エクリアナ王国、コテール
アントラ帝国の皇居の中でも最も厳重な警備がなされているはずの、皇帝が存在している場所。
そこに、まるで友人の家に遊びに行くような感覚で侵入してきたヘイロンとスミカ、そして引きずられてきたであろう元暗部総隊長のマーシュ。
このマーシュ一族は、歴代誰一人としてその任務を失敗した事が無い。
実はマーシュの妻でありミルキャスの母については任務達成の為の生贄になっていたりするのだが、それは別の話だ。
アントラ帝国を強国と認識させているのは、この暗部の存在に他ならない。
国家間の闘争において大軍で攻めるのは簡単だが、その隙に僅かな時間で少数精鋭によって国家中枢を破壊できるほどの実力を持つ暗部の存在。
この暗部は全ての国家に恐れられており、当然エクリアナ王国もその内の一つだ。
しかし国王のコテールはアントラ帝国皇帝カリムとは旧知の中で、暗部の力を借りた時もあり、その際に信頼の証として総隊長の素顔と実力の一端を見ているのだ。
もちろん同盟国であるエクリアナ王国も、この暗部に対抗すべく密かに戦力は育ててはいるが・・・
そんな男、暗部最強の男が、美人ながらも童顔の小柄な女性に無造作に掴まれているのだから、いかに百戦錬磨のコテールとは言え安易には動けない。
「スミカ、そいつはもういらねーから渡してやれ」
「はい、ヘイロンさん。負担では無かったですけれど、やっぱり邪魔でしたからね。これですっきりしますね」
無造作に放り投げられるマーシュ。
大の男、それも鍛え抜かれた元暗部総隊長を、小柄な女性が軽々とコテールの方に放り投げたのだ。
何とか倒れずにマーシュを受け止めるコテールだが、全力を使って漸く倒れないようにするのが精一杯だった。
その衝撃で、腕の中にいるマーシュは苦痛の声を上げている。
「貴様ら……<水剣>スミカと<炎剣>ヘイロンだな。何用だ!」
「おいおい、つれねーな。そこまで知ってて俺達がここに来た理由、分からねーわけねーだろ?俺達は親切心からここまで来てやったんだよ!」
少しずつ熱くなるヘイロン。
その力に圧倒されて冷や汗をかいているコテールとカリムだが、そんな中、小柄な女性のスミカがこの圧力を一切気にしていないかのように涼し気な表情で口を開いた。
「ヘイロンさん、説明とか交渉がド下手なんですから、私に任せて下さいよ!」
「……お前……任せた」
何故か少し凹み気味のヘイロンを気にもせず、スミカは嬉々として皇帝と国王と言う二人の存在に説明を始めたのだ。
天然か狙ったのかは知らないが、確実な煽りと共に。
「少し頭が残念なお二方に私から説明しますね。先ずはカリムさんでしたっけ?あなたが差し向けた暗殺任務、お分かりかと思いますが失敗していますよ。それと、ミルキャスさんを連れ戻す任務も失敗ですね」
「何?ミルキャスだと?確か……このマーシュをも超える今代の暗部総隊長と聞いたが……」
手の中に抱えているマーシュを見ながら驚いているコテール国王。
「あなたは煩いですね。今は私が話しているのですよ?……カリムさん、そんな子供の様な力しかない男に依頼する時点でお里が知れますね。それと、コテールさんですよね?貴方は余程闘いが好きな様なので、ここで私が相手をしてあげても良いのですよ?」
その視線を受けて、思わず手の中のマーシュを落として無意識に抜剣してしまうコテール。
「フフフ、その気になって頂けましたか。私も手加減を覚えてからの初めての実戦です。少しばかり失敗しても貴方が相手であれば罪悪感も湧きそうにないですし、丁度良いですね。ヘイロンさんもそれで良いですか?」
「は~、良いわけねーだろ、スミカ。お前は……お菓子を減らしてから無駄に好戦的になってるじゃねーかよ。ホレ!」
ヘイロンが投げた包の中身は甘いお菓子。
<六剣>の力を無駄に使って既に中身を把握しているスミカは、嬉しそうにその包を受け取って中のお菓子をリスのように食べ始める。
抜剣した屈強な男のコテールを目の前にして、まるで眼中にないとばかりに嬉しそうに食べ始めたのだ。
「ハムハム……う~ん、やっぱりこのお菓子は美味しいです!わかっていますよね、流石はヘイロンさん」
「ありがとよ。全く、お前の交渉も大したことねーな。んで、お二人さん。特にそこで無駄に剣を見せびらかしてるお前。フロキル王国、リスド王国、魔国アミストナに早く仕掛けてーんだって?そんな事をしてみろ。この俺<炎剣>ヘイロンがお前のちんけな国中を滅ぼしてやるからな。今日はその忠告に来たんだよ。良いか、これは脅しじゃねー、忠告だ。良く肝に銘じておくんだな。ホラ、スミカ。もう行くぞ」
ピクリとも動かない、いや、動けない皇帝、国王、宰相、そしてついでにマーシュを前に、無防備に振り返ってスミカと出口に向かって歩き出すヘイロン。
「そうそう、そのゴミお前らに返すぜ。邪魔で仕方が無かったからな。じゃあな」
言いたいだけ言うと、二人の姿が一瞬で消えた。
静寂が訪れる謁見の間。
ただ聞こえるのは、マーシュの呻き声だけだ。
暫くして、漸く剣を床に差しながらその身を支える事で倒れる事を防いだコテール国王。
彼の眼は、怯えや恐怖ではなく屈辱による怒りの炎が宿っていた。
「カリム。確かに<六剣>は強大だ。本物だと認めよう。お前が及び腰になるのは理解した。だが……」
「待てコテール。あの二人がこのタイミングで来た事、お前が戦闘を渇望していた事……つまり、この部屋にも<風剣>テスラムのスライムによって情報を抜かれている可能性が高い」
落ち着きを取り戻した皇帝カリム。
以前ジーダフ伯爵から聞いていたスライムについても思い出し、現実的に今までの情報は完全に<六剣>に漏れていたと判断した。
「こっちだ」
この行動自体が<六剣>に反目すると宣言しているに他ならないが、明らかに魔除けの術がかかっている私室に入っていく。
「確かにお前の言う通り、<六剣>の力は凄まじかったのは認めよう。だが俺はエクリアナ王国のコテール。このまま引き下がるわけには行かん」
「だがどうする?直接戦闘では手も足も出ない事位は理解しただろう?」
押し黙る二人。
アントラ帝国としては最大の戦力である元暗部総隊長すら手も足も出なかった事から、すっかり牙は抜け落ちていた。
「仕方がない。あいつらも常に行動を共にしているわけではないだろう。個人に国家戦力を向かわせる他ないだろうな。だが、スライムによる情報収取を避けて撃破……」
「コテール。それが出来れば既に実行している。そもそも暗部総隊長であったマーシュでさえあの様だ。あいつらに悟られずに行動するのは不可能だと思った方が良いだろう」
最早破れかぶれになってきたコテール。
その身を犠牲にしてでも新たな力を手に入れて、<六剣>を始末しようとすら思い始めていた。
「クソ。こうなったら悪魔に魂を売ってでも力を得る他ないのか!」
「いやコテール落ち着け。その悪魔すらあいつらの味方になっているだろうが。魔国アミストナの国王、そして<風剣>テスラムは悪魔だぞ」
こうして無駄な時間は過ぎて行く。