ヒルアの最後と<光剣><風剣>(8)
選別が終わり、悪意のある者達が集められたホールには人が結構いるが、例えば近衛騎士で言えば全近衛騎士達の2割と言った所だ。
本来であればほぼ全ての近衛騎士達が解雇されるところだったので、リスド王国としてはかなり助かっただろう。
やがて壇上にキルハ王子が表れる。
ざわざわしていた会場も静寂が訪れた。
檀上のすぐ下には第一王子の近衛騎士達、そして檀上脇のホールからは見えない位置にアルフォナとヘイロンが待機している。
やがてキルハ第一王子が口を開く。
その声はあまり大きな声ではないが、覚悟を持った声で全員に良く聞こえている。
「まずはここにいる全員に問いたい。先ほどのヒルア第二王子の公開処刑布告の際にいたメンバーとここにいるメンバー、違いは何かわかるか?」
そう宣言されて周りを見回す人々。
勘の良い者、特に近衛騎士達は状況を把握したようで自らの武器を既に取り上げられている状況に絶望しているように見える。
「一部の者達は理解したようだな。少し状況を話そうか。なぜヒルア第二王子が処刑になるか。この王城には第六階位の悪魔が侵入していた。その悪魔の目的は単なる暇つぶし程度の事だ。奴らは我らが困惑し、絶望する様が見たいのだ。その悪魔の誘惑にヒルアは堕ちた。その悪魔の誘惑に負ければ、後に我が国に長きに渡って厄災と混乱をもたらすことが明確であったにもかかわらずだ」
キルハ王子は一呼吸おいてここに集まった者たちを見る。
ここにきて自分が大変な事に手を貸してしまっていたということに気が付いて、後悔の念に溢れている者、何とかこの場を逃れようと辺りをせわしなく見回している者、様々な状態が見て取れる。
「ヒルアは自らの欲望である玉座のみに執着し、民そして王国を見ることは無かった。そしてこの場にいるお前たちは、明らかに異常な行動であるヒルアの行いを助長するように動いていた者たちだ。特に近衛騎士たちは私の近衛騎士を投獄するなど目も当てられない行いを平然とやってのけた。そして調理人!貴様らはヒルアの命で私と国王に薬を盛ったそうだな」
ヒルア第二王子は、処刑と宣告された後は道連れを伴おうと、自らの行いや手を貸していた者たちの所業を洗いざらいぶちまけた。
とは言え、テスラムによって全てわかっていたことなのだが・・・
調理人達は、脂汗を流しながら震えている。
「そして、この場にいる使用人達よ。お前達も悪魔が来ていることを承知の上で、我ら王族を不敬にも半ば監禁し、ヒルアが行動しやすいようにしていたそうだな。ヒルアが王になったら貴族にするなどと言う戯言に惑わされたか?」
ヒルア第二王子は、悪魔の助言により近衛騎士や調理人を含む使用人に対して明確な餌を与えるようにしていたのだ。
本人は、玉座さえ手に入ればそのような口約束は一切守るつもりはなかったが・・・
ホールは静寂に包まれる。
だが、この場にいる全員の挙動は明らかに異常だ。
自らが国王の死に関する事だけではなく、キルハ第一王子を殺害するために手を貸したこと。更にはナユラ王女の殺害の手配等、王国に牙をむいたのだ。
当然本人は死罪、身内もよくて奴隷落ちになる程の悪行を行っていたことになる。
そして、今までの発言から、明らかにキルハ第一王子はその所業を全て知っている。
つまり、自分と家族共々絶望的な未来しか待っていない事を分かってしまったのだ。
「ようやく自らの行いを理解したようだな。ならば処遇についても理解しているはずだ。罪もない者を殺害しようとした事、そしてその先には民が混乱し国家崩壊の可能性が極めて高い状態であった事、悪魔が裏にいることを理解しながら国王を売り渡した事、上げればきりがない。当然自らの行動に対して責任を取る覚悟があるんだろうな」
万が一の恩赦の可能性に賭けていた一部の者達は、キルハ第一王子のブレのない宣言に絶望した。
しかし、このような明確な悪事に自らの欲望を満たすために手を貸す者には、当然諦めの悪い者もいる。
「キルハ王子、我らを一方的にこのような部屋に入れ根も葉も無い事を言われるのはやめて頂こう。何を根拠にそのような事を言われているのか?しかも、我が主であるヒルア王子に濡れ衣を着せてこの所業。あなたこそ自らの行動に責任を取るべきだ」
そう高らかに宣言するのは、ヒルア王子の近衛騎士隊長であるノルバだ。
彼は大剣を武器としており、通常は背中に剣をしょっているのだが、今はこのホールに入室する前に手放してしまっている状態だ。
しかし、基礎体力や武器を持たない戦闘訓練も行っている為、いざと言う時にはこの場にいる自分の部下である近衛騎士達を犠牲にしてでも脱出しようとたくらんでいる。
「黙れ!貴様らの所業はヒルアの口から得たものだ。よもや貴様の主君の言を否定するのではあるまいな」
「そ、そのようなことは・・・しかし、実際に我が主がそのような事を申したのか・・・とても信じられませぬ」
まさか自らの主が所業を暴露しているとは思っていなかったノルバ隊長は、冷や汗をかきつつ反論する。
「そもそも悪魔襲来と仰っていたが、その悪魔はどこにいるのですか?悪魔の手下である魔族でさえ手に負えない強さを持つのです。失礼ながらキルハ王子が対応できるとは思えませんが」
ノルバ隊長は、悪魔の存在に対して疑問を投げかける。
もちろん当人は存在していたこと、自らの主君であるヒルア王子の裏には悪魔がいた事も知っているのだが、悪魔を目の前にした時に絶望的な戦力差があった事を思い出し、時間を稼げばその悪魔がこの場を支配すると思っている。
既に悪魔が討伐されたことを知らないのだ。
「貴様は誇りある近衛騎士隊長のはずだ。王国の崩壊に手を貸しておきながら、この期に及んで罪を認めないのか?」
「罪も何も、私には何のことだかわかりません。先にも申しましたが、その悪魔はどうされたのですか?」
二人は睨みあう。
ノルバ隊長は自分が有利に立っていることを疑わない。そして悪魔はこの場を観察しており、やがてはあの忌々しいキルハ第一王子を殺害すると疑っていないのだ。
「ふ~、自らの欲望を満足させるためだけに、簡単に国家を厄災に落とす行為をする騎士などこんなものか。他の者たちはどうだ?潔く罪を認めるか?」
キルハ王子は周りを見るが、誰からも反応がない。
実はキルハ王子、この場で罪を認めれば期限付き奴隷落ち程度で済まそうと思っていたのだが、この場にいる者達は、残念ながら最後の恩赦を受ける可能性を自ら潰してしまった。
「誰も認めないでしょう。いや、実際に罪など存在しないのですから認めようがないのですよ?キルハ王子」
ノルバ隊長は高らかに宣言する。
この場で一人でも罪を認めてしまい、自分の犯罪が確定してしまう事を恐れていたが、そのようなことは起きなかった。
風向きは良い方向だと確信して、笑みさえ浮かべている。
一方キルハ王子は焦るでもなく。悲しそうにホールにいる人々を見ていた。
「そうか、誰も罪を認めないか。この場が最後の恩赦のタイミングだったのだがな」
思わず本音を口に出してしまった。
いくら重罪を犯したとしても、以前の働きを見ていたキルハ王子は何とか少しでも彼らの罪を軽くしたかったのだ。しかし、彼の思いは一切通じることがなかった。
恩赦と言う言葉に反応した一部の者はキルハ王子を見るが、王子は悲しそうに首を振り目を瞑ってしまった。
最早手遅れなのだ。