マーシュと<六剣>達
マーシュは、今の状態のままフロキル王国で生活する事も可能だった。
祖国がフロキル王国に宣戦布告をしているのだが、<六剣>の力に恐れをなして手を出せずにいる事は明らかだからだ。
しかし、今のフロキル王国での立場はただの移民。
暗部として活動してきた時代の貯蓄はあるが、皇帝から与えられていた報奨金は仕事に対しては非常に安価で、大した金額を持っていなかった。
散々こき使われて、逃亡した今も細々と生活している自分が惨めだったのだ。
生贄として残してきた娘に思いを馳せる事は一切ないのだが、その娘が自分を引き上げるきっかけになると思い直して、今に至る。
祖国のアントラ帝国がこれだけフロキル王国サイドに恐れをなしていれば、自分の裏切りが明らかになったとしても、それなりの地位を築く事が出来れば……仮にできなくても、<六剣>との繋がりが持て、その事実を明らかにすれば身の安全も保障されると思っていたのだ。
こうして行動した結果、先ずは皇帝カリムから金銭を巻き上げる事だった。
その時すでに、ミルキャスを連れ帰ると言うつもりは更々無かったのだ。
フロキル王国に戻り、安宿を引き払って皇帝カリムから巻き上げたお金を使い、高級宿に移動するマーシュ。
「これだ。これこそが本来の俺の力に対しての正当な対価ではないだろうか?」
ふかふかのベッドに横たわり、一人納得するマーシュ。
「しかしこの宿は高いな。まぁ、私に相応しいサービスとなるとこの程度が最低ラインになるが。だが、巻き上げた金も限りがある。何もしなければ一月か……」
そう、相当な金額を吹っかけて皇帝から巻き上げたお金だが、この高級宿の金額も相当だ。
細々と溜めていた貯金も含め、一月で全てが底をつく。
「暫くは休んで、その後に行動を開始すれば良いだろう。なんと言ってもミルキャスは、この俺には絶対に逆らえないのだからな。ハハハ」
散々小さい時から力で屈服させ続け、更には心も潰してある。
そんな娘であるミルキャスに勝利するのは、赤子の手をひねる以上に容易いと思っているのだ。
もちろん自分自身の鍛錬も怠っていない為、本気の戦闘でもミルキャスに勝利する自信がある。
その余裕から、今迄の緊張を解すかのように体を休めるマーシュだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、毎日のようにダンジョンで修行をしている<六剣>と<無剣>。
必ず二人がダンジョンに潜り、片や力の制御、片やダンジョンを守るための防御に専念している。
それ以上の人数だと、おそらくSランクと言え重大な影響を及ぼす可能性が高く、更には見かけ上は平和だが何時何が起こるか分からない為、二人だけの侵入に留めていた。
今日の訓練は<土剣>アルフォナと、<炎剣>ヘイロンだ。
基本的にテスラムの指示によって、<炎剣>ヘイロンと<水剣>スミカが同じ日に潜る事は無い。
互いが余計な気遣いをして、甘えが出る可能性が捨てきれていないからだ。
「アルフォナ。お前、配下の騎士達の訓練は良いのかよ?」
「うむ。正直今の私が騎士道精神を説いても力の加減が出来ないからな。共に騎士道精神の高みを目指している者に取り返しのつかない程の怪我を負わせてしまう可能性がある。彼らも我らと同様力の制御に苦労しているようだから、一刻も早くこの力を制御できるようになって、正しい騎士道精神を説きたいのだ。よろしく頼むぞ、ヘイロン殿!」
何故騎士道精神を説くのに力の加減が必要なのかは置いておくが、この会話からもわかる通り、ヘイロンを真面目な者と組ませる事により、無駄な休憩を取らせないと言うテスラムの作戦でもあった。
流石はテスラム、この作戦はバッチリとヘイロンとスミカを雁字搦めにしていたのだ。
ヘイロンとスミカも修行して力を制御する必要がある事は理解しているし、実際に必死で鍛錬している。
しかし、他のメンツが異常とも言える程の勢いで鍛錬するため、何とか言葉巧みに休憩に持ち込もうとしているのだが……全て失敗しているのだ。
結果的に同量の修行を行う事になり、日々その力の制御を行えるようになっていた。
そして残されている騎士達も、<六剣>の力の上昇によって得た力を制御するのに四苦八苦していた。
恐らく今の彼らの力は、解放前の<六剣>所持者と同等の力が有るのではないだろうか。
そんな力を一気に制御するのは至難の業であり、アルフォナからの指示もあって互いの戦闘訓練は禁止されていた。
ただひたすらに全ての術を慎重に行使し、力をなじませる事に注力していたのだ。
流石は誇り高い騎士であり、アルフォナから毎日のように騎士道精神を説かれている人材の集まり。
リスド王国の騎士達にも同様の指示をしているので、全ての配下の者達は徐々にその力を自らの物にして行った。
もとより暴走気味のキュロス国王は、以前と同様に鍛錬場をメチャメチャに破壊して奥方にギチギチに〆られ、比較的冷静なキルハ国王とリアナは大人しく修行をしていた。
そのような中で別格の力を見せたのが、元暗部総隊長のミルキャス。
過酷な修練を長年積み重ねてきた成果か、誰よりも早くその力を完全にコントロールできるようになっていた。
そのコツを、同僚であり同士でもある騎士達や同じ敷地にいるキュロス国王やリアナにも一生懸命伝えていたのだ。
そして夜には、スライムを使ってリスド王国の騎士やキルハ国王にも必死でアドバイスしていた。
その姿を確認したアルフォナは、涙ぐみながらミルキャスをそっと抱きしめていた。
キュロス国王やキルハ国王もミルキャスの自出、そして置かれていた環境全てを知っている。
その上で、アルフォナ、そしてロイド達が認めた人物であれば否はないと、王でありながら直接会話をする事が出来る環境になっているのだ。
このような状況の中、マーシュがフロキル王国の高級宿に宿泊を初めて三週間目。
一部の騎士を除いて、全ての者がその力を完全に制御できるようになっていた。
日頃の業務等の都合があって一斉に鍛錬が終了するわけではないのだが、残りの騎士も数日で完全にモノにできるだろうと言う所までは習得済みだ。
「ミルキャス!お前のアドバイス、本当に助かったぞ。流石は技術のミルキャスだ」
騎士が集合している時に、もみくちゃにされながらお礼を言われているミルキャス。
未だかつて、このように心からのお礼を言われた経験がないミルキャスは心の底から喜べていた。
その姿を見ながら<六剣>達はミルキャスについて気になる情報を得ていたので、喜んでいる騎士達には告げずに<六剣>と<無剣>のロイドだけで話をしていた。
『皆さま、既にご存じでしょう。ミルキャスの父、アントラ帝国の先代暗部総隊長であるマーシュ。この国に来ております』
『あぁ、知ってるよテスラムさん。修行に力を入れたかったから黙っちゃいたが、俺が始末してきてやろうか?消し炭にしてやるぜ?』
『いや、待ってくれヘイロン殿。ミルキャスは共に騎士道精神を追求する仲間。この私にその任を任せて頂きたい』
『フフフ。皆さん落ち着いて下さい。ミルキャスさんが可愛いのは分かりますが』
『ナユラ、正しい』
『お姉ちゃんと同じです!』
『ハハハ、スミカは相変わらずだな』
緊張感のある報告に対して、いつも通りの会話が繰り広げられていた。