騎士アルフォナ(2)
六剣の力を完全に使いこなせるように修行中のロイド一行も、当然後方から来るアルフォナの気配には気が付いている。
もちろんヘイロンはこの短い時間で炎剣の<探索>をほぼ完全に使いこなせるようになっており、無剣のロイドも同じく<探索>を使用できているので、アルフォナがこのダンジョンに侵入してきた段階で気配を察知できていた。
「ロイド、なんだか一人でこのSランクダンジョンに侵入している頭のねじがぶっ飛んだやつがいるぞ?」
「そうみたいだな。どうするか・・・」
一方、闇剣のヨナと水剣のスミカは、階層を超えるほどの<探索>は行えないので様子を見るように進言する。
「ロイド様、私が様子を見てきましょうか?」
「お姉ちゃん、それならば私も行きます!」
魔獣を狩りつくしながら進むロイド一行と何の障害もなく進むアルフォナでは当然進行速度が違うため、このままでは何れ自分たちの戦闘を見られてしまう可能性が高いと考えているロイド。
<隠密>をかけたまま戦闘すれば姿は見えなくなるが、ロイド達の姿が見えないアルフォナが修行の邪魔になる可能性が極めて高い。
しかし、ここは超常の魔獣が闊歩するSランクダンジョンであり一階層のボスの気配で引き返すかと思っていたので、その時点では放置することにしていた。
だが、アルフォナはなかなかの強さを持っているようで、二階層のボスまで踏破してロイド達のいるフロアである三階層まで来てしまった。
同じ階層まで来ると、炎剣のヘイロンはかなり詳細な気配をつかんでいる。
本来の炎剣の力であれば一階層にいる時点で完全に全ての気配を察知できるのだが、もう少しだけヘイロンは修行が必要だ。
「おいおいあの女、単純に剣術だけで三階層まで来たぞ」
「ヘイロンさん、女性の方が来てるんですか?」
「ああ、かなりの強さだな」
スミカが少し興味を惹かれているようだ。
「修行を見られるわけにはいかないし、気配を消しても外部の人間がいればまともな修行はできない。一旦<隠密>で様子を見るぞ」
修行の為に解除していた<隠密>を全員にかけなおした状態で、後方からの侵入者を待つ。
今ロイド達がいる場所以降は魔獣が闊歩しているが、ここまでは魔獣がいない為、あまり時間をかけずに後方からの侵入者であるアルフォナは到着するだろう。
やがてアルフォナが視界に入った。
ユリナスに仕えていた頃から10年以上経っているために、ヨナもロイドもあの近衛騎士であるとは気が付くことはない。
「ようやくボス以外の魔獣がいたか。ここで少々まとめて稼がせてもらうぞ。弟妹のためだ。悪く思うな」
ロイド達の存在を知らないアルフォナは、独り言を言いながら魔獣に切りかかる。
三階層まで来ると、BランクやAランクの魔獣が混在して襲い掛かってくる。
さすがに多勢に無勢で無傷とはいかないが、かなりの力技でこの辺りの魔獣を一掃して見せたアルフォナ。
「ロイドよ、何だこの姉ちゃん。まさか既に六剣を持ってたりしないよな?」
「そんなわけないだろう。だが、この動きは日々の絶え間ない努力の賜物だな。きっと真面目な性格なんだろうな。フロキル王国の連中に爪の垢でも飲ませたい所だ」
実際はフロキル王国の近衛騎士たっだのだが、そんなことは知らないロイド達は単純にアルフォナの磨き抜かれた技に感心していた。
そんな会話がなされていることなどわかるはずもないアルフォナは、ひたすら収納袋に魔獣を詰め込んでいる。
その後、いつもの通り双剣の汚れを落とし、刃の状態を確認する。
さすがに今回は相手の強さと物量に押されてしまい、強引に打開した時があったため所々に刃こぼれが見えた。
アルフォナは周りの気配を調べ、魔獣が近くにいない事を確認すると魔法袋より砥石を出した。
そして双剣を丁寧に地面に並べると、自らも正座し刃こぼれの修復を始めた。
「なんだこの姉ちゃん。武器を大切にする所は大いに尊敬できるが、時と場合によるだろう。Sランクダンジョンの中でいきなり整備するか?やっぱりネジがぶっ飛んでいやがる」
「不思議な人ですね」
「でも、慣れているみたいです」
「そうだな。それにこの双剣、相当な期間メンテしながら使い続けているんだろう。こんな中途半端な長さになっている剣は見た事がない」
実際にアルフォナの剣は長い期間メンテナンスしながら使用しているため、ユリナスから受け取った時点から比べて相当短くなっている。
当然短くなるだけではなく厚みも薄くなっているため、当初の強度は既にない。
だが、アルフォナの技術により武器として辛うじて成り立っている状況だ。
やがて双剣のメンテナンスを終えると、
「この程度の魔獣であれば、もう少々奥まで行って稼がせてもらっても問題なさそうだな」
そう言いつつポーションを飲んで怪我を治し更に奥を目指すアルフォナと、その後ろを、唖然としながらも何故か無言でついていくロイド一行。
すると、同じように魔獣の群れがアルフォナに襲い掛かった。
アルフォナも迎撃するが、魔獣の中に魔法が得意な個体がいたらしく劣勢になる。
体制を立て直すべく一旦大きくバックステップして距離をとったアルフォナ。
「ふむ、なかなかの強さの魔獣がいるものだ。ここは出し惜しみはできないな。本気で行くか」
そういって、<身体強化>だろうか?彼女の全体を魔力が覆うと、明らかに彼女の雰囲気が変わった。
今までとは比べ物にならないほどの速度と力強さで双剣を振るうと、魔獣の群れを原型が留めない程に粉砕して見せた。
「ああ、これではお金にならないではないか!!」
自分の行った結果を見て嘆くアルフォナ。
一方、意外とポンコツなのかもしれないと思っているロイドとヘイロン。
討伐された魔獣や、命を落とした冒険者はダンジョンにいつの間にか吸収されることになる。
この細切れになってしまった本来価値のある元魔獣達も、ダンジョンの糧となるのだろう。
「いや、やってしまったことは仕方がない。まだまだ私も鍛錬が足りないな。ユリナス様の教えの通り精進しなくては。このアルフォナを見ていてください」
スミカを除く三人は完全に硬直した。
やがてアルフォナが発した「ユリナス様」がどういう意味かを理解したスミカも三人を見つめる。
「ロイドよ、何だこのダンジョン。出会いのダンジョンか?ナユラに引き続き・・・お前、この姉ちゃんの事知ってるか?」
「いや、申し訳ないが記憶にはないな。だが、明らかに母さんの事を知っているようだ。そして、母さんの事を悪く思っていない。アルフォナか・・・ヨナ、何か知っているか?」
「・・・ロイド様、言われてみればですが、何となくこの双剣を見た事があるのです・・・」
アルフォナが近衛騎士に任命された時点で、すでにユリナスのメイドと言う立ち位置で護衛をしていたヨナに若干の記憶が残っている。
当時のヨナも幼かったため、必死で記憶を探る。
「あっ、思い出しましたよロイド様。この方、ユリナス様の近衛騎士に任命されていた方です。この双剣、ユリナス様が選んで渡していました。この方の名前までは思い出せませんが・・・間違いなさそうです。私の記憶によればユリナス様の信頼を得ていて、この方もその信頼に応えようと必死に修行していたような気がします」
「なるほどな。そうするとこの嬢ちゃんはユリナス様を尊敬しているという事か。だとすると、あの双剣の扱いも納得だ。ユリナス様から頂いた双剣なら俺でも即メンテしたくなるからな。ながなんであの時にいなかった?」
ヘイロンは魔族襲来の事を確認している。
「ヘイロンさん。確かあの時は・・・この方のご家族を看取るためにユリナス様が長期休暇を出したと思います」
全て理解したかのようにヘイロンは大きく頷いた。
「なんで今頃になってこの嬢ちゃんがこんな所にいるのかが疑問だな。何やら金が要るような口ぶりだったが・・・」
そうヘイロンは呟いてアルフォナを見つめる。