風剣テスラムの戦い(2)
そしてまるでそうなるかと判っていたかのように、既にテスラムが近接して<風剣>をミンジュの無防備な背中側から心臓部分に突き刺したのだ。
「グァ……クッ……ハァ、フウ~、クソが。やってくれるな、死に損ない!」
既に離脱済みのテスラムを睨み、何とか立ち上がりながら<深淵>の力で回復を始めるミンジュ。
このままテスラムが近くにいれば、体に力を入れて<風剣>を抜けないようにしつつ攻撃しようとしていた。
攻撃が当たれば良し、逃げられても<風剣>を奪えれば良しと考えていたのだが、瞬間に離脱されており、そのどちらも出来なかったミンジュ。
「貴様、一体何をした!」
忌々しそうに喚くミンジュだが、テスラムは相変わらず表情を一切変えない。
しかしテスラムに限界が訪れている事は<風剣>の宝玉を見ればわかる。
「まぁ良い。もう手も足も出ないだろう。勝敗は決した。貴様の力の拠り所である<風剣>、明らかに宝玉の色も消え、刃を覆うように漂っていた物体も消え失せている。こうなれば赤子の手をひねるより楽な作業だ。最後の一撃だけは、まあまあの攻撃だったと褒めておいてやる」
「あなたは分かっていないようですね。もう勝敗は決しているのは事実ですが、負けたのは貴方ですよ?」
テスラムの表情にはここで初めて変化が生まれる。
自信満々の表情で勝利を宣言したのだ。
「ハハハハ、負け惜しみを!貴様は、貴様らは仲間とか言う話にもならん間柄ではあるが、そんな仲間がこの魔神様に惨殺されるのを見ながら、自分の順番を震えながら待つしかない矮小な存在だ!」
「フフ、その程度の認識しかないので、ロイド様を主とした我ら<六剣>の繋がりが分からないのでしょう。これ以上話をしても無駄ですから、そろそろ終わりにしましょうか。貴方もそこそこ強かったですよ」
煽られているのが分かるミンジュは漆黒の剣を構えて、<深淵>を纏わせようとするのだが……
「ばっ、何故発動しない!」
動揺するミンジュに、既に限界を超えているテスラムが一歩一歩かみしめるように近接する。
本来は一気に行きたいが、体力的に無理なのでこうなっている。
逆にミンジュにしてみれば恐怖でしかない。
一先ず離脱しようとするも、何故か体も上手く動かす事ができない。
「貴様!何をした!!!」
「ですから、これが我らの絆ですよ」
具体的には何も言わないテスラムは本当に最後の力を振り絞って<風剣>に再び力を灯し、碌に動けずに喚いているミンジュを細切れにした。
その後に、黒い靄が出て来るのだが……
「最後位は、任せて下さい」
<光剣>ナユラも意識が飛ぶほどの力を振り絞り周囲一帯を<浄化>する。
ここで、今この瞬間、完全に魔神が存在を消したのだ。
その後、全員がその場に倒れて指一本動かせなくなっていた。
体は動かないが口だけは動くので、テスラムは今回の作戦の功労者である<土剣>アルフォナにお礼を述べる。
「アルフォナ殿、あなたのおかげで何とかなりました。これでコーサス殿の仇は取れたのではないでしょうか?」
「フフ、まさかあの一瞬のアイコンタクトだけで理解いただけるとは、やはりテスラム殿も崇高な騎士道精神をお持ちだ」
苛烈な戦闘、極限まで精神と肉体を行使した戦闘であったが故に、耳に仕込ませていたスライムはいつの間にか投げ出されていた。
当然作戦を伝える術はないのだが、テスラムの言う“絆”を信じ、この作戦を実行したのだ。
その作戦は、何ともあっけない物だ。
<土剣>アルフォナの魔術によって、地面の一部に凹みを作り本当に少しだけ動きを阻害しただけ。
あまりにも変化の無い凹みであり、全く気にならずに攻撃を仕掛けてミンジュがその上に辿り着いた瞬間、その凹みを深くしたのだ。
今のアルフォナであれば、遠距離で即発動するには他の<六剣>と同じく全てを絞り出して術を行使する必要がある。
そして絶妙のタイミングで実施する必要があったのだが、アルフォナはやり遂げだ。
思惑通りに転倒し、無様に急所を曝け出しているミンジュに対してスライムを纏わせていた<風剣>を急所に刺したのだ。
このスライム、<風剣>に纏わせていた力を解除しつつ徐々に刃に張り付けており、その結果、万全の状態での<風剣>に纏っている色とは大きく異なっていた。
その変化を実際に所持者の状態に連動するように光っている宝玉の色が弱まるタイミングに合わせて行ったので、ミンジュはすっかり騙されていた。
そのスライム、初代<無剣>時代から溜めに溜めた魔力の塊であるスライムであり、内部に侵食後にその魔力を放出させた。
膨大な異質な魔力が体内で爆発的に増えれば、そもそもこの世界に存在できる限界まで力を蓄えていたミンジュの力が暴走し、上手く制御できないのは明らか。
結果、ミンジュはまともに術を発動できない上、動く事も儘ならなくなっていた。
「しかしテスラム殿。私が術を失敗していれば、危なかったのではないか?」
ミンジュが転倒直後に、わかっていたかのように攻撃をしていたテスラム。
既にあの時のテスラムの状態では、先読みをしていない限りあの短時間でミンジュに攻撃をする事は不可能だった。
<土剣>アルフォナを完全に信頼して動いており、アルフォナの言う通りに術が失敗、または意思の疎通が上手くいかず術自体が行使されていなければ、正に自殺しに行っていると変わらない行動だったのだ。
「フフ、言ったではありませんか。これが我らの“絆”ですよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全員が勝利の余韻に浸る……のではなく、一切動けずに倒れていると、周囲に暖かい光が溢れ始めた。
これは、ミンジュが常に天空で戦闘していた相手である神が、地上の助けになるべく力を使って地上に顕現を試みた結果だ。
当然そのまま顕現する事は出来ないので、力を放出し、辛うじて顕現できる程の力になってから顕現したのだ。
かなりの時間を要してしまい、既に魔神、魔人との戦闘は終了した頃に漸く顕現する事が出来ていた。
こうして伝説の剣を持つ者達と関係者の中に現れた神。
各剣が激しく光り輝いたのだが敵意がある感じではなく、何か懐かしんでいるような感情を感じ取った各剣の所持者達は、目の前の女性が言葉通りに神であると認識した。
「皆さん、私は天空で魔神と戦闘しておりました神です。今回は地上に逃走した魔人の対応ありがとうございます。これでこの世界は安定した状態になりした。魔獣については、皆様の糧になるのでこのままの状態が維持されますが、大きな脅威にはならないでしょう。顕現するのが遅くなり手助けできなかった事、お詫び申し上げます。その事を伝えたくて、少々無理をして顕現しておりますので、もう戻らなくてはなりませんが、何時かこのお礼は必ずさせて頂きます。とりあえず皆さんを動ける程度には回復しましたので、一旦これで失礼します」
こう言って、突然顕現した神はあっさりと消えていった。
「あれだけ短い時間しかいられねーんじゃ、何も助けてもらえなかったんじゃねーか?」
もっともなヘイロンの呟きが、無駄にこの場に響いていた。