各所の戦闘(2)
ミルキャスは想定以上に高速で移動する事が出来、フロウの危機的状況にぎりぎり間に合った。
防壁を乗り越えてフロウを視認すると防御の魔術を行使している所だったのだが、どう見てもフロウ本人には防御魔術はかかっていない。
つまり、今見えない場所にいる集落の人々に魔術を行使しており、更に自分は助からないと覚悟を決めていたのだ。
すかさず暗器を投擲し、最もフロウの近くにいた魔獣を始末すると、そこからは暗部の力と<六剣>配下の力を全開放してフロウに近づきながら魔獣を始末して行く。
追加で防壁から敵がなだれ込んでくるが、取り敢えず<闇>の力を使って煙に巻いている状態を維持する事にし、フロウを労う事にした。
自分達には縁がないだろうと思っていた最大限の油断、取り返しのつかない油断をしてコーサスを死亡させてしまった反省を生かし、<闇>の力で収納している空間にはポーションを常備する事にしていたミルキャスは、早速一本取り出して精根尽き果てているフロウに渡しつつこう告げる。
「遅れて申し訳ありません。ですが、見事な騎士道精神です。アルフォナ殿も感激するに違いありません」
アルフォナに鍛えられ、共に騎士道精神の高みを目指す者にとって、この言葉は何よりも嬉しい言葉だと知っているミルキャス。
言われたフロウもポーションを飲む前にではあるが、途端に気合・気力も十分かの様な態度になる。
「!……そう言って頂けるとは!!しかし、まだまだ騎士道精神を極める道のりは遠いのです。この程度の敵に後れを取っているようでは、満足できるわけもありませんから!」
そう言って一気にポーションを飲み干し、再び戦闘態勢を取る。
「フロウ殿、私は住民を集めてきます。一か所にいれば、強固な防御を掛ける事が出来るのではないですか?」
「その通りです。探索しながらの遠隔防御、そして敵への攻撃と、未熟な自分にはできない範囲の事をしていましたので……」
既に周囲の敵は魔神の力によって増幅されており、以前ユリナスを始末しようとしていた荒くれ者のアントラ帝国冒険者であるゾルドネアが束になっても一体も倒せない程の実力になっていた。
その攻撃を受けている集落に対して複数の、しかも不得意な術まで行使してここまで持ち堪えたのは称賛に値する。
一息つく事が出来たフロウはミルキャスの提案通りに住民を集めてもらい、その間は侵入している敵の始末を行う事にした。
一旦強固な防御魔術を行使した為に追加での魔術を行使する必要はなく、ポーションで魔力が回復している上、苦手な探索にも意識を割かずとも良くなったフロウの動きは軽快だ。
街中の敵をある程度始末出来た頃、町の中央にミルキャスが全ての住民を集合させていた。
ここから最も強固な建屋の中に移動してもらい、そこに重ね掛けのように防御魔術を行使し、更には防壁の補強を行う。
最後に監視のスライムを確認して二人はこの場を去る。
次の被害を防ぐために移動したのだ。
各所で響く轟音と振動、そして残念ながら犠牲になったのであろう人々の悲鳴も時折聞こえてしまっているこの世界。
攻撃の主体、最大の敵国であるアントラ帝国、そして追随しているエクリアナ王国でも混乱が起きていた。
アントラ帝国では、皇帝カリムの前に再びミンジュと共に現れたジーダフによって、こう告げられる。
「カリム、こちらはミンジュ様だ。あの<六剣>達を始末するためにお力を与えて下さっている。そこの所を忘れるな」
エクリアナ王国のコテール国王の前にも、ジーダフ伯爵の推薦で面会した魔人であるマドレナスが同じ様に魔神から力を与えてやっていると説明があった。
それは……城下町に彼らが放した生物、コーサスの体を乗っ取った生物によって民が乗っ取られて次々と勝手に出撃して行ってしまい、その行為は、城内、皇居内の騎士にまで及び始めており、眉を顰めた国主に事実を説明したに過ぎない。
コテールは自分は相当強いと自負しており、戦闘に身を置く事を是としているような人物だったのだが、目の前のマドレナスには歯向かう気持ちすら持てないほどに怯えていた。
一方、ジーダフとは長い付き合いのカリムは思わず口を開いてしまったのだ。
「そ、それでは奴ら<六剣>共を始末した後、この国……」
次の言葉は出てこない。
ミンジュの腕が胸を貫通しているからだ。
「この魔神のする事に反論か?随分と立場をわきまえないカスだ。最終的には人族など家畜にする他ないだろうが!だが、思わず勢いで始末してしまったが、今の時点で他の国家との交渉時に顔が知られている者がいないのは面倒だ。ジーダフ!」
「はっ。宰相にアスカと言う者がおります。その者は諸国に顔が知られている為、問題ありません。だな!アスカよ!!」
謁見の間の扉に向かって叫ぶジーダフ。
既にその扉の裏から慎重にこちらを伺っているアスカの気配を感じ取っていたのだ。
矮小な人族に意識は向かないミンジュは、アスカには意識は向かない。
「捨て身の作戦だったが、どうしてどうして。これで神の犬である<無剣>と<六剣>を始末して跡形もなく破壊すれば、この星は我がミンジュの物になる。ハハハ、天空で悔しがる神が見える様だ!」
狂気とも言えるその言葉を聞いたアスカは、いつの間にかジーダフに引きずられて地面に転がされていた。
まさか開戦を勧めていたジーダフ伯爵が、何を言っているか分からないが魔神と自らを呼んでいる得体のしれない男の配下だったとは思わなかったのだが、余りの恐ろしさに震える事しかできなかった。
機嫌が良くなったミンジュは、ジーダフを引き連れてこの場を後にする。
転がされて震えているアスカには一瞥もせず、まるでその辺りにゴミが落ちていると言う程度の認識なのだ。
その日の夜……エクリアナ王国に到着したヘイロンとスミカ。
もう一方の敵国であるアントラ帝国に向かったアルフォナとナユラは到着までもう少しかかりそうだとテスラムから情報を得ていた。
やはりテスラムの補助は相当大きく、その分早く敵国に到着する事が出来ていたのだ。
「スミカ、ここからが本番だ。油断するなよ。それと、力を抑えるのは無しだ!」
「はい。わかりましたヘイロンさん」
いつになく真剣な会話をしている二人。
ヘイロンは手に持っていた普段腰に差している剣を遠くにいる敵に投げつけて始末すると、鞘を手にする。
その鞘は赤い光と共に本来の姿を曝け出した。
持ち手の少し上の部分には七つの宝玉。
その中で一際大きい<炎>の属性を現す赤い石があり、美しく輝いている剣である<炎剣>を顕現させた。
スミカも剣を鞘に仕舞い、体の前で両手を突き出して軽く拳を握る。
イヤリングが青く輝き、ヘイロンと同じ剣ではあるが青い宝玉が一際大きくなっている剣、<水剣>顕現させる。