キュロス辺境伯
「ほんの数十分で到着ですか・・・」
キュロス辺境伯が俺たちの話を聞いて驚いている。
俺は分からないが、ナユラが近いと言っている物のそこそこの距離があるのだろう。
それを俺達は数十分で移動できると公言しているのだから、驚くのも無理はない。
「じゃあ、一旦リスド王国に転移します」
色々説明が面倒くさいので、そのまま転移してもらうことにした。
「「「「おおおぉ」」」」
目の前にはリスド王国の王城。
俺達は王城前の広場に転移した。
騎士達はここがリスド王国であることは一瞬で理解できたらしい。
今まで部屋の中にいたはずが王城の前にいるのだから、転移したことは確実に理解できているだろう。
そして、彼らはリスド王国と交易をしているキュロス辺境伯の精鋭だ。
当然護衛としてここに来た事も有るのだろう。
何かを確認するような眼差しで周りを見ているのがその証拠だ。
「おう、早かったな」
「お待ちしておりました」
「お帰りなさい」
「お帰りなさいませ」
こちらに残っていた面々であるヘイロン、アルフォナ、スミカ、テスラムさんが出迎えに来てくれた。
気配を察知して即来たのだろう。
「ああ、ただいま。本当は直接領地に送り届ける予定だったんだが、場所が想像できなくてな。一旦こちらで休んで頂いている間にひとっ走り行ってこようかと思うんだが・・・」
「であれば、我が眷属に位置情報を貰えばよろしいのではないでしょうか?」
そう言えば、テスラムさんの眷属を通してありとあらゆる情報を得る事が出来るようになった。
とすれば、キュロス辺境伯領にいるスライムがいれば、そこから場所の情報を貰って<空間転移>することもできるはずだ。
「そうだった。その手があったな。キュロス辺境伯、申し訳ないがもう一度だけ転移させてください」
「いや、こちらこそお手数をおかけする。だが、転移は少々お待ちください。そちらにいらっしゃる方々に挨拶が済んでおりませんのでな」
キュロス辺境伯は一歩前に出ると、迎えに来てくれた四人に挨拶をしている。
彼の事だから、この場にいる全員が<六剣>所持者であると理解しているのだろう。
そして、規格外の転移と言う能力を使える俺が<無剣>所持者である事も併せて理解しているに違いない。
「お待たせいたしました。ではよろしくお願いいたします。ロイド様、良いお仲間をお持ちですな」
やはり彼は全てを理解しているようだ。
その後、今だ放心中の騎士達をよそに全員キュロス辺境伯領に転移させて、俺は即仲間の待つリスド王国に帰還した。
なぜこんなに急いでいるかと言うと、復讐がなされる様子を早く確認したいからに他ならない。
俺の部屋に戻ると、既に全員寛ぎの体制で待機していた。
壁には相変わらず臨場感あふれる映像が投影され、王城内部、第三防壁付近、各高位貴族の邸宅など、位置の異なる情報を得ることができている。
素晴らしい。流石はテスラムさんだ。
とある映像にヘイロンが釘付けになっていた。
そこは、今俺が行ってきたばかりのキュロス辺境伯の映像だ。
「ヘイロン、なんでキュロス殿が気になってるんだ?」
「いや、あの御仁が立派な方だとは理解しているので変な意味じゃねーよ。これからどう動くのか、今後の参考にさせて貰おうと思ってな」
歴戦の御仁の動きを見させてもらい、知識として吸収しておくと言った所か。
となると、俺も参考までに見させてもらおうか。まぁ、キュロス殿に動きがなく休憩することになったのであれば、他の映像を見ればいいしな。
「それじゃあ、俺も見させてもらおうか」
映像に視線を落とす。
俺達の肩には、存在がわからない程の状態でそれぞれに配属?されたスライムが存在している。
そのスライムは俺達の視線の先を認識し、映し出されている映像の声を耳元に届けてくれている。
その為、各映像の音声が乱れて聞こえてくるわけではない優れものだ。
本当にテスラムさんは優秀すぎる。
俺もヘイロンの近くに腰を下ろして、映像を見る。
すると、キュロス辺境伯の声が耳元から聞こえてきた。
「良いか。今すぐにギルド長、そして我がキュロス辺境伯領内にいる全ての騎士を招集しろ。今すぐだ」
「承知いたしました」
執事が退出する。
その場に残っているのは、辺境伯本人と騎士の一人。
「全員招集し、如何するおつもりでしょうか?」
「ああ、お前は王都に行っていなかったな。十数年ぶりに王都に行ってきたが、それは酷い有様であった。腐敗の温床と言っても良いだろう。王族は政ではなく権力維持、そして民からの搾取に精を出し、下の者共は自らの地位向上のために媚び諂い、同じように民からの搾取、差別が行われいる」
「なんと、どうしてそのような・・・残念ながら我らの情報収集は魔獣関連に重きを置いていますので、王都には一切派遣していなかったのが裏目に出ましたな」
「その通りだ。今の王都には一般住民は誰一人として住んでいない」
「そのようなことがあるのですか?何故でしょうか?」
「長年の悪政による不満が爆発したんだろう。そして、本当に後悔しきれないが、悪政の手はユリナス様、そしてそのご子息であるロイド様にまで及んでいた」
騎士が、一瞬表情を歪めた。
「お前達には、常々ユリナス様の恩について話をしていたな。そのユリナス様とそのご子息を第四防壁に追いやっていたのだ」
「つまり、王族から離脱させたという事でしょうか?」
「その通りだ。そしてある時魔族が第四防壁内部に侵入したらしい。ユリナス様をもってすれば討伐は容易いが、有ろうことか王族が無駄に介入して人質になった。その人質の無駄な行動のせいでユリナス様は重症を負ったが、何とか魔族は討伐したのだ」
「自分の力量もわからずに、魔族に挑んだという事ですか?その王族は。なんと愚かな」
「ああ、あそこは愚か者しかおらんようになった。なぜならば、その王族はユリナス様の傷を癒すポーションを渡すことなくその場を立ち去り、あまつさえ、魔族討伐の英雄として自ら名乗りを上げたのだ」
「ですが、第三防壁内であれば商人がいるはずで、王族からではなくともある程度のポーションを入手することはできたのではないでしょうか?」
キュロス辺境伯は首を振っている。
「あそこは、第三防壁内と外で大きな差別ができてしまっている。第三防壁内部の人間は、第四防壁に住んでいる住民はある意味奴隷であり、助けるに値しないと考えたのだ。しかも、実際の魔獣討伐は王族が行ったと大々的に宣伝されたため、ただの巻き添えと見られた市民を助けようとする者などあの場所にはいない」
「そ、それではユリナス様は本来称賛されるべき手柄を横取りされた挙句、負う必要のない傷まで負わされて、助けの手もなく亡くなったという事ですか!!」
騎士は、目の前にある机に思いきり拳を叩きつけた。
本来、自らの主である辺境伯の前で行っていい行動ではないが、鍛錬で自らの精神状態をコントロールできるようにしている彼でも怒りを抑えきれなかったのだろう。
俺は、彼らの行動に目頭が熱くなった。
そのような不敬罪が即刻適用されるような行動を目の前でされても、キュロス辺境伯は落ち着いている。
「少し落ち着け。だが、お前の気持ちも良くわかる。私がその情報を得た時も、お前と同じように感情をコントロールできなかったからな」
「し、失礼いたしました。ですが、王都にはSランクの冒険者がいたのでは?彼らが複数でかかれば、いかに魔族とは言え手も足も出ないのではないでしょうか?」
騎士は慌てて一歩下がっている。
「いや、あそこの冒険者はSランクになると第三防壁内部に住む事が許される。つまり、特権意識の塊である第三防壁内部の住人になるのだ。私が聞いた所によると第四防壁の住民を見下し、自らの鍛錬も行わずに堕落した生活を送っているらしいぞ。第四防壁の冒険者が稼いだ金の一部がギルドを通して支払われるらしいから、働く必要もない環境になっているそうだ」
「であれば、魔族討伐などリスクを負ってするわけもなく、実際実力的にもできないという事ですか?」
辺境伯は大きく頷いた。
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