ロイド一行、謁見の間の情報を得る
ゾルドン王子が謁見の間で一部冷や汗を搔きつつも状況を説明している内容は、テスラムさんのスライムによって俺達に筒抜けだ。
今回のスライムはいつもの通り会話をそのまま転送してくれるだけではなく、必要に応じて映像まで見られる優れものらしい。
実際、隣の部屋にいるヘイロンの笑い声が聞こえてくる。
あいつは疲れて休んでいるはずなのだが、クズ兄の喜劇を聞いているか、実際に目にしているのか、何にしても笑いが堪えられないのだろう。
少しして笑い声が聞こえなくなったと思ったら、俺の部屋がノックされる。
「入ってきてくれ」
「悪いな。なんだか王城が面白いことになっているもんでな。全員で楽しもうかと思って戻ってきちまった」
ヘイロンの後ろには、修行に言ったはずの面々も見える。
そして、キルハ国王にドロップアイテムや魔道具を渡したであろうナユラも戻ってきている。
「ロイド様、これほど早くに喜劇が始まるとは思ってもおりませんでしたので油断しておりました。もしよろしければ、映像を含めて皆で観賞いたしませんか?」
「そうだな。ヘイロンの笑い声から察するに面白いことになっていそうだしな。ナユラ、一応情報が秘匿出来て寛げる、ある程度の大きさの部屋はあるか?」
王城に最も詳しいナユラに聞くが、全員キョトンとしている。
「ロイド様、この部屋も十分広いし寛げます。情報漏洩は私の<闇魔法>で問題なくできるので、良ければここで・・・」
おっと、そうだな。ついつい、いつもの部屋にいる癖が抜け切れていないようだ。
「悪い悪い。そうだな。じゃあせっかくだから早速お願いできるか、テスラムさん」
「承知いたしました」
テスラムさんとヨナはテキパキと椅子を準備し、眷属である少々大きめのスライムが俺達の背後を陣取る。
そこから、俺達の前にある壁に映像が投射されて喜劇の幕が切って落とされた。
一応、クズ兄が魔族討伐をさぼって<六剣>の洞窟に行き、魔族にコテンパンにされたことは言っていないらしい。
俺もベッドに横になりながら音声だけ聞いていたが、腕を無くしたのは近衛騎士を庇った名誉の負傷だそうだ。
この辺りがタイミング的にヘイロンの大笑いのポイントだったんだろう。
目の前の壁には臨場感あふれる映像が映し出されており、喜劇は進む。
「父上、いえ、国王陛下!驚くべき報告がございます」
「む、なんだゾルドン、申してみよ」
わざとらしく目を見開いたクズ兄の様相に、辺りの貴族や王族は固唾をのんで見守っている。
「はい、恐れながら申し上げます。実はこの私、近衛騎士を庇って名誉の負傷を負いましたが、本来の状態であれば魔獣程度に遅れを取ることはあり得ません。実は、あの場に驚くべき者達がいたのです」
「なんと、魔族殺しの英雄が魔獣に後れを取るわけがないと思っていた」
「やはり何か事情がおありでしたか」
貴族らしき者達は、口々にクズ兄を擁護している。
「なんだ、続きを申せ」
こいつは一応俺の本当の父親でありフロキル王国の国王だが、母さんを捨てた時点で赤の他人以下、いや、復讐するべき対象に成り下がっている。
「はい。我らが魔獣を順調に討伐している最中、人族の気配がしたので救出に向かいました。しかし、そこにいたのは驚くべき人物達だったのです」
このセリフに、ヘイロンが吹き出す。
「ブハハ、こいつ、気配なんて一切読むことができない癖に何を言っていやがる」
だが、こちらの声は聞こえるわけもなく演説は続く。
「それは、王族から追放した基礎属性を一切持たない出来損ないの弟だったのです。その一行には冒険者崩れ、裏切り者の私の騎士だったアルフォナ、そして・・・あろうことか悪魔までおりました」
謁見の間が一気に驚愕に包まれた。
あのセリフだけ聞けば俺と悪魔が手を組んでおり、フロキル王国に牙をむいた・・・すなわち俺達が魔王の軍門に下ったともとれるのだ。
いや、あのクズはそうとれるように意図的にそう言っている。
「なんと、あのロイドが・・・そうか。基礎属性すらないので自暴自棄にでもなったか。自分の才能に相応しく、第四防壁の平民共と地べたを張って生活していれば良い物を。して、その悪魔たちはその後どうした」
「その悪魔たちに意識を取られ、魔獣達に囲われてしまった我らはその場を切り抜けるのに必死で、その後は残念ながら存じ上げません。しかし、明らかに奴らの周りには魔獣は寄り付いておりませんでした。きっと、あの魔獣はフロキル王国に逆恨みするあの愚弟やアルフォナが悪魔の力を借りて召喚したのでしょう」
こいつは、無駄な所だけは頭が回りやがる。
「おいロイド、アルフォナ、お前らいつの間にか<召喚術>を使えるようになったんだ?いや、テスラムさんの力を借りたのか?」
「全くの茶番だ。予想通り、いやそれ以上に愚かだ。正直今から<空間転移>で奴らの腕を切り落としたくなってくるが、あいつらは袋の鼠だ。今後の絶望する様を見られるのを楽しみにしておくとしよう」
「左様でございますな。しかし私、召喚できる魔獣はスライムだけなのですが・・・」
全員苦笑いだ。しかし、アルフォナからの静かな殺気はテスラムさんの少々ふざけた返しで落ち着いた。
確かにテスラムさんの眷属はスライムなので、スライム召喚はお手の物だろう。
改めて、眼前の喜劇を見る。
「なんと、人族にあるまじき裏切り行為!!」
「その通り。神の化身である<六剣>が抜かれたのも、その悪魔達を一掃するために違いあるまい」
「まさか、魔王に寝返るとは!しょせんは基礎属性すら得ることができなかった者の末路か・・・」
「騎士としての心得を忘れたか、アルフォナ!」
言いたい放題だな。
こいつら本人や手の者が<六剣>の洞窟で必死に抜剣しようとしていたことは知っている。
これほどまでに力を得ようと必死なプライドだけが異常に高い貴族連中なのだから、<六剣>が俺達の手元にあるとわかれば何とか奪おうとしてくるだろう。
<六剣>の制約・・・<無剣>所持者である俺に反する事はできない等、詳しい情報を得ているわけもないのでしょうがないか。
実際に、俺達の手元から離れたとしても決して触れることができないとは理解できているはずもない。
だが、クズ兄の言う事は真実を一部織り交ぜているから質が悪い。
確認する術がなくとも、真実味が上がってくる。
この流れで行くと更なる真実、そして共通の敵と認識させるために、俺達が<六剣>を持っている事も言ってくるだろうな。
「更に驚くべき事実があります。我らが愚弟一行を視認した際、奴らの手には伝説の<六剣>が握られておりました。どの様な方法で手に入れたかは分かりませんが、正当な所持者を殺害するなどの卑劣な手を使ったのでしょう。でなければ、あの伝説の<六剣>を手にすることなど有り得ません」
俺が予想した通りの展開になってきた。だが、まさか他人から<六剣>を奪ったなどと言って来るとは思ってもみなかったな。
流石、クズは俺の予想を軽く超えてきやがる。
「お前がありえねーぞ。よくもまぁここまでペラペラと嘘をつけるもんだ」
「ヘイロン殿の言う通りだ。こやつは王族としてのプライドもなければ騎士道精神も一切持っていない」
「これがフロキル王国の王族ですが・・・ロイド様には申し訳ありませんが、信じられないのですが・・・」
ナユラも王族の何たるかを学んできているので、クズ兄の所業が信じられないようだ。
いや、俺も信じられないから安心しておけ。
だが、謁見の間ではクズ兄の思惑通りに事が進んでいるようだ。
人は共通の敵を見つけ出したときに信じられない程の結束をし、そして力を発揮する。
正に今、謁見の間にいる連中が当てはまる。
もちろん共通の敵とは俺達の事で、決して城壁を囲っている魔獣や魔族ではない。
「ここにいる臣下の面々よ、余のロイドに対する処罰は甘すぎたようだ。まさかこのような事態に発展するとは思いもよらなかった。だが、その甘えはここで断ち切る。良いか、必ずあの反逆者共から伝説の<六剣>を取り戻した上、あやつらは一族郎党全てを公開処刑とする」
「「「「おぉ~!!」」」」
このセリフを聞いたナユラが静かに切れる。
「私も死罪の面々に含まれているのですよね?これはれっきとした宣戦布告です。ロイド様、正式にリスド王国よりフロキル王国に対して戦線布告を致しましょう!!」
「落ち着けナユラ。そもそも今この会話を俺達が聞けていることがおかしいんだ。いきなり宣戦布告してもしょうがないし、そもそもフロキル王国からはあいつらは出ることができない。じっくり苦しむ様を見るためにわざわざこの状態にしたんだから、一気にケリをつける必要はない」
意外とナユラも好戦的な一面を持っている・・・と思わされた瞬間だった。