コーサス(2)
騎士道精神の隙、少し前から思っていた兄との違い、そして大きく開いた実力差に対して的確に指摘されてしまったコーサスは、ミンジュの提言が魅力的に聞こえてしまった。
騎士として周囲への警戒を怠ってはいないが、思わず会話に乗ってしまったのだ。
「お前にそれほどの力が有るようには見えないがな。一応聞いてやろう。どうやるのだ?」
「それはそうだろう?俺は今力を抑えているからな。しかし、この秘密を明かすためにはフロキル王国の近くではできない。そうだな、例えばこの調査をもう少し続けると言う体で一旦離脱できれば、そこで教えてやろう」
少々悩むコーサス。
ミンジュは自らに装着している封印の魔道具を見せていた。
どの程度の代物かは分からないコーサスだが、見た目は相当価値のある、そして性能の高そうな物に見えたので、ミンジュの言う通りに力を抑えている可能性も無くはないと考え、話を聞く程度はしても良いかもしれないと判断した。
「……わかった。だが、勝手に任務を追加するわけには行かない。一旦報告し、私人として再び移動しよう」
この短い時間の調査の結果、どう見ても魔獣の絶対数は増えている。
その報告を上層部に上げた所、他国でも同様の現象が起こっており、フロキル王国以外の場所で何らかの理由で魔獣が消滅し、その分がフロキル王国に来てしまったと言う事は無いと断定された。
この異常事態、騎士達には更なる任務が課せられる事は間違いなく、そこに新たな力を得られれば王国の助けにもなるし第一隊への昇格も夢ではないと思ったコーサスは、再び門の外に向かい、一人待っているミンジュの元にやってきた。
「で、どこに行くんだ?この異常事態、この世界で魔獣の絶対数が増加していると断定された。恐らく上位種、魔族も大量に出回っているだろう。そいつらをひたすら倒して力をつける方法ならば、こっちで勝手にやらせてもらうが?」
「そう焦るな、コーサス。その程度で得られる力などたかが知れている。それに、俺の本当の力を長時間開放するわけには行かない理由があるからな。丁度配下の者二人を見つける事が出来たので、そいつらを紹介して先ずは俺の力を証明しようと思う」
今一つ要領を得ない説明だがその後スタスタと森の奥に入ってしまったので、仕方がなく後に続くコーサス。
軽く歩いているような速度でも相当な速さになっているが、普段鍛えているコーサスも難なく追随している。
このミンジュの発言の中にあるように、実は魔獣による混乱に乗じて一瞬力を開放し、再び自らの眷属である魔人の存在を探っていた。
この混乱で眷属達にも動きがあるかもしれないと思っていたのだが、その考えは正しく、怯えて暮らしていた二人の魔人、マドレナスとジーダフの存在を感知して呼び寄せていたのだ。
<六剣>達に怯え切り、仲間の眷属であるンムリドがいない今、この世界に起こった異常は正に主である魔神によるものでは無いかと思った二人は意を決して魔道具を破壊していた為、ミンジュの探知にかかったと言う訳だ。
その周辺に<六剣>はおらず、即座に再び力を隠蔽したのが功を奏し、その存在は今の所<六剣>達には気取られてはいない。
順調に事が進んでおり、天空の神は今頃歯噛みしているだろうと愉悦の気分に浸っている魔神であるミンジュ。
二人は、大して時間がかからずに目的の場所に到着した。
フロキル王国からは既に相当距離は離れており、森の奥にポツンと開けた場所。
周囲を見回し何故かこの周辺には魔獣の気配を感じていないコーサスは、目の前のミンジュが持っている力によって結界でも張っているのかと思っていた。
「この周辺は魔獣がいないようだな。これもお前の力か?ミンジュ」
「そうだ。それと、既にこの場所は外界から遮断されているので忌々しい<六剣>達に感知される事も無い」
この言葉を聞いた瞬間、ミンジュから反射的に距離を取って迷いなく攻撃態勢を取るコーサス。
「ミンジュ、貴様はしょせんエクリアナ王国の犬か。俺は騎士としてフロキル王国を守る使命を持っている。たとえ知人であったとしても、容赦はしない。覚悟しろよ!」
「フフフ、それはお互い様だ。だがせっかくだから先ずは俺の、いや、このミンジュと言う男の本当の正体を明かしてやろう」
ミンジュが、ミンジュの本当の正体を明かすと言っているように聞こえるコーサス。
まさか魔神が乗っ取っているとは思いもしないので、得体のしれない不気味さを感じ取って動けない。
「この男、あのアドバライと仲良しゴッコをしているようだが、実はエクリアナ王国の“影”の部隊。あのアントラ帝国の暗部に対抗して作られた部隊の一員だ」
驚くような事実をあっさりと暴露するミンジュ。
そもそも自分の事をこの男と呼んでいる時点で、異常だ。
そして、明らかにフロキル王国に対して敵意有りと宣言しているのも同義である内容を、何の迷いもなく言い切っている。
「この男の任務はお前とアドバライを惨殺し、フロキル王国を混乱に陥れる事だ。まぁ、お前に手を出すと言う所は、俺の意思とも合致しているがな……よし。早速紹介してやろうか」
かなり厳しい鍛錬を繰り返し、相当な強さを持っているコーサス。
この不気味な状態に最大限の警戒をしているのだが、気配を察知できないままに二人の人物が現れたのだ。
「こいつが、魔人であり俺の眷属でもあるマドレナス。そしてこっちは同じ存在ではあるが、アントラ帝国の伯爵でもあるジーダフだ」
「……何を言っている?」
次から次へと理解できない事が起こり、ミンジュの話も訳が分からないコーサス。
「う~ん、お前程度ではやはりそうなるか。まぁ良い。これからお前には、俺達の手足になって貰う。安心しろ、お前の意識は残しておいてやる。自分の手で仲間を切り捨てる様、楽しむと良い」
「流石は魔神様!このマドレナス、感嘆致しました」
「あの忌々しい<六剣>達に反撃できるのですね?これ程嬉しい事はありません!」
目の前の三人が不思議な事を言いながらヒタヒタと自分に近づいているのを見ているコーサスは、何故か動けないし口も開けない。
「洗脳では<光剣>に浄化される恐れがあるし、お前の意識は残らない。だから、俺からこれをプレゼントしよう」
ミンジュの手には、いつの間にか禍々しい魔力を発している小さな生物が蠢いていた。
動けず、口も開けないコーサスの耳にその手を使づけると、耳から容赦なくその生物は脳に侵入して行った。
動けず、叫べないコーサスは激痛と恐怖に侵されているが、何故か意識だけは手放す事が出来なかったのだ。
「これで大丈夫だ。フフ、コーサスよ、精々暴れまわってくれよ」
この言葉と共に、この場から三人は消える。
残されたコーサス。
完全に体の制御を乗っ取られており、意識だけは明確だが何もする事が出来なかった。
フロキル王国を始めとして、この世界の各国は魔獣の異常発生を即座に認識し、対応に追われる。
その騒動の中、すっかり大人しくなったミンジュとアドバライは、母国であるエクリアナ王国に戻る日を迎えていた。
「これからお互い大変だろうが、また会える日を楽しみにしている」
「俺もだ。カーサス、コーサス、また会おう」
すっかり丸くなったように見えるミンジュを見て、漸く改心したかと内心喜ぶアドバライだった。