ゾルドン王子、解放される
「おい、俺は約束を守って宝物庫の中身を引き渡したんだ。ここで解放してくれるんだろうな?」
「あ~ん?お前は勘違いしてるな。まず、お前がこの宝物庫の中身を引き渡したんじゃねー。俺達が貰ってやったんだ。それに、解放するなんて誰が言った?相変わらずギャグだけは冴えてやがるな」
ここで自分が解放されて自身の安全が保障されると思っていたらしいクズ兄は、驚愕の表情を浮かべた。
良いぞ良いぞ。お前が苦しむ表情を見るたびに、心が軽くなってくる。
このクズ兄には聞こえないように、仲間にスライムを使った連絡をする。
「皆、こいつ、もうここで放置で良いか?こいつの事だから即謁見の間に行って助けを求めるか、俺達を悪く言うか・・・いや、両者だろうが、どの道フロキル王国から出ることはできないだろう。その後の状況をテスラムさんに監視してもらって、リスド王国で一旦寛ぎながら衰退の道を観察するのはどうだ?」
「俺は良いと思うぞ。仮にここでこのクズが俺達の事を何て言おうが、この国の人間はもう外には出られねーんだろ?」
「私も賛成です。しかし、このレアドロップの中には使い捨ての転移魔道具もありました。万が一ですが、王族はこの転移系統のアイテムを身に着けている可能性が捨てきれません。一旦ヨナ殿の<闇魔法>で動きを縛ってから私の眷属で身体検査でも致しましょうか?」
「配下を残して自らが逃げる!騎士道精神に真っ向から反する行為!決して認められん」
少し話が脱線してきた。
「テスラムさんの言う通り転移で逃げられると厄介だ。今確認できているその魔道具、性能はどのくらいだ?」
「丁度私の収納袋に入っている魔道具は、第六防壁は超えて転移できてしまいそうですな。しかし、そこまでが限界です。もし国王達が身に着けている魔道具があるとすればもちろん最上級の魔道具のはずで、それ以上の場所、または隠れ家に転移できる物かもしれません」
かなり悩ましい。
あいつらを逃がしてしまっては、恐怖を与えることはできないばかりか復讐も達成できずに取り逃がすことになる。
ある程度の距離を転移するだけならば、俺やヘイロンの<探索>、テスラムさんの眷属の力で所在を明らかにすることは容易い。
だが、王族のみに継承しているような秘匿された場所に指定して転移されてしまうと、探すのに骨が折れる。
そんな場所であれば当然生活には困らない状態に保たれているはずだから、安穏とした生活が送れてしまう。
そんなことは決して認めることはできない。
「それでしたら、この<光剣>のナユラにお任せください。<光剣>の特化能力は<浄化>ですが、魔道具等に付与された魔力も浄化する事が出来るみたいです。そうすると、その魔道具はただの装飾品になります。実際に使おうとした奥の手が使えない状態で驚く。ロイド様にはとても良い結果になるのではないでしょうか?」
「確かにその通りですな。<光剣>であれば可能でしょう」
思い出したかのようにテスラムさんも頷いている。
「それは、ここからでもできるのか?」
「はい、一応場所を指定して<浄化>できますので、皆さんの魔法袋の中身は安全です。でも、実際に彼らが魔道具を持っていなければ何の効果も出ませんが」
「いや、それでいい。気が付かれずに機能を破壊できるのならばそれに越したことはない」
「ナユラ、凄いじゃない。いつの間にそんな事できるようになったの?私も、もっと<水剣>を使いこなせるようにならなくっちゃ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
お姉ちゃん?
どうでも良いが、ヨナ、スミカ、ナユラは姉妹のように接している。
ヨナの本名を第三者の前で呼べないせいでもあるのだが・・・
立ち位置がどうなっているかと思っていたのだが、今の発言から察するに、長女ヨナ、次女スミカ、三女ナユラの位置づけらしいな。
本当にどうでも良いが・・・
「よし、じゃあナユラ、実行してくれ」
ナユラが<光剣>を顕現させた。
突然<光剣>を顕現させたように見えるクズ兄は、怯えて尻餅をついている。
俺達の会話を聞くことができていないんだから、突然目の前で<六剣>を顕現されれば驚くだろう。
「何をするんだ?俺はお前らの言う通り宝物庫を開放しただろう??」
こいつが解放したわけじゃないんだがな・・・
呆れていると、
「貴様、腐っても王族だろう。一々怯えるな。王族たるもの万が一があっても潔く散る覚悟を持て」
アルフォナからの厳しい指摘が来る。
だが、そんなことで改心できればこの国はこんな状態にはなっていないし、母さんも命を散らしてはいない。
そんな会話がなされている最中も、<光剣>の特化能力である<浄化>を行使しているナユラは目を瞑っている。
やがて、
「ロイド様、終わりました。幾つか破壊できた反応がありましたので、テスラム様の仰る通り、何人かは身に着けていたようです」
スライムを使っていない直接の会話なので、クズ兄にはわからないような言い回しで結果を教えてくれた。
そうでないと、このクズ兄から自らが持つ転移系の魔道具が破壊されたという情報が洩れて、最後の頼みの綱を行使しようとして魔道具が発動しなかった時の絶望の顔を見ることができなくなる。
念のため、スライムを使ってこのクズ兄も同じような魔道具を持っているとまずいので<浄化>を行うように伝えたところ、こいつは転移系統の魔道具は持っていなかったようだ。
戦闘時に使った以外の豪華な指輪はいくつか残っていたが、これは本当に単純な装飾品らしい。
「よし、じゃあ決まりだな。おい、クズ!お前の望通りここで解放してやる。好きなところへ行け」
「お前はギャグのセンスだけは一級品だったぜ。これからもギャグに磨きをかけて俺達を笑わせてくれよ。期待してるぜ?じゃーな」
ヒラヒラと手を振るヘイロン。
「くそ、貴様ら等とは二度と逢うことはないだろう」
そう言い、全力でこの場を去るクズ兄。
これが母さんの仇の一人であるクズ兄を直接見る最後かもしれないな・・・と思いつつ、無様に逃げていくクズ兄の背中を見る。
「ロイド様、まだこれからです」
俺の心を読むかのように、ヨナが微笑む。
そうだな、あいつもこれから苦しむはずだ。
「うっし、じゃあ一旦本拠地に戻ろーぜロイド。ナユラもキルハ国王に早く魔道具着けて貰った方が良いだろ?」
「ええ、それはもう・・・実際に暗殺されかけましたし」
「それでは監視は引き続き私にお任せください。少々力のある眷属を置いておきます故、本拠地でも臨場感溢れる喜劇をご覧頂けます」
「へ~、そりゃ楽しみだ。じゃあ皆良いか?とりあえず俺の部屋に戻るぞ!」
<空間転移>を発動する。
瞬間、俺がキルハ国王から貰ったリスド王国の王城内部にある部屋に到着した。
「ふぇ~、ホント便利だな。これがあれば直接魔王城に奇襲したり、不利になったら離脱出来たりするんじゃねーか?」
「いや、そんなに甘くはないな。能力の発動にはある程度の集中が必要だし、魔王城なんてどこにあるかもよくわからん。テスラムさんの言っていた転移先の座標がわかっても、当然向こうも何かしらの妨害工作はしているだろう」
「やっぱりそんなに簡単には行かねーか。とりあえず、一段落着いたって事で、俺は一旦休ませてもらうぜ。また明日な!!」
言いたい事を言って、部屋を出るヘイロン。
「それではロイド様。私も兄たるキルハ国王に早速今回の魔道具を着けてもらいたいので、今日はこれで失礼させて頂きます。お食事は食堂の使用人に仰っていただければすぐにご準備できますので、ご遠慮なく。それでは失礼致します」
洗練された礼と共に、ナユラもこの部屋からでる。
「それではアルフォナ殿、ヨナ殿、スミカ殿は私と鍛錬致しましょうか?」
「三人とも少し疲れてるんじゃないか?大丈夫か?」
若干心配になった俺は、三人を見る。
「全くそのようなことはありません。<六剣>を最もよく知るテスラム殿に修行を行って頂けるなど、騎士道精神の極み。願ってもない」
「私も、もっと<闇剣>を使いこなしてロイド様の役に立ちたい」
「お姉ちゃんと一緒です」
最後の一人は相変わらずお姉ちゃんと一緒らしいが、大丈夫なようだ。
「無理せず程々に頼むよ」
「お任せください」
テスラムさんに任せておけば問題ないのは分かっているが、念のためだ。
「それではロイド様、向こうの動きがありましたら眷属を通して全員に連絡させて頂きます」
<六剣>所持者の四人が、修行のためにこの場を去って行った。