コーサスの最後
ユリナスを突然攻撃した、第一隊カーサスの弟である第二隊のコーサス。
当然身内とは言え容赦なく反撃し既に虫の息で目の前に横たわっているのだが、そのコーサスに向かって追撃をしたミルキャスの暗器とも言える針がコーサスの頭の横の地面に突き刺さっている。
「ミルキャス。どうした?珍しく攻撃を外しているが、俺の身内で遠慮したのか?」
「カーサス殿、良く見て下さい。貴方の弟、共にアルフォナ殿と騎士道精神を追求した者が訳もなく身内を攻撃するわけがないでしょう!誰か!」
この場にいるカーサス、ミルキャス、そしてユリナスと共に去ったノウリスも属性は<水>ではなく、ここまで致命傷を負ってしまったコーサスを回復させる術はない。
第二隊の騎士が、急ぎポーションを取りにこの場から消えていく。
直接的な襲撃の場には間に合わなかったが、コーサスが反撃する所を見ていたミルキャス。
兄であるカーサスとは違いコーサスに対して身内の情もなく、暗部総隊長時代の経験から客観的に、冷静に状況を把握できており、当然コーサスの脳を侵食していた生物が逃げようとしている事も把握できたのだ。
ミルキャスが投げた暗器はコーサスの頭のすぐ横に突き刺さっており、そこには既に息絶えている謎の生物が串刺しにされていた。
漸く全てを理解したカーサス。
慌てて弟であるコーサスに近寄る。
「コーサス、俺はなんてことをしてしまったんだ!ポーションはまだか!」
「…兄貴…止めてくれて…ありがとう…ノウリスにも…お礼を…言ってくれ…すべては…未熟な…俺のせい………ミンジュは…別格の…敵だ………」
最後に最も重要な情報を告げられた事で安堵したコーサスは、張り詰めていた意識が緩んだのか、事切れる。
「うっ……クッ……ミンジュ!!必ずこの俺が殺してやる!」
既に動く事の無い弟を抱きしめつつ敵を明確にするカーサスに対し、ミルキャスは努めて冷静に反応する。
「カーサス殿。気持ちは分かりますが、今は緊急事態です。騎士道精神を持って冷静に対応をお願いします。コーサス殿もそう望んでいるはずです」
「……すまない。その通りだ。弟と追い求めた騎士道精神。必ず追及して見せよう」
この二人には通じる会話で、何とか落ち着きを取り戻したカーサス。
その後漸くして第二隊の騎士が手にポーションを持って戻ってきたが、既に手遅れである事を察して彼らに近づく事は無かった。
「この情報、今すぐ展開する必要は?」
「コーサス殿の死亡については、今すぐ伝えるべきではないと思います。向こうにいる<六剣>達も戦闘に意識が向いているはずですから。ですが、敵の情報、ミンジュに関する情報は出来る限り伝える方が良いかもしれません。どこまでご存じですか?」
目の前の亡骸の前で、カーサスとミンジュは騎士として、<六剣>配下として真剣に話を進めている。
「いや、申し訳ないが大した情報はない。こちらに喧嘩を売っている国家エクリアナ王国の騎士としか知らない。この程度、既にミルキャスは知っているだろう?だが、あいつがコーサスに何かをした事は明らかだ。今思えば、あいつがここに来た時と帰る時、コーサスと二人の態度が一気に変わっていた。あの短い期間でミンジュがこのふざけた生物を植え込んだ!」
やはり完全には冷静になれないカーサス。
その手で身内、そしてライバルでもあるコーサスの命を刈り取る羽目になったのだから……
「フ~、すまない。まだまだ騎士道精神が足りないな。これではコーサスに笑われる。もう大丈夫だが、申し訳ないついでにミンジュが明らかな敵である事、不思議な術を使っていた事を伝えておいてくれないか。それと、俺は少しだけ一人になりたい。その間、ユリナス様をお守りしてくれ」
「任せて下さい」
カーサスの気持ちを汲んだミルキャスは、ただ一言了解の意を示すとその姿を消した。
残されたカーサスは、自ら致命傷を負わせてしまったコーサスの亡骸の横に座り、その姿を目に焼き付けている。
自分の分からないところで、必死に戦っていたのだろうと言う事は想像に難くない。
そんなコーサスを決して忘れない為、暫く傍に寄り添いたかったのだ。
これほどの致命傷を負ってしまっては如何にアミストナの秘術でも蘇生する事は出来なく、兄カーサスと共にアルフォナの崇高な教え、騎士道精神を貴ぶフロキル王国の騎士であるコーサスは、ここに散った。
しかし長く感傷に浸っている暇はない。今尚警報は鳴り響いているからだ。
「コーサスよ、お前以上に騎士道精神を極めて見せる事をここに誓おう。お前の覚悟、俺は誇りに思うぞ」
最後に一声かけて立ち上がるカーサスは第二隊の騎士達に埋葬を頼み、再びユリナスの元に向かう。
『カーサス、話はある程度ミルキャスから聞いた。目の前の魔獣や何故か狂乱状態の騎士、傭兵共の相手をしている為に周囲の警戒は疎かになっていたのだが、ヘイロン殿曰く、別格の強さを持つ存在が三つあるそうだ。そのうちの一体がミンジュと言う者なのだろう』
その道中、既にミルキャスが状況を展開したようで、近衛騎士隊長のダンカからスライムを通した連絡が来る。
『お前は暫くユリナス様の護衛に専念しろ。これ程の数、場合によっては王城の守りはお前一人に任せる事になるかもしれない』
状況はかなり切迫しているようだ。
詳しく話を聞くと、比較的ダンカは敵が少ない場所を対応しているようなのだが、それでも狂乱状態の敵が魔獣と共に攻め込んでくる。
そもそも人族と魔獣が互いに連携すらとって攻撃してくるので、魔神の力を得ている事は間違いなく、敵の攻撃によって余計な付与を受けないように慎重に対応している以上、数が多すぎるためにどうしても打ち漏らしが発生しているという事だ。
そして、守るべき場所は集落等を含めて各地に点々としており、そう言った場所は力のある第一隊が個人で防衛しており、既に手が足りない状況になり始めていると言う事も同時に伝えられた。
『ナユラ様によれば最早猶予はないとの事で、エクリアナ王国にはヘイロン殿とスミカ殿、アントラ帝国にはアルフォナ様とナユラ様が向かっている。他の方々は、各地の守りを手助けされている所だ。お前も色々辛い所だろうが、ここが騎士道精神の見せ所と心得て、心して任務に就いてくれ』
どうやらコーサスの事も伝わってしまっているようだとは思ったが、さりげない心遣いに癒され、改めてミルキャスと再び護衛任務を交代するべくユリナスの元に向かう。
「ミルキャス、申し訳ない。もう大丈夫だ。それと……ノウリスにも迷惑をかけた。コーサスも深く謝罪していた」
「……そうか。ミルキャスから全て聞いた。俺はお前達兄弟と共に騎士として活動出来た事を、誇りに思っている」
それだけ言うと、軽く肩を叩くノウリス。
少々離れた位置にいるユリナスには敢えて聞こえないように話している。
ユリナスもコーサスの事は気になってはいるのだが聞かれたくない雰囲気を感じ取っており、余計な事は聞いてこなかった。
もちろんスライムによる連絡は、ユリナスは外されていたのだ。
「ではユリナス様、私は任務に戻ります」
「気を付けて下さいね、ミルキャス」
ミルキャスも、敵である祖国アントラ帝国に容赦ない鉄槌を下すために出陣する。