ナユラ抜剣
「ギャハハ・・・」
「もう、ヘイロンさん笑い過ぎでしょ?フフフ」
涙を流しながら笑い苦しんでいるヘイロンの大声と、それを少しだけ窘めつつも自ら笑っているスミカの声が洞窟内に木霊する。
一方、笑いを抑えることに成功した他の面々は、わざと渋い顔を作りながらテスラムさんが入れてくれたお茶を飲んでいる。
こうでもしないと、ヘイロンの笑い声につられて俺達も爆笑し始めてしまいそうだからだ。
極力クズ兄の状態を視界に入れないように気をつけながら、完全に心が落ち着くのを待つ。
テスラムさんとアルフォナは通常運転にいち早く戻った。
流石は歴戦の猛者。心の動揺も難なく抑え込む辺り、俺も修行が足りないと思わされる。
ここまで近い存在が大きな目標、指標になってくれている環境は素晴らしいとしか言いようがない。
ヘイロン達は・・・場を明るくしてくれるキャラだから良いだろう。もっと深刻な状況であればあいつらもこんな醜態は晒さない・・・はずだ。
「なんだ貴様らは!ここはフロキル王国のゾルドン王子が伝説を作ろうとしている場所だ。サッサとこの場を去れ!」
新人であろう近衛騎士が俺達に警告する。
「ブハハハハ、伝説!聞いたかスミカ?伝説だってよ!!もう伝説になってるんじゃねーか?その名も、”キリッ と グギャ”でどうだ?アハハハハハ」
「フフフ、もうヘイロンさん。フフフ・・」
「フフ、クッ、不覚にも面白いと思ってしまった」
何故かアルフォナが悔しがっている。テスラムさんとナユラ、そしてヨナは下を向いて震えているのだから、笑いを必死で堪えているのはまるわかりだ。
俺達の姿をみて、完全にコケにされたと思った新人近衛騎士は怒気を込めて叫んでくる。
「この無礼者が。かの英雄であるゾルドン王子に対してその不敬。万死に値するぞ!!」
「ヒヒャヒャ、もう勘弁してくれ。”英雄”、”キリッ”、”刮目”・・・グヒャヒャ、死ぬ、笑い死ぬ!!」
更に煽られたと思ったのか、新人近衛騎士は武器を構える。
「待て!そこにいるのは・・・アルフォナではないか。貴様ゾルドン王子の温情で仕える事を許してやったにもかかわらず、何をしている。うん?おい!あそこにあるのは抜剣された<六剣>ではないか!!!」
流石に近衛騎士隊長はアルフォナの事を知っている。
そして、<六剣>と言う言葉に反応したクズ兄も立ち上がってこちらを見る。
本当にお前ら状況確認が遅すぎる。ようやく気が付いたのかよ。
「な、それは本来俺が所持者になるべく存在していた<炎剣>ではないか。おい、そこで笑っている下民!本来の所持者であるこのゾルドンに返せ。今すぐ返せば貴様の非礼は見なかったことにしてやろう」
あいつの目には、<炎剣>しか目に入っていないようだ。
ここには俺もいるんだがな。
「グハハハ、いや~久しぶりにこんなに笑わせてもらった。んで、言うに事欠いて<炎剣>をよこせ?本来の所持者?おまえ、ギャグのセンスあるぜ?」
「クッ、貴様死にたいらしいな」
「いや、死ぬのはお前だぞクズ!」
クズ兄はようやく俺の方を見る。
「はっ、誰かと思えば負け犬じゃないか。成程な、わかったぞ。お前はそこの落ちこぼれの騎士モドキから俺が<六剣>を欲していると言う情報を聞いて俺がここに来るのを待っていた。更には最近抜剣された<六剣>の模造品を作り、俺の目の前で見せることで動揺させようとしているのだろう。だが残念だったな。お前程度の浅はかな考えなどお見通した」
「相変わらずお前の頭はスカスカだな。それに自称英雄なだけに、この剣の力を感じることができない。まぁ、あえて力を抑えて貰ってるんだがな」
「フン、それで?その剣が本物である証拠はどこにある?それに人数と剣の数が合わないな。立ち位置からして貴様はなんの剣も持っていないのだろう?他人の力を自分の力と勘違いして大きな態度をとっているのか?」
「その最後のセリフ、そっくりそのまま返してやろう。そして伝説の<六剣>が本物である証拠も見せてやる。正直この場で全ての剣の力を容赦なく開放すると、お前程度では持ちこたえられないからわざわざこの抑えた状態にしてやっている。こっちの優しさだったんだがな。しょせん貴様はその程度だ」
俺のセリフを全く信用していないクズは、あざ笑うかの顔をしている。
既に武器を抜いてこちらを向いていた新人近衛騎士だけではなく、隊長を含む他の近衛騎士達も臨戦態勢になっている。
「フン、それじゃあどうやってその模造品が本物であると証明するんだ?」
「お前に何を言っても信用しないのは分かっている。いや、お前は他人を認めることができないクズだから何をしても認めないだろう。だが、目の前の<光剣>をこの場で抜剣してみれば嫌でも本物と認めるしかないだろう」
「英雄であるこの俺でも抜くことができないんだ。無駄だな。だが良いだろう。この<光剣>をこの俺の目の前で抜剣することができれば、あいつらの持つ<六剣>モドキも本物と認めてやろう」
どこからも上から目線なのが腹立つが、こいつの地獄はこれからだとわかっているので堪えることができる。
「それでどうするんだ?国王である父上からも捨てられた何の基礎属性も持たないお前が、何か汚い手を使って手に入れるのか?」
「お前程度ではわからないだろうが、俺の属性は”ない”のではなく<無属性>だ。まあ、この場で言ってもしょうがない。で、お前らには過ぎた物だが、この場には<光剣>以外の<六剣>が揃っている。そこに最後の一本である<光剣>が揃うのだ。お前の言う伝説の瞬間を見られるんだ。感謝しておけよ。ナユラ!」
「お任せくださいロイド様」
恭しく一礼する。流石は直前まで王族だっただけある。気品もあるし威厳もある。
一礼した後に、<光剣>が封印されている石に向かい歩き出す。
近衛騎士達は無意識に道を開けてしまっており、そこに出来た道を焦るでもなく怯えるでもなく、堂々とした足取りで進んでいく。
「ロイド、ここまで俺を挑発してきたんだ。あの<光剣>が抜剣できなかった場合、貴様らは不敬罪で死刑、そしてあの女は俺が貰う。嫌とは言わせんぞ?」
「相変わらずのドクズだな。じゃあ抜剣できた場合はどうするんだ?お前の命をくれるのか?」
近衛騎士達の警戒度合いが上がったようだが、こいつらレベルであれば目くそ鼻くそだ。
「フン、万が一にでも抜剣できた場合は好きにしろ」
どこからこんな自身が出てくるのかが不思議でしょうがない。
そう言っている間にも、ナユラは防壁を難なくすり抜けて石の上に向かう。
それを見たクズ一行は驚愕している。
「な、なんだと?あの防壁を抜けただと?」
「当然だろう。私でも抜けられたんだ。貴様らがどれだけ無能か思い知ったか?」
やはりアルフォナは、あのクズに仕えさせられていた時代の扱いを許してはいないのだろう。
中々辛辣な返しをした。
「いや、確かに防壁を抜けられるものは他にも多数いた。だが、いまだ抜剣できた者がいないからここに存在してるのだ。問題はない」
クズが自分に言い聞かせるようなセリフを吐く。
ナユラはそんなやり取りを気にすることなく、落ち着いた表情で<光剣>の柄に手をかけ優しく語りかける。
「ゴメンね待たせて。でも、これからはずっと一緒だよ」
その一言で、柄の宝玉は大きく輝く。
と同時に、クズ共も大きな動揺を見せた。
「なんだこの光は!まさか本当にあのような女が<光剣>に認められたのか?」
難なく<光剣>を抜剣してしまったナユラ。
<光剣>を手にした後に固まってしまっているが、大きな力が流れ込んでいるのを受け入れている状態なのだ。
彼女は二度目の抜剣になるから、大きな力が流れ込んでくることを身をもってわかっている。
その対策として、一旦動きを止めて受け入れることにしたようだ。
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