ヒルアの最後と<光剣><風剣>(6)
ヒルア第二王子を捕縛したその日、六剣所持者の三人、アルフォナ、スミカ、ヘイロンは王城に泊まることになった。
一方、Sランクダンジョンにいるロイド、ヨナ、テスラムもダンジョン内で一泊だ。
普通の状況ではSランクダンジョンに一泊、いや、侵入する事すら有り得ないのだが・・・
お互いの近況については、テスラムの眷属であるスライムを通じて報告しあっているので問題はないが、一方は王城、そして一方はSランクダンジョン内部で宿泊という、環境の差にロイドが愚痴を漏らしていた。
「くっそ、あいつら今頃ぬくぬくの布団と美味しい飯でも食ってるんだろうな?そうだろテスラムさん?」
「残念ながらおっしゃる通りですな。あまり具体的に申し上げると悲しくなるので、この辺りで一旦気持ちを切り替えてはいかがでしょうか?」
「私もそう思う。悲しくなる」
「そうだな。すまん。じゃあ、明朝王城に乗り込む・・・いや、お邪魔するとヘイロンに伝えてくれ」
「承知しました」
ロイドとしては、少なくとも朝食位は王城の豪華な食事を食べたいので朝日が昇る前には王城に向かってやろうと意気込んでいる。
長年ロイドに仕えているヨナや、執事としても高い能力を誇っているテスラムはその意図を理解しているが、特に何も言う事はない。
「ところでテスラムさん、リスド王国の近衛騎士や王城勤めの連中なんだが・・・敵意がある者と無い者の区別ってつけられるか?」
「現時点での敵意の有無は分かりませんが、今までの行動から判断することは可能でございます。先程ヘイロン様から頂いた情報では近衛騎士全員解雇と言う事でしたが、その中でも国王殺害等の情報を知らないまま命令を忠実に実行していた者達もおります。この者達は解雇する必要はないでしょう」
常に情報を仕入れているテスラムがいれば、リスド王国の混乱は最小限に抑えることができそうだと安堵するロイド。
やがて本題の悪魔についての話を始める。
「今回の悪魔はアルフォナが難なく撃破したが、第六階位、悪魔の中でも雑魚という事で良いんだよな?」
「その通りでございます。ですが、悪魔によっては特別な力を持っておりますので一概に階位で警戒度合いを変えるのはいかがなものかと存じます。例えば魔法による攻撃をメインとした場合に、第六階位でも魔法耐性を持っている方が第五階位で魔法耐性を持っていない者よりも討伐難易度は高いでしょう」
「その通りだな。油断するつもりはないから安心してくれ」
ロイドにしてみれば、今回の悪魔討伐は敵の強さの指標としたいと思っていたのだが、微妙な結果になってしまった。
あまりにもあっけなかったからだ。
「今回の悪魔討伐で魔王城の方に動きはあるか?」
「いいえございません。しょせんはお遊びでちょっかいを出していたので、第六階位程度の悪魔が一人討伐されても奴らは何も思いません」
「ん、何だかちょっと悔しい」
ヨナは、ユリナスの件で魔王城にいる悪魔たちに恨みがあるので、少しも動揺した様子がなさそうな彼らの状況を知って思わず声を出したようだ。
ロイドは全てを理解して、優しくヨナの頭を撫でている。
「ところでロイド様、<無剣>の特化能力はご存じですかな?」
「うん?ああ、一応今知っている限りでは、六剣所持者の特化能力が全て使える事、スキルレベルは五倍で使える事、スキルレベル上昇率は十倍である事・・・だな。あまりにも破格な性能だから驚いたよ」
「成程、ロイド様。それは一部の能力でございます。真の力は別にございますが、それは全ての六剣に所持者が認定されないと使えない力になります。それは<無剣>の特化能力である<時空魔法>になります。初代様ももちろんこの能力が使えておりました。この能力が使えれば、空間転移、そして経過時間を遅くすること、または止めることまでできるようになります。残念ながら巻き戻す・・・過去には行くことはできませんが」
ロイドは今でさえ破格の性能を持っている<無剣>の本当の能力を聞いて、唖然としている。
「流石はロイド様」
ヨナが嬉しそうに何か言っているようだが、唖然としているロイドには聞こえていない。
そんな中着々と夕食の準備は進んでいく。
ヨナの<闇魔法>から取り出した、出来立ての暖かいスープの匂いに意識を取り戻したロイド。
「ロイド様、この能力は私が<風剣>を得たとしても残りの<光剣>所持者がいなければ使用することはできません。一旦能力を得てしまえば六剣所持者がいなくても良いのですが・・・<光剣>所持者については何かお考えですか?」
「ああ、一番の復讐対象である魔王城の滅亡・・・テスラムさんとしても同じ希望だろうが、それを叶えるためには六剣全てに所持者がいなくては対抗できないくらいは理解している。一応今の所の候補はいるが・・・どうなるかな」
候補がいる所まで確認したテスラムだが、具体的な人選までは聞いてこない。
そもそも自分も<風剣>を再び所持できるかまだ分かっていない状況なのだ。
そんな話をしつつ、Sランクダンジョン内とは思えない程快適で美味しい食事を済ませた一行は就寝した。
翌朝、もちろん彼らが宿泊しているSランクダンジョン階層内では日の光などは出てこないが、冒険者たるもの時間の経過は感覚で判断することができるので、問題なく目が覚めた一行。
朝食は王城で頂く気満々なのでそのまま外に出てリスド王国を目指そうとしたのだが、テスラムから待ったがかかる。
「ロイド様、ヨナ様、大変申し訳ないですが今の私は魔族としての強さのみでございます。Sランクダンジョン外に出る時点で魔王城の面々に存在が明るみになる可能性があり、場合によっては暗殺などを仕掛けられる可能性がございます。我儘を言って申し訳ありませんが、自らの戦力増強を行いたく一旦<風剣>を抜かせて頂いても宜しいでしょうか?」
魔王城の面々からは忘れ去られている可能性はあるが、彼らから見れば、テスラムは邪魔者であった先代魔王の執事、そして今代魔王を討伐しようとした裏切り者になる。
存在が明るみになれば暗殺程度は仕掛けてくるだろう。
テスラムの言う事を理解したロイド一行は、六剣の洞窟に立ち寄った後にリスド王国に向かう事に決めた。
彼らからしてみれば、この程度の寄り道は誤差の範囲だ。
「お、こんな朝早くでも人が多いな。見知った顔も見える。やはりフロキル王国のやつらが多いんだろうな。クズとしては楽に力を得たいか・・・」
少々悲しげにロイドは呟く。
「ロイド様、いつも通りで良いですか?」
ヨナの確認にロイドは頷く。
いつも通り・・・とは、洞窟に群れている連中の意識を奪うという事だ。
今までも同様にしてきたので、ここに群がっている連中たちは六剣が抜けた瞬間を誰一人として目撃していない。
今回の<風剣>も同じ結果になるだろう。
「それでは行ってまいります」
恭しく礼をすると、テスラムは<風剣>の洞窟に入って行く。
その途中には意識を失った面々が倒れているのだが、その隙間を流れるように移動していくテスラム。
「ロイド様、一緒に行かなくてもいいのですか?」
「ああ、テスラムさんは勝手もわかっているだろうし、久しぶりの六剣とのご対面だ。思う所もあるだろうから俺達は邪魔だ」
ロイドも、長きを生きるテスラムの気持ちに少しでも寄り添いたいので、気を遣っている。
暫くすると、ロイドとヨナは<風剣>所持者が表れた事を認識した。
もちろん王城でヌクヌクしている六剣所持者であるヘイロン、スミカ、アルフォナも同様に気が付いているだろう。
「お待たせいたしました」
柄にある白い宝玉が一際大きい<風剣>をもったテスラムが洞窟から表れた。
「「テスラムさん、おめでとう」」
ヨナとロイドは同時に祝福の言葉をかける。
「抜けなかったときはどうしようかと思っていたところですが・・・ホッとしたのが正直なところです。しかし、長きにわたり封印していたにも関わらず手になじみますな」
テスラムが軽く<風剣>を振ると、はるか先にある大木が綺麗に切断された。
現時点での六剣所持者の中で誰よりも経験があり、扱いに長けているテスラムは強い。
唖然とするロイドとヨナを見て、
「この程度であれば、皆様もあっという間にできるようになりますよ」
涼しい顔でそう言うと、<風剣>を蝶ネクタイに擬態させた。