲まれているだろうから、魔獣が減ることはありえない。
そう思いつつ、部屋に赴き荷物をマジックバックに詰め込んでいく。
だが、このマジックバックは時間の経過もあるし、容量もたかが知れている。
入れる物は厳選しなくてはならない。
この作業が終わればいつでも転移できるので、焦る必要はなくなる。
真っ先に転移して避難してしまうと、無いとは思うのだが、万が一事態が好転してしまった場合に私の不在が明るみに出てしまう。
とすると、逃亡罪が適用されかねないのだ。
王族にも、ある程度はこの危機的状況に対処していたと思わせておく必要がある。
この辺りが、Sランクになる為に必要な処世術でもある。
容量があまりないマジックバックに必要と思われる物をしまい込む作業を終えた私は、再び王城を目指す。
何も知らない使用人は、私を見送り一礼する。
これが今生の別れになるかもしれないのに、だ。そう思うと滑稽ですらある。
王城は最も堅牢な第一防壁内部にあり、安全が増す。
更にそこで活動をしておけば、魔獣対策に動いている様子を直接王族に目にしてもらうこともできるのだ。
正に一石二鳥とはこのことだろう。
だが、歴戦のSランクは同じことを考えているようだ。
防壁上部にいたSランク冒険者のほとんどが、王城内で存在を確認することができた。
普通王城には、たとえSランク冒険者の私でも簡単に入れるものではない。
だが、今は緊急事態であり、国王陛下から特別に許可が出ているので問題ないのだ。
とりあえず与えられている控室の椅子に腰を下ろす。
当然、同じことを考えているであろう他のSランク冒険者や、大手商会の会頭もこの場に集まってきている。
大手商会ともなれば、転移魔道具位は手にしているのだろう。
誰もそのような事を言いはしないが、同じ考えであることは明らかだ。
誰ともなく発せられる同族の匂いがここには充満しているから、容易に理解することができる。
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