ヒルアの最後と<光剣><風剣>(9)
ホール中に異様な緊張感が溢れている。
「本当に残念だ。最後の良心を期待したのだがな。最後の最後まで裏切られたか」
キルハ王子の呟きに、一部の者達は下を向く。このような状況になってようやく罪悪感と言うものが芽生えてきたのだ。
しかし、ノルバ隊長だけは違う。
「いい加減にしていただきたいですな。私は不当に拘束されているヒルア王子の元に向かわせていただきます」
ノルバ隊長は、なかなかこの場に現れない悪魔を探すためにヒルア王子の元へ向かおうとする。と同時に、自らの武器である大剣を早く手にしておきたい思惑があった。
その動きを止めるように、キルハ王子は宣言する。
「皆の考えは良くわかった。自らの欲望のみで大罪を犯し、更には罪を認めるつもりもない。残念だ。非常に残念だ。私としては国民であり長らく王家に仕えてくれていた者達にはこのような事を言いたくはなかったのだが・・・貴様ら犯罪者どもには、ヒルアと同時に公開処刑を言い渡す」
一気にざわつくホール。
「何を不当な!あなたが言っている悪魔はどうしたのだ?それに我らが悪事をしたという証拠はあるのか?自分の王位継承が危うくなって我らを排除しようとしているのではないか?」
「そうだ。証拠を示していただきましょうか?」
死罪確定、しかも公開処刑となれば残された身内も今後この国ではまともに暮らすことはできない。
その事を良く知っている使用人たちは、ノルバ隊長の言葉に被せるように証拠の提示を求めてくる。無罪放免と言う僅かな可能性に縋っているのだ。
「証拠証拠とやかましい!!良いだろう」
そう言って、紫色の液体が入った瓶を取り出す王子。
「この薬には見覚えがあるな?」
ノルバ隊長と調理人に向かって瓶を軽く振りながら宣言する。
当然二人は見覚えがあるどころの話ではない。
悪魔から譲り受けた薬で、摂取する量によって状態を変更させることができ、長きに渡り昏睡の上殺害、一気に殺害など調整できる薬だ。
「そ、その様な物は見た事もありませんな」
かろうじてノルバ隊長は回答するが、動揺は明らかだ。
調理人も汗を拭きだして震えている。
「フン、そんな状態で誰が信じる。ここまで来ても罪を認めないか」
キルハ王子の落胆は激しい。
「先ほどから申していますが、悪魔はどうしたのですか?」
最後の望みは悪魔の存在しかないので、そこに縋りつくノルバ隊長だが当初の勢いはない。
まさかあの薬剤まで手に入れられているとは思ってもいなかったのだ。
「この国に厄災をもたらそうとしていた悪魔は既に討伐されている。ヒルアが投獄され続けている時点で、気が付かないものか?」
さらっと衝撃の事実を伝えるキルハ王子。
「ば、バカな。あれ程の強さを持つ悪魔を対処できるわけはない。嘘をつかないでいただこう」
「語るに落ちたな。なぜ悪魔の強さを具体的に知っている?実施に目にしていなければそのような言葉は出ないはずだがな。だが、確かにお前の言う通り私程度では悪魔の討伐などできはしない。実際に悪魔を討伐した方とそのお仲間を特別に紹介してやろう」
埒が明かないと思ったキルハ王子は、見えない位置に控えているアルフォナとヘイロンを呼んだ。
「今キルハ第一王子から紹介いただいた、あの悪魔を討伐したアルフォナだ。あるお方の近衛騎士をさせて頂いている。せっかくだからこの場で言わせてもらいたいことがある。そこのノルバ!貴様は近衛騎士、しかも隊長であるにもかかわらず主君の大きな過ちを正すことをせずに、悪事に手を染めるとは・・・主君の過ちを正すのも近衛の役目だ。貴様には騎士を名乗ることすら許されん。聞いているのか!」
騎士道精神から大きく外れる行動を行ったノルバに対して、アルフォナは怒り心頭だ。
「何を言う。我が主君の行いに対して全力で補助をしつつ安全を確保するのが近衛騎士の役目だ。貴様のような精神論だけでは近衛騎士は務まらん。貴様こそ近衛を名乗るな」
「フン、いたずら程度ならそれでもいいだろう。だが貴様の行いは将来的には主君の安全など確保できはしない。貴様程度ではあの悪魔に対峙することはできないからな。さっき貴様もその様な事を言っていた気がするが?聞き間違いだったか?」
「くっ、言わせておけば。貴様程度が悪魔を討伐したとは俄に信じられんな」
混沌としたやり取りを、別室にいるロイド一行はテスラムのスライムを通じて情報を得ている。
「ロイド様、このノルバと言う者は決して自らの罪を認めないでしょう。この流れでいきますと、私の人生経験からすると、力を試すために決闘となるでしょうな」
半ば呆れた状態でテスラムはロイドに告げる。
「ああ、俺もそう思う。だがこんな所でする決闘程無駄なものはない。決闘の目的自体も大したことではないしな。逆にアルフォナがどの程度手加減できるか心配になる。公開処刑前に楽に処罰してしまう恐れもあるし・・・」
「といたしますと、六剣を顕現させてしまえばよろしいのではないでしょうか?」
「テスラムさん、それだと新たな六剣所持者が現れた事を魔王に知られる」
驚くべき提案に、ヨナが待ったをかける。
「ヨナ様、悪魔達の情報網を侮ってはいけません。六剣の洞窟近辺の国家でこれほど騒ぎになってしまっているのです。既に新たな六剣所持者が現れたこと位は認識しておりますよ。それにあのホールで顕現させたとしても、あの場にいる者達は公開処刑。残るのはキルハ王子とナユラ王女のみです。情報の漏洩はないでしょう」
「そうすると、六剣の威光でくだらない決闘を回避できる・・・と?」
「その通りでございます」
別室で寛ぎながらなされた決定が、スライムを通じてアルフォナとヘイロンに伝えられる。
その間、スミカはお菓子に夢中であり、会話には一切入っていなかった・・・
「ノルバとやら、貴様は私の力に疑いを持っている・・・いや、疑いをかける事によって自分の罪を何とか逃れようとしている卑怯者だ。貴様は私と決闘に持ち込んで勝てるつもりでいるのかもしれない。あわよくばその隙に逃亡でもするつもりだろう」
ノルバは思惑を完全に当てられて、動揺する。
「だがな、今我が主から懸念事項が伝達された。正直私は手加減が苦手でな。必死に力を抑えているのだが・・・周りの被害が大きくなってしまうのだ。なので、戦闘以外で我が力を貴様に見せろと仰せだ」
六剣顕現についての指示を受けたアルフォナとヘイロンが、ノルバの近くに移動する。
「お前に一つ聞いておきたい。六剣の洞窟での騒ぎは聞いているか?」
ヘイロンが六剣についての情報を持っているかの確認をする。
「あの伝説の剣の事だろう?持つだけで神の力を得られるという剣。長らく御伽噺だと思われていたが、なぜか<風剣>と<光剣>を除いて全てなくなったそうだな。だが何れ近衛騎士隊長であるこのノルバが<風剣>を抜いてみせる」
<風剣>は既にテスラムが持っているのだが、最新の情報はまだここまでは伝わっていないようだ。
「あ~、そりゃ無理だな。既に<風剣>も抜けてる」
「な、伝説の六剣に認められるべきはこの私以外にないはずだ。貴様!よもや嘘をついているわけではあるまいな。いや、万が一事実としてもまだ<光剣>が残っている」
「なぜ貴様如きが伝説の六剣を持てることになるのか、全く理解できん」
アルフォナが心の声を口から出してしまう。
あまりの傲慢さに、騎士道精神を重んじる彼女としてはこの場を早く終わらせたいのだ。
「ヘイロン殿、確認もできた事だしもう良いか?」
「ああ、良いだろう」
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