ゾルドン王子、魔族と戦う
テスラムさん達の最終的な提案は、あのクズ兄が死にそうになる前に魔族を討伐することだ。
だが、あくまでもクズ兄が死にそうになる前に・・・だ。
例え手足が捥がれそうでも、死にそうになければ助けるようなことはしない。
その見極めは、やはり<六剣>を完全に使いこなしているテスラムさんに任せることにした。
少しばかり意図的に判断を間違えて死亡してしまったとしても頭が爆散とかしていない限り、スミカの<水剣>の力を得ている俺の<無剣>の力である<回復>である程度は何とかなるだろう。
魔族が勢い良く侵入していた直線上にいた騎士・・・あの若手騎士は吹き飛ばされて壁の染みになった。
豪華な鎧も魔族の前には何の役にも立たなかったのだ。
「ひっ、ゾルドン王子!!あの魔族、かなりの強さですぞ。魔族討伐の英雄の力を持って、打ち負かしてくだされ」
近衛騎士隊長が、必死に王子に向かって叫んでいる。
だが、叫ばれた王子の方も、若手騎士が何の反応もできないまま壁の染みになった状況を見て震えが来ている。
魔族としては急いでこの場に来ただけで、丁度移動上に障害物があったから軽くぶつかっただけなのだが。
「おい、クズ!いや、英雄殿!!中々良い表情になってきたじゃねーか。これから魔族討伐の経験者として本気を見せてくれるんだよな?頼むぜ!!」
ヘイロンの煽りにも反応できない程震えが来ているクズ兄。
手に持っている剣は、体が震えているからか切っ先が大きく揺れている。
額からは大粒の汗が流れ、目も大きく見開いている。
それを見た近衛騎士達も、一歩、一歩と魔族から離れるように無意識に距離を取っている。
だが、魔族はそんな様子を見ても追撃を躊躇することはない。
あるわけがない。
偶然かはわからないが俺達の近くにいるクズ兄ではなくある程度離れた位置にいる近衛騎士から倒すことにしたようで、容赦なく襲い掛かっている。
騎士達は一人では対処できないとわかっているので必死に全員で魔族に攻撃を仕掛けるが、その貧弱な攻撃は一切魔族にダメージを与える事ができずに、一人、また一人と倒れていく。
未だ倒れずに、何とかギリギリ命を繋いでいる近衛騎士隊長が叫ぶ。
「ゾルドン王子!英雄のお力をお貸しください。早く!!」
もちろん近衛騎士隊長は魔族と相対しているために、クズ兄に目を向けることはできない。
クズ兄は今だ震えたまま涙、涎、そしてあらゆる場所から体中の水分を垂れ流している。
もし近衛騎士隊長がクズ兄を直視する事ができていたら、彼も今以上の絶望の表情を浮かべていただろう。
当然の如く、近衛騎士隊長も命をあっけなく散らす。
そして、魔族がクズ兄の方に視線を向けると、
「ろ、ろろおいど、ロイド、ロイド様、助けてくれ!俺が魔族討伐したのは嘘なんだ。頼む、助けてくれ!!」
「良い表情になってきたじゃねーかクズ!しかしお前、今更魔族討伐実績を否定するとはな。こんな状況でギャクを言えるとは相変わらず大したモンだ。いいか!忘れているようだから改めて教えておいてやる。あの事件の時、俺達はあの場にいたんだよ。だから、言わなくてもお前ごときが魔族を倒せるなんてこれっぽっちも思っちゃいねー」
「ヘイロンの言う通りだ。今更お前ごときの謝罪を聞いても母さんは帰ってこない」
「ユリナス様の障害となった大罪、ここで裁かれろ!」
「そうですな。あなたの剣術とその装備であれば、10秒程は持ちこたえられるでしょう。健闘を祈ります」
「王族として、潔い最後を迎えてはいかがですか?」
今回は、醜態をさらし続けているクズ兄に対して思う所があったのか、ナユラも追撃してきた。
「ひっ、いやだ。いやだ。俺は<六剣>所持者になってフロキル王国の国王になる男だ。こんな所で無くしていい命じゃないんだ」
「ふざけるな!!お前のような薄汚い命の為にユリナス様の命が散ったんだぞ。お前のようなウジ虫にも劣る命を助けるために、ユリナス様の貴重な命が散ったんだ。その罪、ここで償え!!」
ヘイロンの怒りのボルテージが上がってきた。怒りによって制御できなくなってきた力が漏れ始めている。
所持者の怒りに合わせて<炎剣>の力も大きく漏れ始めた。
「おい、そこの魔族!!こいつを瞬殺なんて認めねーぞ。徐々に命を削れ!!絶望を長い時間をかけて味合わせろ。わかったな。そうでなければ、俺が今すぐお前を殺す!」
魔族は敵である事が明らかな俺達、いや、ヘイロンの力に押されて何故か頷いた。今のヘイロンは、その眼力だけでこの魔族程度であれば瞬殺できそうな勢いだ。
「何を言っているんだ。助けてくれ。あれは魔族、俺達人族に仇をなす者だぞ」
「ハン、魔族と言えども害がない奴もいるはずだ。現にここにいるテスラムさんは悪魔だが、<風剣>に認められている<六剣>所持者だ。種族で差別はいけねーな」
さらっと爆弾発言をするヘイロン。
情報漏洩に関しては既にアルフォナが<土魔法>でこの洞窟を完全に孤立させたと報告が来ているために、心配ないと判断しての発言だろう。決して怒りに任せた勢いの発言ではないと信じたい。
この発言には、流石の魔族も驚いた表情をしてテスラムさんを見る。
ヘイロンの言う事が事実と分かったのだろう。自分よりも遥に高位の存在である悪魔が、俺達人族の味方、そして自らの主である魔王討伐の切り札である<六剣>所持者になっていると知って動揺している。
だが、今のヘイロンにはそんなことは関係ない。
「おい、そこの魔族!さっさとこいつを痛めつけろ!!こいつは魔族討伐の英雄らしいからな。お前からしたら同胞の仇だろう?」
「いや、それは偽りだと認めただろう!!頼む、助けてくれ!!!」
こんな奴ほど、助けた後に自分が優位になった瞬間手のひらを反す。
最悪俺達が裏切っただのなんだの言い出すに決まっている。
クズ兄の戯言には耳を貸さずに、成り行きを見守る。
一歩一歩近づいてくる魔族。一方、怯えて俺達の後ろに回り込もうとするクズ兄。
「往生際がわりーぞ!!」
ヘイロンがクズ兄の髪の毛を無造作に掴んで魔族の前に放り投げる。
「クソ、やってやる。こうなったらやってやるぞ!!」
破れかぶれになったクズ兄は、豪華な剣を正眼に構える。
やはり、基礎はできているだけあって構えは美しい。そこだけは認めてやろう。
そして、何やら呪文を唱えているようだ。と同時に、豪華な指輪のいくつかが光り輝いてクズ兄に吸収された。
「ロイド様、あの指輪は高位のドロップアイテムだったようですな。使い捨てにはなりますが、かなりの力を得られるはずです。力の種類は分かりませんが三つの指輪が吸収されましたので、少なくとも三種類の力を得たでしょう。想像するに、<身体強化><斬撃強化><魔法力強化>と言った所でしょうか」
「そんなアイテムがあるのか。俺は未だにそんな高級アイテムにお会いしたことはないな」
「俺もだぜ。長い間ダンジョンに潜っていたんだがな。ここは流石王族の力と言った所だな」
そうして、進化したばかりの魔族とドロップアイテムでフルブーストしたクズ兄の死闘が始まった。
魔族としては、軽く蹂躙できる予定だった相手が突然強くなってしまったため、余裕のない戦いを強いられている。
「ロイド、あいつ基礎は立派にできているだけはあるな」
「ああ、そこだけは認めることができる。懸案の体力もドロップアイテムの力で補われているだろうからな。この勝負、どうなるかわからんぞ」
「確かにそうだな。だが、絶望の表情を見る目的は達したんじゃねーか?」
「フッ、確かにな。テスラムさん、この勝負、テスラムさんはどう見る?」
激しい斬撃や魔法の応酬が繰り広げられている中、呑気に観戦しつつ歴戦の猛者であるテスラムさんに意見を求める。
「実際の所、互角です。いえ、大変申し訳ありませんが進化したてのあの魔族では、最終的には勝てないでしょう。しかしご安心ください。ヘイロン殿の希望通り、王子も無傷で勝利することはないでしょう。精々腕の一本は道連れにしてくれるでしょう」
驚くことに、あのクズ兄は進化したての大した力がないとは言え、最終的には魔族を下すことができるらしい。