ミンジュとコーサス
魔神であるミンジュと何も知らないアドバライがカフェに到着すると、そこにはカーサスとコーサスが既に二人を待っていた。
正確に言えば、カーサスとコーサスはアドバライを待っており、ミンジュは来なくても問題ない、いや、むしろ来ない方が有難かったのだが……
大通りに面したカフェであり、店の中だけではなく外でもゆったり過ごせる構造になっている。
人気店だけあって、朝食の時間は過ぎたある意味中途半端な時間であっても人が途切れる様子はない。
そこに早くから到着して、ついでに朝食も済ませていたカーサスとコーサスとしては、名目上は敵国になっているアントラ帝国所属ではあるが気心の知れたアドバライと楽しい一時を過ごしたかったのだが、そこにお邪魔虫がしっかりとついてきたので少々眉を顰めてしまった。
そこにアドバライから楽し気な表情で挨拶されて、カーサスとコーサスも当人に返事をする。
この会話の中に、ミンジュは入ってきてはいない。
「しばらくぶりだな、二人とも。元気そうで何よりだ」
「アドバライも、変わらないな」
「おかげさんで、俺達は元気だぜ」
円卓のようになっている席に二人が着き、四人が対面する。
取り敢えず飲み物を注文しているのだが、この時点でミンジュは目の前の二人の内の一人、カーサスの力が相当なものであると理解した。
もちろんカーサスは<六剣>配下の一人であり、<光>の属性を持つ<光剣>ナユラの配下。
既に真の力が解放された<六剣>配下である為に、解放前の<六剣>所持者クラスの力を得ているのだ。
普段はその力を隠しているカーサスだが、流石に相当弱体化しているとはいえミンジュをこの至近距離で欺く事は出来ていなかった。
「カーサス、お前は何故それほど強くなっている?見た所、<光>の基礎属性を持っているようだな」
突然放たれたミンジュからの一言で、カーサスとコーサスは訝しげな表情をする。
カーサスとしては隠蔽しているはずの強さ、そして基礎属性の情報を気が付かれずに読み取られた事、コーサスとしては、完全に自分は眼中にないと言う態度をとられた事に、だ。
「……ミンジュ。何故俺に<光>の基礎属性があると思った?」
そもそもこの基礎属性の話は、立場が同じ<六剣>配下しか知らない。
弟であるコーサスにも伝えていないのだから、第三者から得た情報である可能性はない。
結果的に、今この場で自分の力を覗かれた……自分の隠蔽を看破した上で覗かれたと言う確信に繋がったのだ。
カーサスとコーサスの視線に対しても表情を一切変える事の無いミンジュ。
アドバライは突然のミンジュの戦力を分析するかのような質問、そしてその質問を受けて明らかに警戒しているカーサスを、固唾を飲んで見守っていた。
「何となく……さ。どうやら外してはいないようだがね。コーサスはあまり変化がないようだ」
少々弟であるコーサスを煽るような事を口にするミンジュ。
魔神としてではなく、エクリアナ王国の影であるミンジュの記憶も全て手に入れているので、その立場としての発言だ。
魔神としてもミンジュの実施しようとしていた作戦は都合が良かったため、自分自身で勝手に考えて動くよりも、エクリアナ王国のような大国の思惑を後押しする方が良いと考えた。
「お前、相変わらず失礼な奴だな」
煽られたコーサスは、表情一つ変えずに返して見せている。
内心は相当な怒り、屈辱にまみれているのだが、崇高なる騎士道精神を持って平静を装っているのだ。
「そうだぞ、ミンジュ。お前は失礼過ぎる。今回の半ば強制的な訪問も、お前の凝り固まった偏見を正そうとしているんだ。そもそも周囲の人々を見てみろ。どこに戦争の緊張感がある?どこに不幸がある?力による強制がある?誰がどう見ても平和な国家だろうが!」
流石に同行している、いや、本来はミンジュが勝手について来ていると思っているアドバライが声を荒げるのだが、言われたミンジュは涼しげな顔をしてアドバライに反論して見せた。
「アドバライ、お前こそ目が曇っている。そもそも、これ程目に付く場所で異常が有ったらそれこそ国家として最悪の状況だろう?それに、俺は民ではなく、有り得ない力を持っている<六剣>が怪しいと思っているからな。前にも伝えただろう?人外の力を持つ者は、やがてその力に溺れる……とな」
その反論を聞いて、流石に自らが敬愛する人物であるアルフォナを侮辱されたと理解したカーサスとコーサスは少々感情的に反論した。
如何にアルフォナが素晴らしい人物か、如何に騎士達を正しく鍛え上げているかを……。
もちろん他の<六剣>についても、その人柄を含めて素晴らしい人材であると伝えているのだが、ミンジュはその目で見ていない者は信用できないと一蹴してきた。
更に、コーサスにとっては看過しがたい事も言ってきたのだ。
「……それに、コーサス。お前が言う騎士総隊長とやらは、等しくお前達騎士を鍛え上げてくれる崇高な人なのだろう?」
「そうだ。あれほど素晴らしいお方を見た事が無い。実力も一切疑う余地がない」
ここまでは良かったのだが、次のセリフによってコーサスの心に微細ではあるが傷が入ってしまった。
「では、何故お前達兄弟の間にそれほど実力差が生まれている?平等に鍛えられているのだろう?」
心の傷、負の感情を糧にしている魔神にとっては、目の前の男がどのような精神状態であるかを把握するのは呼吸をするのと等しく何の苦もなく実行できる。
コーサス自信の力も他の人族と比較すれば相当ではあるので、そこから流れる負の感情は極上の糧になったミンジュ。
これ以上は悪目立ちするだけだと判断し、丁度仲介に入ったアドバライの発言を良いタイミングだと矛を収めた。
その後表面上は穏やかな時間が流れたのだが、ミンジュは目の前のコーサスからは継続して負の感情が流れ出ている事を見逃すわけがなかった。
「おっと、こんな時間か。俺達はそろそろ隊舎に戻る。それで、ミンジュ。お前は<六剣>をその目で見なくては人柄が判断できないと言っていたな?明日にでも<土剣>アルフォナ様に会ってみるか?」
カーサスによる提案がなされたのだが、流石に<六剣>と直接会ってしまっては魔神の存在を気取られる可能性が高いと判断しているので、それとなく拒否をした。
その後、カーサスとコーサスが帰ったカフェで、アドバライとミンジュは二人で話す、いや、アドバライが一方的に今日のミンジュの態度を攻め立てていた。
「カーサスは確かに相当強くなっているかもしれないが、コーサスの実力もかなりのものであるはずだ。お前は余計な事を言いすぎる!」
アドバライでは二人の本当の強さを認識できていないのだが、長い付き合いから想像で話をしている。
「フン、力なき正義など弱者の戯言であるのがこの世界だろう?あのコーサス、今の俺の足元にも及ばない実力である事は間違いない。俺は親切心から事実を伝えてやっただけだ」
互いに引かない結果、ミンジュは当初の目的である作戦の第一歩を進める事ができた。このアドバライの一言で……
「それほど言うなら、その自信をコーサス自身にへし折って貰おうか!」