<風剣>テスラムの戦い(1)
二体の分身体と<六剣>達の闘いに意識を向けつつ、互いが他の戦闘箇所に余計な補助をしない程度に牽制だけしていた二人、ミンジュ本体と<風剣>テスラム。
目の前に対峙している<風剣>テスラムを見て、ミンジュは一切油断の出来ない相手であると感じていた。
「お前は悪魔だな?とすると、本来は魔神……すなわち、この私に属する者では無いのか?手下が主人に無謀にも噛みつく。恥を知ったらどうだ?」
既に分身体の勝負は決してしまい、自分も本気の戦闘が始まると意識を切り替えたミンジュは、慎重に間合いを詰めつつ揺さぶりを兼ねてテスラムに告げる。
目の前の<風剣>テスラムを始末すれば、後は<無剣>ロイドを始末して、最早まともに動けない残りの雑魚を片付けて終わりだと考えているミンジュ。
事実<無剣>ロイドや<水剣>スミカも、ミンジュの分身体と<六剣>の戦闘のフォローをする際に少なくない力を使い続けており、万全とは言えない状態なのは誰の目から見ても明らかで、目の前の<風剣>を始末すれば十分勝機はあると判断した。
しかし目の前の<風剣>テスラムは他者とは異なり、種族的には自らの配下であるはずであるが、その男が特別鋭利な牙を剥けてきている。
悪魔は種族的に長命であり、分身体がやられた時に<闇剣>ヨナが放ったような長きに渡って継承し、蓄えていた力の攻撃を仕掛けてくるかもしれないと、テスラムの一挙手一投足に注意を払っている。
「私にも主を選ぶ権利はありますので、何も恥じる事はありませんな。むしろ、あなたの様な者の下にならなかった事に歓喜している程です」
テスラムもミンジュを警戒しつつ、慎重に動きながらもあっさりと切り返す。
互いに視線と微妙な体の動きで牽制し、直接攻撃を仕掛ける所までには至っていない。
僅かな隙が致命的になる事を知っているからだ。
その緊張した動きを、サポートしている<無剣>ロイドと<水剣>スミカも必死で全神経を集中して見つめている。
一瞬のサポートの遅れが致命傷になるが、今までサポートしていた<六剣>達とミンジュの闘いでも相当な気力・精神力を持って行かれており、<無剣>と<水剣>を常に顕現して最大限の力を使っているために体力も激減しており、最早常に能力を行使する程の力は残されていない。
二人が顕現し続けている剣の宝玉の輝きは、所持者当人の状態を表すかのように弱弱しくなっているのだが、未だ気力十分のテスラム、そしてその手に握られている<風剣>の宝玉だけはその輝きが衰えていない。
ジリッ、ジリッと互いの距離を慎重に詰めていくテスラムとミンジュ。
互いの直接攻撃があと一歩で届くと言った所で、ミンジュが突然魔術を行使した。
それは、この場にいるロイドや<六剣>達の虚をつく<光>属性の魔術。
少し前に<光剣>ナユラが使って分身体を倒すためのフォローを入れた目眩し程度の魔術だが、漆黒の剣を持って<深淵>の魔術しか行使してこなかったミンジュが初めて異なる属性、<深淵>とは真逆と言っても良い<光>属性の魔術を突然行使したのだ。
と同時に、一歩踏み込み<深淵>を纏った漆黒の剣を振り切る。
相当な注意力を持って二人を注視していた、してしまっていたロイド達はその目で二人の姿を見る事ができないのだが、無条件にロイドは<時空魔法>を、スミカは<回復>を残り少ない体力で行使する。
「私も舐められたものですな」
「クッ……貴様!」
未だ視力が戻っていない状態で聞こえて来る余裕を持ったテスラムの声と、怒りが滲んでいるミンジュの声にロイド達は一先ず安堵する。
「伊達に長きに渡り鍛錬をしておりませんよ」
「ふざけるな。それは俺も同じ、いや、常に忌々しい神と貴様以上に長きに渡って戦い続けていたのだ。貴様程度が偉そうにほざくな!」
事実ミンジュは天空で神と苛烈な戦いをし続けているが、少々小手先の技や裏技を使う事はあっても、結局は力技でのぶつかり合い。
そして対戦している相手は神一人……同じ様な攻撃をしてくる相手としか戦闘をした経験がない。
その程度の経験しかないので、今の目眩ましも<光剣>ナユラの技を見て真似しただけだったりする。
それをまともに食らってしまったロイドとスミカだが、極限状態にいたので仕方がないとも言えるが、百戦錬磨のテスラムには通じない。
目の前に届く光を<風>の力で強制的に屈折させて視界を確保し、ロイドの補助で少々動きが遅くなったミンジュの斬撃を躱すと共に反撃すらして見せた。
その反撃も一点に集中した<風剣>の刺突であり浅くない手ごたえを得ていたのだが、残念ながらミンジュの攻撃を避けつつの攻撃であり致命傷には程遠いが、テスラムにとっては想定通りなので問題はない。
再び両者は距離を取って、変わらず牽制している。
ミンジュの左腕には浅くない傷があったのだが、<深淵>の力で既に回復されている。
ここまでの攻防で、テスラムは予想通り相当厳しい戦いになると覚悟した。
どう見てもこの目の前のミンジュが本体であり、他の<六剣>が相手にしていた二体とは強さが異なっている上、<風剣>を使った刺突の攻撃を受けても既に回復されているからだ。
そして<無剣>ロイドの補助による敵の攻撃速度の減少が想定以上に弱っていると感じており、長期戦になると確実に敗北するだろうと判断したテスラムの視線は、一瞬だけアルフォナに向く。
その後の戦闘は、互いに全力を出した戦闘になる。
牽制し、魔術を行使し、ロイド、スミカのフォローを受けつつも、長きに渡る経験と技術で果敢に攻撃をしているテスラム。
もう後がないのはお互い同じであり、ミンジュの攻撃も苛烈だ。
テスラムにとってみればその攻撃は単調だが、ロイドの補助が更に弱っているために徐々に攻撃速度は上昇している。
そこを、単調な攻撃である為に先読みして辛うじて避けているのだ。
当然その先読みによっても避けきれない攻撃もあり、すかさずスミカの回復が飛ぶが、回復速度も遅くなっている。
どう見ても<六剣>や<無剣>側に限界が訪れ始めている所、再び距離を置いた二人。
「ハハハ、威勢が良かったがここまでだな?もっと早くに屈服すれば眷属としてやらないことも無かったが、貴様はここまでこの魔神に牙を剥いた。決して許される事では無い。後ろで死にそうな顔をしているゴミ共とここで果てるのだ」
テスラムの表情は変わらないが相当疲弊している事は間違いなく、<風剣>に纏っていた薄い青色をした膜が透明になり始めており、宝玉の色も弱くなっている。
最早勝利は間違いないと確信したミンジュは、再び漆黒の剣を構えて刺突の態勢に入る。
これもテスラムの技を見て盗んだ技だ。
極めて練度は低いが、その力でごり押しできるのがミンジュ。
迷う事なくテスラムに向けて攻撃をしかけるのでロイドも必死で<時空魔法>を行使するが、ミンジュの攻撃の勢いはあまり変わらない。
そこで、驚くべき現象が起きた。
何故かミンジュが勢いをそのままに転倒したのだ。