魔人ンムリド
<六剣>達の思惑にまんまと嵌り、ダンジョン内部でミルキャスに難なく捕縛されてしまったンムリド。
そのダンジョンの出口には、ミルキャス、ヘイロン、スミカ、そして足のついでに意識もないンムリドがいた。
「こいつが魔神の眷属である魔人か。大した事ねーな。こいつは……ンムリドだったか?まさかこいつがジーダフ伯爵ってわけじゃねーだろ?」
「ヘイロンさん、この人をギルドに連れて行けば分かるんじゃないですか?」
「いいえ、スミカ殿。その必要はありません。ギルドで確認していますが、このダンジョンに入れるのはンムリド本人。決してジーダフと言う名前ではありません。ンムリドとジーダフが同一人物であれば別ですが……ギルドの受付がジーダフ伯爵と言う存在を知らない訳がありません。変装している訳でもないので、この男はンムリド、そしてジーダフは別に存在します」
ぐりぐりとンムリドの顔を踏みつけながら話すミルキャス。
一応彼女としては、変装していない事を証明しているつもりではあった。
結局のところ、こんな大怪我をしているンムリドをギルドに連れて行く事には抵抗があると判断したヘイロンとスミカは、そのままンムリドをミルキャスから引き取りフロキル王国に向かってしまった。
最後の二人の話によれば、やはり本人が言っていた通りにこのンムリドは魔神関連の者、つまりは魔神の眷属である魔人で間違いなさそうだと言う事だった。
何やらミルキャスには感じ取る事ができない微妙な違和感を、ンムリドから感じ取っているようだったのだ。
『アルフォナ殿、今聞かれた通りに、お二人が魔人と共にそちらに向かっております』
『本当によくやったぞ、ミルキャス。暫くはその場所で依頼をこなしていてくれ。最早お前の依頼に頼り切っている状態だからな。っと、帰ってきたようだ。また事情が分かれば連絡しよう』
この会話の最中にヘイロンとスミカは既にフロキル王国に到着したようだ。
「あのお二方、周囲の影響を考えたのでしょうか?」
あまりにも到着が早いので当然の事を呟くミルキャスだが、ヘイロンとスミカの二人もバカではない。
超高速移動で周囲に影響を与えないようにする技術を日々磨いているのだ。
まだまだ未熟である為に少々影響を与えてしまっているのは事実だが、取り敢えず最大の懸案である魔人をどうにかする方を優先したのだ。
「帰ったぜ。フフフ、どうだ。今回の俺様の作戦は!恐れ入ったか!!」
得意満面でンムリドを闘技場の上に放り出すヘイロン。
<六剣>と<無剣>ロイド、そして一部の配下の騎士がその闘技場を囲う様に位置しており、未だ意識の無いンムリドだが、たとえ意識が戻ったとしても最早逃げる事は不可能だ。
因みに足の怪我については、出血だけはスミカによって抑えられている。
「ヘイロン、思った以上の成果だな。長年冒険者として活動していたのは伊達じゃないってことだ」
「ハハハハ、もっと褒めてくれよ、ロイド。皆も遠慮せずに誉めてくれて良いんだぜ!」
あまりにも嵌りすぎた作戦に、かなり上機嫌のヘイロン。
「いや、ヘイロン殿。むしろそこのゴミが相当バカだとも言えなくもないのではないか?」
正に冷や水を浴びせたのが、<土剣>アルフォナだ。
「確かにそうですな。あまりにも浅はか。まぁ、ヘイロン殿の作戦も見事ではありましたが、やはりそのゴミがバカである事も否定できませんな」
更には<風剣>テスラムも追随したので、肩をすくめるヘイロンだ。
「ですが、何時までもこのままでは進展しません。とりあえず起こしましょうか?」
「ああ、頼むナユラ」
<光剣>ナユラの浄化は、気絶と言う異常状態すら浄化できるので、意識を取り戻させる事は簡単だ。
「おいおい、そんなにサービスしなくても良いんじゃねーか?起こすんなら俺が起こしてやるぜ?」
「無理。焼け死ぬ」
何も苦痛を与えずに意識を戻す事に不満があったヘイロンは自分の力で起こすと伝えたのだが、<闇剣>ヨナによって完全否定されてしまった。
「お姉ちゃんと一緒です」
そこに、いつもの通りに<水剣>スミカが同意したので、<光剣>ナユラの力で意識を戻されるンムリド。
この間、<六剣>配下の騎士達は誰も口を挟まずに、微塵も動いていない。
しかし視線は常にンムリドに向けられており、誰一人として<六剣>と<無剣>がいるからと油断をしている者はいなかった。
「お前は、いや、お前達は<六剣>なんだな。クッ。もう駄目なんだな」
<六剣>縁者に手も足も出なかったンムリドは、自分の置かれた状況を瞬時に把握し全てを諦めた。
……のだが、それを許さない熱い人物がこの場にいるのだ。
「貴様、何をふざけた事を言っている!騎士道精神とは、決して折れない心だ。己を信じ、いかなる状況においても常に活路を見出す。それこそ騎士道精神の本懐だ!!しかるに貴様のその態度はなんだ!その腑抜けた根性。この私<土剣>アルフォナが徹底的に鍛え直してやる」
そう言いながら青筋をこめかみに浮かべて、あろうことか<土剣>本体を顕現させて闘技場に上った。
周囲の騎士達もアルフォナの言葉に対して、何故か深く深~く頷いていたりする。
柄にある宝玉の<土剣>を示す茶色の部分が光り輝き、その刃は見る者全てを吸い込むような美しさだ。
しかしンムリドにとってその<土剣>は、死神が持っている非常に鋭利な刃にしか見えない。
そもそもアルフォナが何を言っているのか理解できないので、混乱の極致にいた。
必死で理解しようとしても理解できずに、目の前の話が通じそうにない女に命乞いをするにはどうすれば良いかを必死で考えた結果……
「ま、ま、魔人は三人なんだな。ジーダフとマドレナスと僕なんだな。ジーダフは隠れ家にいるんだな。マドレナスは、商人の護衛に行っているんだな」
ペラペラと情報を全て垂れ流し始めたのだ。
恐らくこの対応をしたのがアルフォナ以外であれば、ここまでンムリドは素直に情報を吐かなかっただろう。
例え拷問を受けたとしても耐えられる自信があったのだが、始めて経験する意思の疎通ができない化け物並みの力を持つ者を目の前にして、そんな意思は吹っ飛んでいたのだ。
その姿を見て更に怒り心頭のアルフォナ。
味方を売る行為は、正に騎士道精神に真っ向から反するものだったからだ。
だが、ロイド一行にとっては有益な情報である為、テスラムがアルフォナを即抑えにかかる。
『アルフォナ殿、お怒り御尤も。しかしこやつは今、我らが最も欲する情報を垂れ流している所。ユリナス様の安全のためにも、この情報は非常に重要。暫し堪えて下さい』
さりげなくユリナスの名前を出す所が熟練の技である。
その技に嵌ったアルフォナは怒りの表情でンムリドを睨みつけているが、手は出さない。
その結果ンムリドは、更なる恐怖によって自ら全ての情報を吐き出すのだった。
全ての情報を吐き出したンムリドが黙り込むと、これ以上は何も情報を持っていないと判断されて、敢え無くアルフォナの容赦ない攻撃によってその命を散らしていた……