ミルキャスへの指令
ミルキャスがアントラ帝国に到着する数日前……
フロキル王国では、いつも通りにアルフォナから朝のありがたい騎士道精神の話が終わった後、未だ日も登らない内から各自が鍛錬を開始していた。
どのような状況にも対処できるようにする為であり、日によっては徹夜や、雨、霧、あらゆる条件下で訓練している。
アルフォナによれば、騎士道精神を持ってすればどのような環境でもその力を遺憾なく発揮出来るはず……らしい。
今は朝と言うにはかなり早く、気温も相当低い中での鍛錬だ。
その鍛錬が開始される前に、アントラ帝国最強と言われ各国から恐怖の対象と恐れられている暗部の元総隊長であり、現<闇剣>配下のミルキャスが、アルフォナから声を掛けられていた。
立場的には騎士の一人として認識されているが、実際は暗部の経験と<闇剣>配下の特性から、継続して暗部の様な業務に就く事になっていた。
第三者が見れば、正直この場の正当な騎士達も暗部と言っても差し支えないのだが……
「ミルキャス、今日の鍛錬が終わったら私の所に来てくれ」
「わかりました、アルフォナ殿」
そして数時間後、漸く日が昇った頃に朝の鍛錬は終了して各自が任務や休息、それぞれの行動を取る中で、ミルキャスはアルフォナの部屋に来ていた。
「ミルキャスです。失礼します」
「すまないな、座ってくれ」
アルフォナは、ミルキャスが反応できない速度でお茶を準備してくれていた。
「ミルキャスに初の指令が出た。テスラム殿からだ。実はヘイロン殿とスミカ殿が最初に魔神関連と思われる違和感を覚えたのがアントラ帝国入国時だとは知っているな?」
既に聞き及んでいる内容なので、ミルキャスは首肯する。
「今も情報取集でアントラ帝国に二人はいるのだが、常に微妙な違和感を覚えているそうだ。だが何の情報も得られていない。つまり、あの二人を警戒してその姿を隠している可能性が高い。その違和感の出所は、魔神の眷属であるジーダフ伯爵かもしれないのだ」
「わかりました。ヘイロン殿とスミカ殿二人は敢えて出国し、残った私が情報収集。いえ、場合によってはその人物を始末すれば良いのですか?」
解放前の<六剣>の力と同等の戦力を有している配下の者達。
フロキル王国とリスド王国の二か国に所在は分かれてはいるが、アルフォナはなるべく均等に各自を鍛えていた。
今の<六剣>であればこの二か国の移動は瞬時に行えるので、それほど負担になっていなかった事も有る。
時折テスラムによる教育的指導が各人に入っている事もあって、<六剣>配下の力は場合によっては解放前の<六剣>所持者の力よりも強大になっているかもしれないほどだ。
そのうちの一人であるミルキャスに任務を伝えているアルフォナ。
「元とは言えミルキャスが仕えた祖国での任務だ。それにあの皇帝はいまだ健在。思う所は有るだろうが、隠密に長けたミルキャスにうってつけの任務だ。可能であれば捕縛、不可能であれば始末してくれ。頼めるか?」
「もちろんです。私の存在は<無剣><六剣>のためにあります!」
「頼もしいぞ。だが、ユリナス様、そして仲間の配下もそこに加えてくれ」
「そうでした。私としたことが……失礼しました」
微笑みながら任務を受諾するミルキャス。
その表情、態度から気負いがない事を確認したアルフォナは、安心してミルキャスをヘイロンとスミカの元に送り出す事が出来ていた。
『ヘイロン殿、スミカ殿。ミルキャスを明日そちらに向かわせる。我らと違い瞬間とはいかないが数時間で到着できるだろう』
『悪りーなアルフォナ。ミルキャスも突然アルフォナを通して話を振って悪かったな』
ヘイロンとしてはアルフォナが口に出していた通り、祖国であり良い思い出の無いアントラ帝国での任務をミルキャスに任せて良いものか葛藤しており、あえてスライムを通した連絡の際に<六剣><無剣>にだけ連絡していたのだ。
ヘイロンがそんな気遣いが出来る優しい男である事は、既にミルキャスを始めとした<六剣>配下の全ての人材が知っていた。
『ヘイロン殿、ご配慮感謝します。ですが、私はあの時、あの戦いの時に祖国はこのフロキル王国になったのです。何の憂いもありません』
『そうか。そう言ってくれると助かるぜ』
『応援しています、ミルキャスさん。でも、油断だけはしないでくださいね』
『スミカ殿もありがとうございます。騎士道精神に誓って、油断は一切致しませんのでご安心ください』
こうして翌日には、宣言通り数時間で到着していたミルキャスをアントラ帝国の受付に紹介し、今迄自分達が請け負っていた高難易度の鉱石採取を引き継がせた後に、あえて目立つようにヘイロンとスミカは出国していた。
当然自分達が既にいなくなって、残りはミルキャスだけであると知らせるため。
ある意味囮と言えなくもないが二人共にミルキャスを信じているので、囮としたのではなく、任務を任せたと言う確たる意思で出国したのだ。
その撒餌に、まんまとンムリドは食いついてしまう。
少しだけ能力を開放して高難易度の依頼を連続して達成する事により、短期間で高レベルのダンジョンへの単独侵入許可をもぎ取った。
ダンジョン侵入の際にギルドカードで入場可否が魔道具によって自動判定されるのだが、入退場を管理している訳ではなく、あくまで安全のために実力以上のダンジョンに無暗に入らないようにしている処理である為足が付く事は無いと知っているンムリドは、暫く休息をとると受付に伝えて、ミルキャスが依頼を常に受けているダンジョンに潜って待機していた。
ギルドのこの処置は、入退場の管理をしてしまうと、入場に対して退場が極端に少なくなる事は目に見えているので管理しきれないからだ。
正に冒険者の自己責任と言う基本原則に則った処置とも言える。
数日のうちにダンジョンの構造を理解したンムリド。
基本的に高レベルダンジョンである為、周囲にはスライムが存在しない事も確認できている。
最弱の魔獣であるスライムは、このダンジョン内部では生存できないのだ。
ンムリドは、35階層の虹色に輝いている鉱石がある場所で待機している。
鉱石を採取しているように見せかけながら、ミルキャスが到着するのを待っているのだ。
「先客がいるとは……」
ンムリドの予定通り、ミルキャスが現れた。
「あなたはミルキャスさんですね?<六剣>の二人からこのダンジョンの依頼を引き継いだと有名になっていますよ。私も、漸くここに単独で潜れる許可を取ったところで、こうして依頼を受けているのです」
相変わらず話し方を変えてさわやかな笑顔をしているンムリド。
内心反吐を吐いているのだが、おくびにも出さない。
「そうですか。その依頼、私にしか出ていないと聞いているのですが……」
思わぬ落とし穴に嵌ったンムリド。
冒険者として依頼の横取りは、罰せられても文句は言えない。
高レベルの依頼であればある程罰は厳しくなっているので、最悪は冒険者としての資格を剥奪される可能性も有り得る。
資格の剥奪がなされてしまうと今後の活動に支障がある可能性があるので、急遽作戦を変更する事にしたのだ。
そう、裏切りではなく、直接その手でミルキャスを始末する方向に変更した。