決着
確実に猛毒の影響を受けているはずのミルキャス。
そのミルキャスが普段通りと言わんばかりに平然と自分に近づいているのだから、マーシュは余裕が無くなっていた。
「……お前、何故歩ける?」
と、思わず理由を問いかけてしまったのだが、その問いに対してのミルキャスの返事は……
「騎士道精神!お前程度では分からないでしょうね」
恐らくマーシュ以外でも、アルフォナに関する人物以外は誰も理解できない内容で返されてしまったのだ。
この時点で、ミルキャスと言うアルフォナ狂信者が確実に一人増えた……
そんな事はさておき、伊達に長きに渡り暗部総隊長として活動していないマーシュ。
その経験から、目の前の存在が自分の知っている娘とは全く異なる事を理解し、同時に決して勝てないと判断した。
しかしこのまま負けを認めると父親としてのプライド、そして今後の生活にも大きく影響が出てしまう。
そう、マーシュのフロキル王国でのこれからの生活が懸かっているので、交渉に持ち込む事にした。
「待て!わかったミルキャス。お前の騎士道精神が素晴らしいという事は理解した。この私を超えた事も認めよう。そこで相談だ。私もその騎士道精神を学ぶべく、このフロキル王国で心身共に鍛えたいと思う。どうだ?家族でこの王国に仕えると言うのも悪くないだろう?」
勝てないながらも、少々強気な姿勢は維持しつつ交渉するマーシュ。
初めて父に認められた娘であれば心底喜んで受け入れてくれるだろうと言う思いと、自分が優位な立場にいるのだと分からせたいと言う思いによって、このような物言いになっていた。
「お前の言う騎士道精神とは何ですか?」
突然ミルキャスからこのような事を問われたマーシュ。
騎士道精神が何なのかは当然理解していないが、森の外から大声で叫んでいた声を思い出す。
と言っても、その時は煩い喚き声としか認識していなかったので、思い出せたのは一つだけだ。
「……それは、自分と仲間を信じる心……だ」
確かに最後の方にこう聞こえていたので、間違いないだろうと言う自信があった。
「フフフ、やはりダメですね。お前の仲間とは?どこにいるのですか?どこにもいない仲間をどう信じるのですかね?」
何故間違いなのかは分からないが、ミルキャスから殺気が漏れ始めているので慌てて釈明するマーシュ。
「い、いや。お前が……娘であるミルキャス、お前がいるだろう。家族を信じる事に何の不思議もないじゃないか?」
散々良いように痛めつけ、心を壊し、最終的には暗部総隊長と言う立場を抜けたいがために娘を生贄に差し出すかのような行動を取ったマーシュだが、一応彼としては本心で言っている。
「バカバカしくて、話になりませんね。私の目の前にいるのは赤の他人。家族などとは片腹痛い。これ以上声を聞くのも不快です」
マーシュはこれ以上の交渉は無理だと判断し、ミルキャスの背後にある最後の罠を起動しようとしたのだが……なぜかそこで意識が途絶えたのだ。
その直後、森の外から大声が響く。
ミルキャスを信じてはいるが、心配で仕方がなかったアルフォナとジルのものだ。
「ミルキャス!良くやったぞ。私はお前を信じていた。流石は私が見込んだ人材だ。素晴らしい騎士道精神を持っているではないか!」
「ミルキャス!頑張りましたね!!信じていましたよ!!!」
その声の元に、軽く一撃で意識を刈り取っていたマーシュを片手で雑に持ちつつも全力で向かうミルキャス。
あっという間に森を抜けると、そこには嬉しそうな顔でミルキャスを見ているアルフォナとジルがいた。
「アルフォナ殿!ジル殿!!」
どうでも良いゴミを放り投げると、二人の元に飛び込むミルキャス。
「良くやった。お前は自分自身を信じで、がんじがらめにされていた鎖を自らの力で完全に断ち切ったのだ。もうお前を縛るものは何もない!騎士道精神を持って自分を開放する事が出来たのだ。素晴らしいぞ、ミルキャス!」
まるで独り立ちした娘を褒めるかのように、優しく告げつつ頭を撫でるアルフォナ。
第三者からすればアルフォナが言っている内容は今一つ良く分からないのだが、この場にいる三人は全て理解しているようで、ジルも嬉しそうにミルキャスの手を優しく握ってニコニコしている。
この勝利、そして父親の呪縛を自ら断ち切った事は、もちろん<六剣>達に瞬間に伝わる。
すると、スライムを通して一気にミルキャスを労う言葉が投げられてきたのだ。
『ミルキャス、スゲーじゃねーかよ。次に会う時は何か美味いモンでも奢ってやるよ』
『おめでとうございます、ミルキャスさん。その時は私も一緒に食べますね。フフフ、ご馳走様ですヘイロンさん』
『流石。<闇剣>として誇らしい』
『フフフ、修行のしがいがありそうですな』
『名実ともに<六剣>配下となりましたね。おめでとうございます』
これは他の<六剣>達からの言葉だ。
一部不穏な言葉や訳の分からない言葉も紛れているが、これが<六剣>達の通常だ。
その他にもロイド、ユリナス、リアナ、キュロス国王や、遠く離れたリスド王国のキルハ国王、二国に配置されている同僚で<六剣>配下の者達からも次々と暖かい言葉が投げられているのだ。
「アレ?」
その言葉に、何故か涙が抑えきれないミルキャス。
再びアルフォナが優しくミルキャスを包み込む。
仕えたくない人材に良いように使われ、自らを決して認めて貰えない辛さを良く分かっているのだ。
そこから自分の力で解放されたミルキャスは、この涙と共に過去を洗い流し生まれ変われると確信していた。
漸く落ち着いたミルキャスと会話しているアルフォナとジル。
「ミルキャス。アレを攻撃するときの力加減、どの程度だった?」
「そうですね……一割未満と言った所でしょうか?」
「私にもそのように感じましたね。恐らく正しいと思いますが、何故ですか?アルフォナ様」
実はアルフォナ、ミルキャスを始めとした<六剣>配下の者達の真の実力を測りかねていた。
実践を通した感触を当人に聞く事によって、どの程度の力を持つのかを把握しようとしていたのだ。
そんな話をした後、アルフォナは<六剣>と<無剣>ロイドのみに私見を告げると、最も信頼のおけるテスラムからも同意を得る事が出来たのだ。
『戦闘を見て、更には当人から感触を聞いた結果だが、恐らく以前の私達と同等の力が配下にはあると思う』
『そうでしょうな。私もそのように感じております。フフフ、修行が楽しみですな』