フロキル王国、混乱の序章
フロキル王国から離脱する際にコーサスと握手すらして見せたミンジュは、今のこの混乱している世界の状況に乗じて、眷属の二人にアントラ帝国とエクリアナ王国に向かわせ攻撃準備を行うように指示を出していた。
<六剣>達であれば無駄に民のためにこの騒動を収めるべく、意識を集中するだろうと判断しており、その考えは正しかった。
ジーダフが拠点としていたアントラ帝国の皇帝カリムは、主たる存在のジーダフが生存していた事、今後の指針を示したことに安堵していた。
もちろんエクリアナ王国に向かったマドレナスは魔人や魔神についての話は一切していないが、ジーダフの伯爵としての力を利用して、自分の身分を偽って信頼させた上で訪問していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ロイド、どう見ても魔神関係の仕業だよな」
「確認するまでもなく、そうだな」
フロキル王国の王城の一室。
<無剣>ロイドや<六剣>達が集合している。
「魔国アミストナは今の所自力で防衛できるそうです。お兄様、リスド王国は<六剣>配下がおりますし、フロキル王国も同様で問題ありません。一部の冒険者に依頼を出して、あの集落等に派遣している最中ですので、民に犠牲は出ないと思いますが……」
「ナユラ殿、全てを限られた人数でもれなくカバーする事は……惨い言い方にはなりますが、不可能です。ですが、極力被害を無くせるように、我ら<六剣>が全力を尽くしましょう」
今回の対策による疲れからか少々表情に陰りが見えるナユラに対してテスラムが励ましているが、奇麗事は口にしない。
もちろんフロキル王国の国王であるキュロスも、この件の対策を最重要項目として必死で対応している所だ。
「ならば、騎士隊を周辺に派遣するべきではないか?騎士道精神を持っている彼らならば、その任、確実に全うしてくれるだろう。なぁ?ミルキャス!」
音もなく現れる、元アントラ帝国暗部総隊長と言う全ての国家から恐れられていた存在であり、現<六剣>配下のミルキャス。
彼女は騎士でありながら情報収集を主な任務としており、アルフォナは危険そうな集落、町が無いかを探らせようと呼んだのだのだが、既に実行済みだったようでこう告げていた。
「はい。是非その任、お任せいただきたいと思います。既にいくつか危険そうな集落は把握しており、ナユラ殿にお伝えしております。ですので、私も諜報ではなく迎撃に回ろうかと思っています」
暫く考え込んでいるナユラ。
こう言った大掛かりな作戦の時には、大まかな動きを立案するのはすっかりナユラに頼り切っていた<六剣>達だ。
「魔神の行動が不明な中、重要人物の護衛から人を割くわけにはまいりません。ですので、第二隊以下の隊をその任務に就かせましょう。<六剣>配下の第一隊にはその旨伝え、何時も以上に警戒するように伝えて下さい」
「承知した」
騎士の動きに関しては<土剣>アルフォナが全てを管轄しているので、すかさず席を立ち指示を出しに行く。
そこに、ミルキャスも続き退出して行った。
「既にダンジョンからも魔獣が溢れ始めておりますな。ですが……アントラとエクリアナ、同盟各国には矛先を向けていない様子。やはり魔神関係で間違いないでしょう」
残された者達に、テスラムからスライムを使って得る事が出来た新たな情報が公開される。
「そんじゃあ、手始めにその二か国をぶっ潰してやれば元通りって事で良いか?」
「普通に考えればそうだと思いますが、こちらは三国同盟。彼方はそれ以外のほぼ全ての国家……立地的にも数的にもそう簡単には行かないと思いますよ、ヘイロンさん。ですが、最早防御ばかりでは埒が明かない状況になっている事も事実です。こちらからも打って出る必要はあるでしょう。しかし先ずは一番犠牲になりやすい人々の保護が最優先です!」
あまりにも単純な答えを導き出したヘイロンに対して、国家運営に長けているナユラが持論を展開する。
二か国を攻撃する事に異論はないが、その時々で起こるのであろう事態に慎重に対処する必要がある事も付け加えて、具体的な動きを検討し始める。
そんな中、既に移動を終えたアルフォナとミルキャスは訓練場にいた。
「諸君、既にご承知の通り魔獣が上限無く増加している。先ずは領民の安全を確保するべく第二隊以下全ての騎士達には行動を開始してもらう。そこで……」
「第一隊は何をするのでしょうか?」
一瞬で場が凍り付いた後に少々怒りの籠った視線が、この発言を行ってアルフォナの言葉を止めた人物に向けられる。
そう、コーサスだ。
言われたアルフォナは一切気にしていないようで、素直に返事をしている。
信頼できる騎士達、共に騎士道精神を高め合った騎士の疑問には真摯に向き合っているからだ。
「第一隊には、継続して主要な警備を行ってもらう事になっている」
「過剰ではないですか?逆に我ら第二隊が主要警備をし、より力のある第一隊が外部を担当した方が効率が良いのではありませんか?」
完全に意識のあるコーサスは、一切思ってもいない事が勝手に口から出て来る事に絶望している。
「フム、そうか。経験を積ませる事も必要である事は事実だな。だが、全員を入れ替えるわけには行かない。一部の第一隊と第二隊を入れ替える。これで良いか?コーサス」
「ありがとうございます。この経験を活かし更に精進します」
アルフォナの騎士道精神に溢れた対応によって、周囲の騎士達、兄であるカーサスも含めた剣呑な雰囲気は霧散する。
その後、アルフォナの指示によって騎士達は各任務を全うすべく即動き出す。
コーサスは要人の警護……ユリナスの警護の一員になっている。
ユリナスは既に<六剣>や<無剣>ロイドの話には加わっておらず、国家運営にも口を出す事は無かったので、普段は時折訪れるナユラ達と中庭でお茶を楽しみながら生活している。
今日、ナユラは<六剣>達と今回の件で話をしているので、ユリナスは一人で中庭にいた。
視界に入る担当警護が変わる事を伝えに来たアルフォナは、既に<六剣>達の元に戻ってしまっている。
共にお茶を飲んでいるのは、アルフォナに同行していたミルキャス。
アルフォナが事情を説明した後に、ユリナスに引き止められてしまったのだ。
雲の上の人物でる上、任務中である事から一旦は固辞したのだが、悲しそうな顔をされてしまい困り果てた所に、アルフォナから是非同席するべきだと勧められて今に至る。
「ウフフ、ちょっと強引だったかしら?」
ペロッと可愛らしく舌を出すユリナス。
あの悲しそうな表情も、今の態度を見れば演技だったのだろう。
「でも、ミルキャスちゃんとも一度しっかりとお話ししたかったのよ。貴方は特にアルフォナを慕ってくれているでしょう?あの娘はかなり無理をするタイプだから、それとなく抑えてくれる存在が必要だと思っているの。<六剣>の他の仲間は、結構個性的な集まりでしょう?フフフ、だからあまり当てにならないと思って……」
「ここ、光栄です」
柄にもなくガチガチに緊張しお茶の味など一切わからないミルキャスだが、必死で返事をしている。
そんな姿を微笑みながら見ているユリナスと、表情に一切変化はないが誰よりも慎重に観察しているコーサスがいた。