フロキル王国にて……
「ようやく着いたか!」
馬車を降りて大きく伸びをするアドバライは体を解すように軽く動かし、ポキポキと彼方此方の骨を鳴らしている。
その後に、普段と変わらないミンジュが悠々と馬車から降りてくる。
「ミンジュ、お前、体は痛くないのか?」
「鍛えているからな。お前は怠けすぎているのではないか?」
騎士としては結構鍛えているアドバライだが、秘匿されている“影”の一員としての過酷な訓練をしているミンジュと比べると相当劣っているのが現実だ。
ミンジュは自らが“影”であると明らかにするわけには行かないが結論だけをアドバライに告げており、その言葉を自分なりに解釈したアドバライは苦笑いをしつつ、肩をすくめるに留めていた。
「先に連絡してあるからな。とりあえず王城方面に向かうか」
既に手なずけている鳥型の魔獣によって、カーサスとコーサスにはフロキル王国に向かう事は連絡済みのアドバライとミンジュ。
予定では騎士の隊舎ではなく翌朝に城下町の洒落たカフェで待ち合わせとなっている為に、今日はある意味自由時間となっている。
二人は、共に互いに気取られないように互いを監視しつつ、あたかもフロキル王国の城下町を楽しんでいるように装っている。
「それでアドバライ、カーサスとコーサスは明朝会うという事で良いんだよな?」
「あぁ、今晩は丁度あそこに見える宿に泊まる。宿泊場所も先行して伝えているが、彼らは騎士として忙しいから訪ねてはこないだろうな」
一見普通の会話に聞こえるが、勝手な行動をするなと牽制しているのだ。
互いに互いを牽制しつつ、結局その日は何事もなく終了して各自宿の部屋に入って就寝する。
◇◇◇◇◇◇◇◇
目の前の神との長きに渡る戦闘、どの程度の時間が経過しただろうか……と思いを馳せている魔神。
あの星……<六剣>が存在する豊かな星に送った眷属達の闘いで、魔神側が極めて不利になった頃から、神と魔神の闘いも大きく動いていた。
掌握している星の力を各神が得ているので魔神が相当不利な状況に陥ってしまった上、奥の手の魔人による作戦も一向に実行された気配がない。
そこまであの星から得られる力は強大だったので、敗色が濃厚と判断して魔神は最後の力を振り絞り、せめて<六剣>達を道連れにしようと画策した。
このままでは確実に目の前の神に滅ぼされるのだから、イチかバチかで勝負に出る事にした。
ある意味禁忌ではあるが、直接<六剣>達を始末しようと考えたのだ。
神や魔神レベルの存在は、この広大な天空でのみ問題なく生存する事が出来る。
とある星に根差す事が出来る地神と言う存在は相当な種類が存在するが、元をたどれば魔神か神それぞれの眷属のみ。
もちろんその星々に根付くような神、地神レベルの存在を根付かせるには相当厳しい条件が必要になるが、その星の中でのみ活動する事の出来る神すら眷属として存在させる事が出来る力を、戦闘中の二人は持っているのだ。
しかし世界の理か、神、魔神本人が長い時間直接それぞれの星に滞在する事は出来ない。
強大な力が星に与える影響を防ぐための世界の自然防御機能なのだろうか、神、魔神であってもその身が朽ちて行く。
このまま戦い続けても何れは敗北して朽ちるのであれば、せめて目の前の神が殊更気に入っている星、相当な力を神に与えているのであろうあの星に赴き、自らの眷属を退けて見せた<六剣>達を始末してやろうと思い至ったのだ。
幸か不幸か今の魔神であれば、神によって相当なダメージを負っている為に力は弱っているので本来の力は出せない状況にあり、世界の理によって受ける影響、強大な力が星を破壊するのを防ぐための自動防御の様な力の影響を最小限にとどめる事が出来るのだ。
逆に相当力を増している神であれば、星に侵入したとたんに朽ち果てる事は間違いなさそうだ。
……こうして魔神の最後の作戦は開始された。
捨て身の攻撃としてその身を分裂させ、自爆させつつ神の視界を奪ったのだ。
力を分け与えた分身である為に、神としても幻影ではなく本体の一部と認識して魔神を始末している。
その隙をついて結果的に世界の理を受けない程度に弱体化した一体が、<六剣>達のいる星に到着する。
もちろん最後の仕事として<六剣>達を破壊しつくす事を目的としているので、彼らの多くが存在しているフロキル王国の近くに辿り着く事が出来ていたのだが、その体は精神体の様な物で、何かに受肉しなければ有効な活動は出来ない。
そこで親和性の高い眷属たる魔人の気配を探るのだが、一向に気配が見つからない。
長きに渡って精神体のままでいられるわけでもないので、取り敢えず近くの負の感情が多い人物に受肉する事にした魔神。
そう、偶然にもコテール王国の“影”であるミンジュに受肉したのだ。
ミンジュは同僚の騎士であるアドバライと共にフロキル王国を訪れており、“影”としての任務は、アドバライを囮としてフロキル王国の騎士であるカーサスとコーサスから情報を抜き、不可能であれば始末する事で混乱を起こそうとしていた。
それだけの悪意があるのだから、負の感情としてはフロキル王国全土を探してもこれ以上の物は無かったのだ。
思った以上に上質な肉体、そして負の感情を持っている人材に受肉する事が出来た魔神は、その力を存分に追加ってフロキル王国を始め、<六剣>達を破壊する事を改めて決意する。
“影”として相当な情報を持っていたミンジュに受肉したおかげで、その情報すら手に入れる事が出来た魔神。
いくら精神的にも鍛えられているミンジュとは言え、魔神に抗う事すらできなかったのだ。
「素晴らしい。やはり私が最終的には勝利するのだ。フハハハ」
外見はミンジュ、そして中身は魔神の新生ミンジュは高らかに笑う。
この星を直接蹂躙できれば、その負の感情によってふたたび強固な力を得る事が出来るかもしれない上に、その勢いで目障りな神すらも滅ぼせる可能性もあるからだ。
「あの神め、精々手が出せない事を悔しがっているが良い」
魔神のように、弱体化しない限りこの世界には来る事が出来ない。
この世界を蹂躙する事によって神の力は弱体化し自らの力は増加するので、自らも世界の理によってこの世界に居られなくなる可能性はあるが、その時は緊急離脱する予定だ。
魔神の力を増加させる負の感情は何も人族だけからではなく、神からの感情でも問題ないので、神が一切助ける事ができない状態で蹂躙されている星の状態を見せつければ、力関係は一気に逆転すると確信している。
「フフ、ヤケクソの作戦だったが、大逆転の一手だったようだな」
この言葉と共に、新生ミンジュは宿から音もなく姿を消した。
ミンジュの記憶から翌朝に城下町のカフェでフロキル王国の騎士第一隊所属のカーサスと、第二隊所属のコーサスと会う事になっているのは知っている。
フロキル王国に混乱をもたらすと言う作戦は魔神としても大賛成だが、もう少し二人の情報が必要だと思い、既に夜も遅いのだが活動する事にした。
結果、第二隊に所属のコーサスは第一隊に所属する事を渇望していると言う当たり前の情報程度しか得る事が出来なかった。
「この時間ではこの程度か。だが、第一隊所属を希望するという事は、力に飢えているという事だな。そこに隙があるはずだ。フフフ、必死で修練していたしな……」