コーサス(1)
フロキル王国内部では既に治安が維持されており、騎士の練度向上のためにもテスラムのスライムによる監視は行われていない。
実際にはテスラム自身も<六剣>配下に絶大な信頼を持っているので、自らが警戒する担当箇所を減らす事により他国の情報収集に力を削いでいた。
一方のミンジュ、腐っても神である為に、その力を十全に使って<六剣>達にその存在を感知されないように封印の魔道具をミンジュとして装着済みだ。
この魔道具、魔人達が装着している者とは質が違い魔神が直接作成した物である為、その魔道具を外すだけで瞬時に本来の力を行使する事が出来る優れものだ。
いくら魔神といえ、敵の真っただ中に何の備えも無に向かう程愚かではない。
エクリアナ王国の影であるミンジュを乗っ取った魔神は、如何に<六剣>を葬るかを考えている。
ミンジュの影としての任務は、アドバライを餌にカーサスかコーサス、あわよくば二人をおびき寄せて始末する。
アドバライについてはカーサスかコーサスを始末した後に別途始末するのだが、背中側にのみ傷を負わせ、その亡骸をフロキル王国の目立つ場所に放置することによって、あたかも不意打ちを食らったかのように見せかける。
アドバライとミンジュの訪問は、騎士としてではなく個人としてフロキル王国に来ている訳だが、訪問先で不慮の死…となれば、いくら私人としての訪問だったとしても、エクリアナ王国所属騎士の不審死として大きな動揺を誘える。
フロキル王国の騎士の死も合わさるので、混乱を極めるだろう。
そこに、アントラ帝国やエクリアナ王国を主とした国家が、フロキル王国、キルハ王国、魔国アミストナに攻めるのだ。
その作戦を実行する前段階として、魔神は個体数制限のある魔獣、そして進化した魔族の総数が決定しているシステムを改変して、上限無く魔獣を増やせるようにした。
神と戦闘中にこうしてしまうと魔獣を脅威と感じ取った人族に根絶やしにされかねず、どうやっても一定数の魔獣や進化した魔族が存在すると理解させた方が、無駄な討伐がなされずに戦力を維持できると考えていた。
事実そうなっており過度な魔獣討伐は成されていなかったのだが、ここに来てはそう言った制限は最早必要なくなっているので、その制限を解除した。
当然諸刃の剣であり、人族側に一気に攻められてはダンジョン内部、魔力溜り等から発生する魔獣は、生まれるよりも死亡する数量が早くなり、一気に魔獣側、ひいては魔神側が劣勢になる。
そのリスクを負ってまで解除する必要があると判断したのだ。
今の時点で個体数上限に達していた魔獣は、魔神による制限解除によって更に個体数を増やしていた。
天空の神はこの世界に直接干渉する事が出来ず、何故か地上に移動した魔神の気配、そして当然地上の異常を把握していたのだが、全てを<無剣><六剣>に任せるしかなかったのだ。
この異常は、地上の全ての存在が肌で感じて理解するのに、そう時間はかからなかった。
特に騎士達は常に周囲に対して意識を向けている為、即異変を感じ取っていた。
その中にはこの異常を引き起こしたミンジュ以外にも、アドバライ、カーサス、コーサス、更には魔道具によってその存在を秘匿している魔人の二人も含まれる。
もちろん<六剣>達も即座に異常を感じ取り、既に情報収集に動いていた。
「で、俺の自信をへし折る話はどうなった?アドバライ」
「お前もわかるだろう?それどころではなくなった可能性が高い。先ずは調査だ。本当はエクリアナ王国に直ぐにでも戻りたい所だが、そうするにしてもこの異常が確実な物かを確認してからだ」
何故か急激に増加した魔獣の脅威を感じ取ったフロキル王国の騎士達は、この原因を調査するために動き始めていた。
そこに同行して調査すれば確実性と安全性が確保され、場合によってはコーサスの有能性も証明できると考えたアドバライは、ミンジュと共に調査隊に同行出来るように騎士隊のカーサスとコーサスに連絡をして許可を得たのだ。
今回の調査は街道に沿って行われ、指名されたのは丁度コーサスのる第二隊であり、コーサスとしてもアドバライが助力してくれると言う提案は渡りに船だった。
一人余計なミンジュが付いてくるのはいただけないが、そこは目を瞑る事にしたのだ。
既に門で待機しているミンジュとアドバライの元に、コーサスを含む第二隊所属の騎士数名がやってくる。
「今日は頼むぞ、アドバライ……とミンジュ」
やっぱりいたのか……と言わんばかりの視線をミンジュに向けたコーサス。
「今日は素早く調査し、結果を報告する任務だ。時間は一時間以内を想定している。道中不要な討伐はしない方針だ。上層部によれば恐らく魔獣の絶対数が増えているのだろうとの見解で、その事実を把握できればそれで良い」
「この強烈な気配は、数が原因だったのか。そこまで判断できる上層部、流石だな」
「気配は魔獣以外に感じていない。その程度は誰でもわかるはずだが?」
コーサスの説明に感心するアドバライと、小ばかにするミンジュ。
既に騎士として意識を切り替えたコーサスは、この程度の嫌みには反応しない。
騎士道精神によれば本来の目的を達する事が最も重要であり、それ以外は無駄な存在、今回で言えば雑音に他ならないのだ。
何の反応も示さずに、第二隊と共に門から外に出るコーサス。
「フン、面白くない」
「ミンジュ。お前は何を言いだすんだ。どれだけお前はエライんだ!」
その後を続くアドバライとミンジュ。
平原を進み、森の入り口付近でコーサスは止まる。
「ここに30分後に集合とする。それまで各自周囲の警戒を怠らずに、魔獣の種類、数を調査するように」
常に警戒しているフロキル王国では、この森に存在している魔獣の種類凡その数は当然把握しているので、現状との比較を行って異常の有無を即座に確定しようとしていた。
その程度の調査であるが故に第二隊の数人と言う調査隊を選定していたし、他の地域の調査には<六剣>やテスラムの眷属であるスライムが調査を始めていた。
コーサスとしては少しでも情報の精度を上げたかった為に、実力を知っているアドバライの助力はありがたく感じており、自分の権限でここまで同行して貰っている。
コーサスの指示によって同行していた騎士達は夫々の方向に散りながら、流れるように森の奥に消えていく。
「流石は、練度の高い騎士達だ。俺達はどうすれば良い?」
その姿を見て感嘆しつつも、自分達の動きについて問いかけるアドバライ。
「この周辺の魔獣の知識はないだろう?基本的に、俺の警戒の範囲に入る場所で調査をお願いしたい」
確かに只の一訪問者である他国の人にフロキル王国周辺の森に潜む魔獣の存在がわかる訳もなく、コーサスの指示通りに後ろをついて行くが、互いが見える範囲で広がり始める。
既にアドバライは視界ギリギリの位置にいるが、ミンジュは比較的コーサスの近くにおり、コーサスにだけ聞こえるようにこう呟いた。
「コーサス。お前はカーサス、兄と比較されて悔しくないのか?あれ程の強さを得るには、普通の修行では決して到達できない事位、お前なら理解できているのではないか?強さを渇望している気持ちはよく分かる。俺なら、お前に兄にも劣らない様な力を与えてやる事も出来るのだがな」