魔人三人とその後
「あの方角はジーダフの領地ではないのか?」
「そうだ。だがこれは……明らかに<炎剣>の力。虫獣が全て始末されたあの町にいるのは間違いないだろうが、ここまで波動が襲ってくるとは……早く負の感情を集めなければ、<六剣>一人に全員一瞬で消し炭にされてしまうぞ」
とある場所で<炎>属性の力を明確に感じ取った三体の魔人。
少し前までに得ていた情報以上の力を<六剣>が持っていると理解し、冷や汗をかいている。
マドレナスがその力の発生源がジーダフの領地ではないかと問いかけた所、聞きたくもない現実と共に返ってきたのだ。
それに同調するように、最後の魔人であるンムリドも告げる。
「僕もそう思うんだな。はっきり言って、戦う気すら起きないんだな。暫く隠れるのが良いと思うんだな」
かなり力を抑えた術でさえ、魔人三人を怯えさせるのには十分だった。
「そうするべきだな。幸い伯爵としての力で隠れ里はいくつか準備できている。戦争によって我らの力が増幅した時に、再びこの地を混沌に陥れよう」
怯えながら言うセリフではないが、こうして三人はこの場を去った。
もちろん今回の理不尽な宣戦布告は、このジーダフ伯爵が皇帝カリムに指示をした物だ。
これ以降、どれ程魔道具を起動しても一切ジーダフ伯爵と連絡が取れなくなった皇帝カリムは、それこそ死ぬ思いで戦争の準備をするのだった。
もちろん各国所属の騎士は強制的に戦力となるのだが、当初ジーダフ伯爵から聞いていた村民、町民の強制徴兵は何故か上手く行かなかった。
更に、冒険者の囲い込みも出来なかったのだ。
それは、フロキル王国、リスド王国、魔国アミストナの共同声明として、<六剣>と<無剣>はこの三国に属しており、対抗する如何なる戦力に対しても全力で反撃すると伝えたからだ。
各国に存在する冒険者ギルドは国には属していない。
その自由を得る代わりにその日暮らしになる可能性もあるのだが、それだけに<六剣>の強さに憧れ、普通の人よりも遥かに多くの情報を持っていた。
そんな<六剣>と最強の<無剣>と反目する等は有り得なかったのだ。
この宣言があって、宣戦布告をした代表格のアントラ帝国の動きは途端に悪くなる。
もちろん裏で糸を引いているジーダフ伯爵がいなくなっているのだから、当然の結果と言える。
既にスライムが皇居内にも再侵入できているので、全てを理解している<六剣>達。
皇帝カリムは傭兵を好待遇で継続して募集しているのだが、何れも取るに足らない雑魚ばかり。
結果的にこちらから何も仕掛けなければ向こうから仕掛けるほどの度胸はないと判断し、順次修行を行う事になった。
最低二人でSランクのダンジョンに潜り、一人は制御の修行、一人は全力でダンジョンの防衛を行うのだ。
こうしなければ、Sランクダンジョンですら容易に破壊できてしまう程の力を得ていたからだ。
一見平穏な世界。
その中で怯えながら過ごしている三人の魔人だが、既に<六剣>と対抗すると言う意識よりも、少しでも力を上昇させて、彼らに発見されないように過ごしたいと思うようになっていた。
あまりにも早い没落だが、魔神の読み間違い、そして神の与えた力の強大さを理解できなかった魔神の不甲斐なさがここに現れていた。
しかしどこにでも予想できない動きをする者はいる。
「陛下、お久しぶりでございます。どうやら苦戦なさっている御様子。このマーシュ、我が最高傑作であるミルキャスの所在地を掴んでございます。あろうことか<六剣>を擁していると宣言しているフロキル王国におりました。私が連れ帰って戦力と致します故、作戦にかかる費用を頂けないでしょうか?」
ミルキャスの父、アントラ帝国暗部総隊長であったミルキャスの父であるマーシュが現れたのだ。
このマーシュ、ミルキャスの予想通りに常に皇帝の命令を聞いて命を危険に晒す暗部の仕事が嫌になり、娘であるミルキャスを生贄に体よく自分は引退し、逃亡したのだ。
その向かった先がフロキル王国であったため、偶然ミルキャスの存在を知ったに過ぎない。
ミルキャスは<闇>属性を使った術による隠蔽はかけていたのだが、マーシュは長きに渡って染みついている暗部としての動きの癖を看破して、娘であると確信したのだ。
この短い期間で何故<闇>属性の術が仕えるようになっているのかは不思議だったが、自分が引退した後に限界を超えた修行をした結果だろうと勝手に納得していた。
当時、ミルキャスは皇帝の命によって潜入捜査を行っていたのかと思ったマーシュ。
仮に自分を連れ戻す様な命令であれば、たとえ娘とは言え仕留めるつもりで慎重に情報収集を行っていたのだ。
しかしそのような事実を証明する証拠は何一つなく、どうやらアルフォナと言う騎士と仲良くしていると言う事だけが明らかになった。
アルフォナと言えば、<土剣>を持つ誇り高い騎士として有名だ。
何故暗部にさせる為に心を潰したミルキャスが、華々しいイメージのある騎士と仲が良いかは理解できなかったのだが……
つまりマーシュのこの行動、暗部総隊長である娘のミルキャスの所在を明らかにしたと言う行動は、皇帝のために動いた事実は一切ない。
しかし、主君であるジーダフ伯爵とも連絡が取れず、自ら宣戦布告をして動けなくなると言う状態に陥っている皇帝カリムは、暗部最強の人物を引き入れる事が出来れば光明が差すと思っていた。
この二人、既にミルキャスが<六剣>配下になっている事は知らない。
当然<六剣>配下についての能力は秘匿されているので仕方がないのだが、マーシュはミルキャスの力は、たとえ異国の騎士との修行によって上昇していたとしても自分の足元にも及ばないと思っていたのだ。
「良いだろう。ただし、必ずミルキャスを連れて帰れ」
「承知しました」
皇帝にとってみれば、暗部は決して裏切らない存在。
その中でも、歴代アントラ帝国に努めているマーシュ一族には絶対の信頼を置いていた。
何故か今代のミルキャスは今尚命令を遂行できていない状態だが、相手が<六剣>であるために慎重に行動しているのかと思っていた。
そのために何の疑いもなく要求された費用を支払い、一刻も早くフロキル王国からミルキャスを連れ戻るように命じたのだ。
「これで暫くは優雅に過ごせるが……どうするか。たとえ俺でも、あんな力を持っている<六剣>には勝利するのは難しいのかもしれないな」
ヘイロンの暴発によって、最大の敵であり世界を混沌に陥れんと画策している元凶の魔人三人すら怯えさせてしまっているのだ。
マーシュもこうは言っているが、絶対に勝てないと思っていた。そこでマーシュは閃いた。
「フハハハ、何も完全に敵対する事だけが攻略ではないからな」
そう、ミルキャスの父であると売り込み、ミルキャスよりも力が有る事をその場で証明する事によってフロキル王国でより高い地位を得ようと考えたのだ。
何と言っても<六剣>の一角と仲良くしている娘がいるので、ここを利用するのは当然だった。
皇帝カリムの命令は端から聞き入れるつもりがなかったので、マーシュにとっては何の問題もない。