リスド王国と<光剣>(4)
フロキル王国の第四防壁内にいる俺の仲間とも言える住民には、リスド王国への移住に関する情報は漏れなく伝わった。
既に一部の面々は移住に向けて荷造りを行っている者や、畑の収穫を先取りして行っている者達がいる。
中には、自分で荷馬車を準備して移動する人達もいるだろう。
準備期間があるとは言っても三日後には迎えの馬車が到着するので、人によっては意外と時間がないのかもしれない。
まぁ、万が一間に合わない人がいたとしてもそんなに人数がいるわけではないと思うから、その場合は俺達の誰かがフォローすれば良いかと思っている。
一部の冒険者や体力のある若い連中は、既に自分の足でリスド王国に向かっている者さえいる。
向こうで問題が起こらないように、キルハ国王にもその旨連絡済みだから安心だ。
俺が想定していた以上に移住に関する連絡が早く終わってしまった。
この国を拠点とするのは最後になるので、残り少ない時間だが俺と母さんが住んでいた場所を目に焼き付けておこうと、テスラムさん、ヨナ、ヘイロンを伴って外に出る。
出店を出している人達は、既に入手していた素材分は販売しておきたいようで、いつもよりも安く販売している。
「ロイド、いつもの串焼き安くなってるぞ。俺にとっちゃとんでもなく贅沢な食べ物だったんだがな。今の金額であれば俺でも買える」
「ヘイロンには余計な苦労をかけたな。この国でのんびり食事をするのもあと僅かだ。最後の記念に豪快に食べ歩くか?」
テスラムさんも、今までの食事は碌なものではなかっただろうしな。
ヨナを含めて全員が期待に満ちた顔をしているので、俺は店主に全ての串焼きを購入する旨を伝えた。
もし多少余っても、ヨナに保管してもらうから無駄にはならない。
「店主、あっちでも同じ店をやるのか?」
「ああ、俺にはこれしかないからな。丁度良かった、分かれば教えてもらいたいんだが、こっちでは第四防壁内の面々しか買ってくれなかったが、向こうではどうだろうな?」
「私の知る限りでは、貴族に連なる者達も市場に出て色々と購入しているようです。ご主人の店も味が気に入られれば貴族の食卓に並ぶかもしれませんな」
情報通のテスラムさんが説明をしてくれた。
「そうか。簡単に貴族の食卓に並ぶとは思えないが、もしそうなったらこの国では考えられない状態だな。いいね、夢があるじゃねーか。ロイド、俺、いや俺達全員お前の決断を支持するぞ」
そう言いつつ、串焼きを俺達に手渡してくる。
「そう言ってもらえるとありがたい。向こうでもよろしく頼む」
時々口にしている串焼きだが、やはりうまい。
俺としてはリスド王国の貴族だけではなく、キルハ国王の食卓にも並ぶことになるんじゃないかと思っている。
いや、是非そうなって欲しい。
俺達は、そのまま散策を続ける。
いつもの癖で、俺の生活の糧となっていた冒険者ギルドに足が向かう。
正直に言うとこんなところには行く必要はないのだが、母さんとの思い出も少なからずあるし、いつもの癖で向かってしまったのだからとりあえず中に入ることにした。
扉を開けて俺、ヘイロン、ヨナ、テスラムさんが中に入る。
既に俺達からの連絡を受けているであろう冒険者が軽く手を挙げて挨拶してくるが、移住に関する話はここではしてこない。
ギルド職員に聞かれる事を危惧しているのだ。
いつものルーチンとして、クエストボードを見る。
「ロイド様、いつもと違うクエストが多数ありますね」
「ふっ、っと悪い。ここで笑うと後が面倒くさいことになるな」
「そうだぞロイド。俺でも堪えてるんだからな」
「とても興味深いですな。王族の考えがとても良く分かります」
そう、ボードには多数のクエストが張られているが、ほぼ全てがフロキル王国からの特別依頼で、具体的な依頼主はあのクソ兄だ。既に名前なんて覚えちゃいないが、母さんの死因となった原因を作った元凶だ。
その内容とは・・・
”六剣の洞窟から不法に持ち出された伝説の六剣所在の探索”
”六剣の洞窟から不法に持ち出された伝説の六剣の奪還”
”<光剣>抜剣”
が、少々表現を変えてボードの隙間なく埋められている。
あまりの惨状に呆れていると、見知った冒険者が話しかけてきた。
「これな。なんだか立て続けに六剣が抜かれて、残りは<光剣>だけになったんだ。焦った誰かさんが緊急依頼で出してるんだぜ」
本当にバカな奴だ。六剣を見つけてもお前が手にすることはできない。
所持者を見つけたら奪うつもりなのだろうか?バカの考えることはわからんな。
「ロイド様、申し訳ありません。あまりのことに唖然として周囲の警戒を怠っておりました。間も無くこの依頼主がここに到着しますが、いかがしますか?」
一番会いたくないやつに遭遇してしまうようだ。
「今出れば、会わなくて済みそうか?」
「申し訳ありません、すぐに出たとしても向こうからは認識されてしまうでしょう。もう間もなく到着してしまいます」
六剣の力を使えば難なくこの場を離れることはできるのだが・・・と悩んでいるうちに、ギルドの入口が無駄に大きな音を立てて開いた。
「おい、俺の出したクエストは達成したか?この魔族殺しのゾルドン様の依頼だ。当然最優先で実行しているんだろうな」
「偉大なるゾルドン王子に申し上げます。当ギルドとしても最優先での依頼としており、クエストボード一面に掲示させて頂いております。しかし、残念ながら未だ達成できたものはおりません」
ギルド受付の余計な一言で、クソ兄・・・ゾルドンと言うらしいが、あいつがクエストボードを見る。
当然近くに俺達がいるわけで、俺に気が付くと嫌悪感200%の笑顔を浮かべる。
「おや、そこにいるのは面汚しの・・・なんて言ったかな?下民の名前など思い出せんが、カスみたいな依頼を必死になって達成してようやく生きていけている奴じゃないか?」
「その通りでございます。我らの恩情で素材も換金してやっているのですが、いい加減にして欲しいと思っております」
周りの冒険者達が殺気立つが、この場にいる俺が我慢しているので表立って騒いだりはしていない。
俺が黙っている事を良い事に、クズ兄とクズギルド職員は話に花を咲かせているようだ。
「お前の恩情もこいつには無駄かもしれんぞ。この際現実を分からせるために素材の買い取りを一切禁止したらどうだ?」
俺はかなり状態の良いレアな素材を持ち込んで結果的にこの国に貢献してしまっているのだが、こいつらは嫌がらせの一環で適正価格を支払ったことがない。
つまり、俺から素材を購入できないと困るのはギルド、ひいてはこの国なのだが、あんな奴らに真実が見えるわけがない。
「なるほど、さすがはゾルドン王子。仰せの通りに致します。おい、聞いた通り今をもってお前から素材の買い取りは全面的に禁止する。わかったな」
勝ち誇ったようにこちらを見て宣言するギルト職員。
いや、こんなくだらない決定でも即座に行えるということは、こいつがギルド長なのだろう。
「相変わらずくだらね~な。おい、ロイド!行こうぜ。こんな所にいても何も良いことは無いぜ」
ヘイロンの一言に頷き、俺達はギルドの出口に向かう。
「フン、負け惜しみか。良いか、この私は魔族討伐の栄誉をもつゾルドン王子だ。そしてあの伝説の六剣所持者たる資格を持つ偉大な王子だぞ。貴様らも聞いているだろう。今六剣は所持者を探している。所持者を見つけた六剣は封印が解かれ、今は<光剣>しかない。その残された<光剣>こそが我が剣であることは間違いない。近いうちに<六剣>をもって貴様に剣術と言うものを指導してやろう。楽しみにしているが良い」
クズが何やら騒いでいる。
お前の依頼は、既に解放された六剣の探索がメインだろうが。
何が<光剣>所持者だ。他の六剣でも、万が一見つかれば奪う気満々の癖に良く言えたもんだ。