ジーダフと、エクリアナ王国・コテール
何時まで経っても定時連絡がこない事を訝しんだジーダフ。
身の危険には過剰に反応するようになっており、即座に逃走していた。
自分の判断が間違っていたならば、後日ンムリドに謝罪すれば良いのだと割り切っていたのだ。
逃亡先は海の町、アクロス。
カプライ共和国の東に位置する町で、今回の関連国家、フロキル王国、リスド王国、魔国アミストナとは距離が離れている国家だ。
残り一人の魔人であるマドレナスの目的地でもあり、同格の魔人と共に行動する方が今後の安全が確保できると言う思惑もあった。
奇しくもこの町アクロスはスライムによる調査を終えた町である為、スライムは存在しているが、テスラムによる監視は行われていない。
ジーダフ達にとってはこの時は幸運だったのだが、<六剣>達の方針はスライムの調査を終えた場所に<六剣>達が直接再度調査に赴く事になっていた。
町に到着して宿に落ち着くジーダフ。
マドレナスの凡その到着日も把握しており、数日のうちにこの町に到着するのは間違いない。
マドレナスが護衛をしているのは大きな商隊であったため、到着すれば町が活気づく事は間違いなく、余計な術を行使せずともその姿を見つける事が出来ると考えていた。
これ以上何か力を使って、<六剣>達に存在を気取られるわけには行かないのだ。
ジーダフの予想通り、数日後に町がにわかに活気づいていた。
商隊の先陣が町に到着したようなのだ。
慌てずに周囲に気を遣いながらも自然な様子で町に出て、門に向かうジーダフ。
長い列を見ていると、その中に護衛の冒険者として付き従っているマドレナスを見つけた。
マドレナスもジーダフに気が付いたようだが、何故この場にいるのかを理解できていないながらも何か予想できない事態が起こっているのだろうと言う事は把握したようで、視線でとある店を指定していた。
ジーダフはその店に入り、なるべく目立たない場所に腰を落ち着ける。
軽く飲み物を注文して飲んでいると、目の前にマドレナスが座る。
この店はとてもきれいな店であり、高級感が漂っている事が売りなのか視界の範囲ではスライムは確認できていない。
しかし二人は小声で話す。
「ンムリドから何も連絡がない。最悪は奴らの手にかかったかもしれない」
「あのンムリドが?あれ程慎重な男が……私には信じられないが。しかし最悪の状況を想定して行動するべきだ。この場所も……まずいかもしれないな。スライムは何とかなるが……<六剣>の気配察知能力は抜けられていない可能性もある」
二人の魔人が必死で打開策を練っている頃……
各同盟国にはアントラ帝国の方針、開戦は現時点では見送ると言う判断を尊重するように指示を出した後に、自国エクリアナ王国に戻っていた国王コテール。
アントラ帝国の皇帝カリムに開戦の要求をしに行った際、ヘイロンとスミカ、そしてその二人が連れて来たアントラ帝国暗部元総隊長のマーシュの訪問によって<六剣>の力を目の当たりにしてすっかり当初の開戦を熱望する意思は萎えていた。
「あれほどとは……」
「確かに相当でした。ですがやり用はあります」
諦めかけていた国王コテールに何やら戦略があると告げる、近衛騎士隊長のカレイジャ。
国王と同じく、攻撃においては最強と言われている<炎>の基礎属性を持つ魔剣士だ。
「……聞かせてみろ」
「直接<六剣>との戦闘を行うことが危険なのは私にもわかりました。ですから、内から切り崩していけば良いのです。手始めにフロキル王国の内部、騎士が乱れれば大きな隙が生じる事は間違いないでしょう。その時に一斉に攻め込むのです」
可能か不可能かは除外すれば、案としては一般的な案ではある。
「それが出来れば苦労はないだろう?フロキルとリスド、この二か国の騎士の練度は高い。その要因、お前も知っているだろうが<土剣>アルフォナだ。あの無駄に気合の入った忌々しい騎士に影響されているのだ」
「それも承知しております。そして、そのアルフォナが騎士をとても大切にしているという事も……そこで騎士が乱れれば、<土剣>は連合軍との戦闘時には戦力にはならないでしょう」
「……詳しく話せ」
正面から行っても確実に負けると理解している二人は裏から搦手で攻める事にして、その作戦には密かに育て上げていた戦力である“影”を投入する事にした。
この部隊、元はと言えば同盟国ではあるがアントラ帝国の暗部に対抗するために結成された者達であり、その存在は厳に秘匿されている。
その秘蔵の戦力を使って、フロキル王国に対して仕掛ける事にしたのだ。
魔神の眷属である魔人、その意図とは全く異なる所で事態は勝手に大きく動き始めている。
フロキル王国を始めとした同盟国である三国に対してアントラ帝国から宣戦布告させて、その大混乱時に生じる大陸中の負の感情を得ようと思っていた魔人三人、いや、今は二人になっているが、最早彼らにそのような意図はない。
しかし彼らの思惑から外れて、人族が独自の思考で動き始めてしまったのだ。
この大きな動きは誰にも止められない。
実際にアントラ帝国はフロキル王国とリスド王国、そして魔国アミストナに宣戦布告をしているのだが、アントラ帝国とその同盟国は今の所動いていない。
布告された側の三国にも動きがないのだから、大きな戦力差が明らかになっているこの場で動くのは愚策であると言える。
だが、フロキル王国側が圧倒的な戦力がある事、争いを好んでいない事から、基本的にはアントラ帝国側に積極的に攻め込むつもりは無いのだが、その思惑はアントラ帝国側、もちろんエクリアナ王国のコテールも知らないので、可能であれば攻め込まれる前に先制攻撃を仕掛けたかったのだ。
「勝算はあるのだな、カレイジャ」
「ございます」
全ての説明を聞いたコテールからの問いに、自信満々に答えるカレイジャ。
コテール国王や近衛騎士隊長のカレイジャとしても、座して死を待つよりも戦って死ぬ方が良いと考えていた。
その考えをへし折られる程の戦力差を感じてしまっていたのだが、ここに来て戦う意志が再び沸き上がってきたようだ。
「良し、わかった。それで行くぞ。情報漏洩の可能性があるからな、各国には俺から連絡しておこう」
「よろしくお願いいたします。では、早速動き始めます」