<土剣>VS第六階位
第一王子の部屋の扉の外には、あのメイドに成りすましている悪魔が待機している。
これ位の位置であれば、アルフォナクラスであれば六剣の力がなくとも気配は十分に察知できているだろう。
その証拠に、アルフォナの視線は扉から若干ずれた位置、壁の向こうに悪魔が立っている位置を的確に見つめている。
「じゃあ王女様、あのメイドを呼んでもらえるか?」
ヘイロンの指示によりナユラがメイドを入室させる。
「お兄様が目を覚ましました。入ってきてちょうだい」
「そんなことは??」
驚きで心の声が口から洩れつつも、悪魔は律義にドアから入室してくる。
そこで目にしたものは、殺る気満々の抜刀済みのアルフォナ。そしてその奥ではベッドから起き上がっている健康状態の良さそうな第一王子。
「第一王子・・・なぜ?もはや手の打ちようがなかったはず!まさか幻影か?」
「そんなはずはないだろう。その証拠にホレ?」
アルフォナが右手の剣を軽く振ってメイドを攻撃する。
慌てて回避するも、若干被弾し頬から緑の血を流す悪魔。
「く、いきなり切りかかってくるとはどういうことですか?ナユラ王女!このような危険な者達を王子の傍に置いておくわけにはいきません。即刻排除すべきです」
いまだ自分の正体がばれてないと思っているのだろう。なかなかの正論を言う悪魔だ。
「いいえ、排除すべきはあなたです。自分が切られた血の色が見えますか?いくらこの場が少々暗いとは言え、明らかにその色は人ではありませんね。もう既に化けの皮は剝がれているんですよ」
慌てて頬を手で拭い血が出ていることを確認した悪魔は、あきらめたように溜息を吐く。
「は~、めんどくさいな。わざわざこんな格好までして監視してたのに。こんなことになるんだから、さっさと殺しておけばよかったんだよ。人族って臆病だよね?王族が複数急死したら疑われるから少し待て・・・とかさ?そう思わない?」
まるで脅威など一切ないかのように、落ち着いた口調で話し始める悪魔。
当然姿はメイドのそれではなく、禍々しい瘴気を纏った人型、見た目20歳位の男に戻っている。
「私はこの国の人間ではないので詳しい事情は分からないが、一つだけわかることがある」
「ふ~ん、何?面白い事だったらお前の命だけは助けてあげるよ。あのヒルアとか言う、人族にしては中々心地良い濁った魂の持ち主である王子の妃になることを許してあげるよ」
「汚らわしい。私がお仕えするのはロイド様のみ。いや、お前程度に私の崇高な意志を説いてもわからんだろう。それよりもだ、一つだけ決定事項を伝えておいてやろう。お前はロイド様の近衛騎士であるこのアルフォナに滅せられるのだ。感謝しろ」
「アハハ、面白い。面白いよ!!良し、君だけは命を助けてあげよう。気に入った。君の奇麗な魂が、あのヒルアとか言う王子の傍で濁っていく様を見るのも悪くない。フフフ、今日はなんていい日なんだ。気分が良いから、四肢を捥ぐ位にしてあげるよ」
大げさに両手を広げる悪魔。
「まあ、口で言ってもわからんか。私の準備運動にもならん斬撃を避け切る事ができなかった未熟者には、体でわからせる必要がありそうだな」
目に見えて悪魔の瘴気密度が上がった。
実際アルフォナの一撃を、不意打ちではある物の避け切ることができなかったのは事実なので、プライドが刺激されているのだろうか。
「良いのかそんな事を言って。せっかく助かる命も助からなくなるぞ」
悪魔序列では最下位である第六階位であるが、腐っても悪魔だ。その辺の魔族、ましてや魔獣等とは力が違うのはわかる。
しかし、そこまでだ。もとより鍛錬をかかしていないアルフォナに六剣の力が加わっているのだから、落ち着いてアルフォナを見れば力の差は歴然なのだがな。
実際に悪魔をこの目で確認して、アルフォナの心配をする必要が一切ないと分かったことは収穫だ。まぁ、階位が上がればどうなるかはわからないが、今日のところは問題ないだろう。
「良いだろう、そんなに死にたければ望み通りにしてやろう。こんな王国はもうどうでも良い。全員皆殺しだ」
悪魔は自分に傷をつけたアルフォナではなく、御し易いと踏んだ相手である実際に力を持たない第一王子とナユラ王女に襲い掛かった。
護衛である俺達がいるから問題はないのだが、その軌道上にアルフォナが回り込む。
悪魔が手にしている剣とアルフォナの剣が交差し、悪魔が壁に吹き飛ばされる。
壁でアルフォナの一撃を受けた悪魔が止まるわけもなく、壁を破壊して外に吹き飛ばされていった。当初の予定通り?だ。第一王子、ゴメンな。
すかさず追撃するために、大きく空いた壁のあった位置から外に飛び出すアルフォナ。
俺達も状況を確認するべく、同様に壁から外に出る。
ここは王子の部屋でありそこそこの高さにある部屋だが、今の俺達の身体能力であれば全く問題なく外に出ることができる。
万が一があったらスミカもいるしな。
ナユラ王女と第一王子はそう言う訳にはいかないので、ヨナの<影魔法>で運搬している。
汎用性があって便利だな<影魔法>。
かなりの距離を飛ばされたようで、王都を囲う防壁の外まで移動してしまった。
ちょっとあの悪魔、弱すぎなんじゃなかろうか?
俺達が第一王子とナユラ王女を気遣いつつ移動していたので、悪魔とアルフォナの戦闘・・・いや、アルフォナの一方的な殺戮は既に開始していた。
もはや悪魔は防御のみに全力を使っているが、それすらも容易く破壊して攻撃してくるアルフォナに良い様にやられている。
「く、なぜ人族如きがこれほどまでに強い!!」
既に虫の息で、まともに動くことができないのか、地面に横たわり蠢いている。
「貴様、その程度で悪魔を名乗っているのか?お前より上の階位の悪魔はもっと歯ごたえがあるんだろうな?」
「なぜそれ程の強さを持っている?その力があれば、世界を手に入れるのも夢ではないだろう?どうだ?我らと手を組んでこの世界を手に入れないか?」
悪魔はプライドを捨てて方針転換し、アルフォナに必死で媚びを打っている。
「私を愚弄するか?貴様は鍛錬だけではなく騎士道精神も足りな・・・いや、悪魔如きに崇高なる精神を説いても仕方がないんだったな・・・ロイド様、この悪魔、いかがいたしましょうか?あまりに弱いので捕縛も可能だと思いますが?」
「くっ、確かに貴様は強い。別格の強さだ。だが貴様の主はどうだ?見た感じ何の力もなさそうな男・・・お前程の力を持つ者が下についている。そんな状態に甘んじていいのか?」
「貴様は少しうるさいな」
そういって、アルフォナは悪魔の口に双剣を刺す。
「ごぁおぎ」
何を言っているかわからないが、苦悶の表情を浮かべている悪魔を気にも留めずに俺の返事を待つアルフォナ。
そんな状態を驚きの眼差しで見てくる第一王子とナユラ王女。
自分たちがどうあっても勝てない相手を、まるで虫を払うかのように迎撃して見せたのだから驚くのもしょうがないか。
「どうせ大した情報も持ってないし、害にしかならないからな。駆除しておく方が良いだろう」
「もぐぇおを~」
何か悪魔が言っているが、気にしない。
アルフォナは双剣の一方を口から引き抜くと、悪魔を一気に両断した。
両断された悪魔は、瘴気をあたりにまき散らしながら消滅していった。
この瘴気、普通の人が触れると少々危険なので、ヘイロンの<炎魔法>で滅してもらった。
ヘイロン曰くかなり効率が悪いらしく、早く<光剣>所持者を作って<浄化>を使える仲間を加えろ・・・と注文されてしまった。
ともあれ、悪魔自体は何の苦もなく討伐し、さりげなく膨大な経験値も俺達全員が得ている。残念ながら王子王女は除外されているようだし、何のドロップもなかったが。
ここまで来れば、王子の近衛の開放とクズ第二王子の断罪でこの国は安泰になるだろう。
俺としては、図らずも善意の王族とのコネクションを持てたことが収穫になった。