<六剣>が感じた違和感の正体
盗賊に襲われた時のように、いや、それ以上に無駄に笑顔でヘコヘコするヘイロン。
それはもう全身全霊で媚び諂っていたのでヘコヘコ具合も超高速で行われていた為、普通の町人や冒険者、ギルドマスターですら体全体がブレているようにしか見えなかった。
その姿を正確に視認できていたのは、この場にいる<六剣>のテスラムとスミカだけだ。
そのヘイロンの視線の先には、少々小柄の執事服に身を包んだ悪魔であるテスラムが、微笑みを携えながら立っていたのだ。
町人はこの事態を理解できなかったが、ギルドマスターや一部の冒険者はこの執事風の男が<風剣>テスラムであり、ヘイロン達<六剣>の師匠である事も知っている。
実際にヘイロンがあれほどヘコヘコするのを見ると、その立場が明確にわかると言う物だ。
「それでテスラムさん。えっと、これだけ早いのにロイドさんの力を使っていないのですか?」
スライムによる連絡を受けてから、フロキル王国にいたはずのテスラムがこの短時間で場に来ているのだ。
当然<無剣>ロイドによる転移を使ったのかと思っていたスミカだが、やはりテスラムはその足を使ってここまで来たようだ。
「私も試したい事がありましたので。ですが、そのおかげで今回の違和感の謎が解けましたよ」
「本当かよ!流石はテスラムさん。って、そう言えば、納品の必要がねーって、どう言った理由で?」
漸くヘコヘコを止めて普通に話しているヘイロン。
「残念な事にこのアントラ帝国とその同盟国は、フロキル王国とリスド王国、そして魔国アミストナに宣戦布告いたしました。ですから、既に中央は大混乱に陥っており、地方であるこの領地でも納税を管理できる状態ではありません」
サラッと恐ろしい事を伝えてきたテスラムの言葉を聞いたこの町の住民や冒険者は、オロオロするばかり。
大混乱とならなかったのは、何故かこの話を同じように聞いていたヘイロンとスミカ、そしてその発生源であるテスラムが異常に落ち着いていたからだろうか。
実際は、<風剣>の力を使って、町人たちが騒ぎ出したり動揺して暴れだしたりするのを優しく制御していたからだ。
「これは……テスラムさんも上昇しているのですね」
もちろんその力を使っているのは、ヘイロンとスミカも理解できていた。
仲間である二人に隠すようには術を行使しなかったからだ。
「だがよ、せっかく世界が安定してきたってのに何を考えていやがる。って、どう考えてもあの件だろうがな。とりあえずは、あのクソ皇帝とジーダフとか言う奴を探し出して始末するか?」
公にできない魔神の件を、それとなく口に出すヘイロンだ。
「ヘイロン殿の想定通りでしょうな。ですが、皇帝の居場所は把握していますが、ジーダフ伯爵はその所在が未だつかめておりません。ここに来ればそのきっかけが掴めて一石二鳥とも思ったのですが、少々当てが外れました」
住民が密集しているこのギルドでこれ以上する会話ではないと判断したヘイロン。
ギルドマスターに指示を出し、全員を解散させるようにした。
もちろん安心させるため、この町の防衛は受け持つと言う宣言と共に……だ。
町民はたかだか三人の人物が戦争から町を守ると宣言しても信じられない様子だったのだが、<六剣>について知っている冒険者やギルドマスターの説明もあり、無理やり納得させられていた。
その中で子供達の不安な表情を見逃さなかったヘイロンは、子供達に安心して貰うためにその力の一端を見せる事にしたのだ。
「じゃあよ、ここにいる<六剣>代表として、この俺<炎剣>ヘイロンがその力の一部を軽く見せてやれば安心できんだろ?」
こうしてほど近い広場に移動し、ヘイロンが空中に向けて<炎>属性の魔術を行使する事にした。
「そんじゃ、軽ーくやるからよ。良く見てくれよな」
こうして上空に手を掲げるヘイロン。
本来はそのような行動は不要なのだが、何の力もない町民のためにわざと分かり易くここから魔術を出すぞ……と宣言しているのだ。
この細かい気配りができる所も、ヘイロンの良さでもある。
しかしヘイロン、スミカ、そしてこの場に来ている<六剣>の師匠であるテスラムですら、今の<六剣>の力を正しく認識できていなかった。
テスラムは自らの移動速度が移動中にも上昇している事を把握していたのだが、増加した<六剣>の力に自分自身が対応でき始めている為と勘違いしていた。
実際に<六剣>の力が上昇し、それを使いこなしている<六剣>所持者がその力に慣れてくれば、徐々に力を得ているような感覚になるのは間違いない。
長きに渡り<六剣>についての知識を得ていたテスラムでさえ、<六剣>の力の上昇に関する知識はなかったので、こう思ってしまうのは仕方がない事だ。
しかし現実は異なる。
<六剣>の力は一気に解放されるのではなく、今尚加速度的に増加し続けているのだ。
その感覚は全員が持っているのだが、これもかなり上昇した<六剣>の力に慣れる為の過程だと断定していたのだ。
こうして、今尚増加している<六剣>の力を少しだけ披露する事になったヘイロン。
その術は今までの感覚であれば、大木程度の火柱が空に向けて飛び立つイメージだったのだが……
現実は非情だ。
大木ではなく、強大な城かと言わんばかりの炎が立ち上り、その熱気が周囲を襲う。
ありえない現象に驚きつつも、即術をキャンセルしようとするヘイロン。
同時にテスラムとスミカが、同じく<風>と<水>の力を行使して町民達を守った。
恐らくこの二人がいなければ、ヘイロンは何の罪もない人々を瞬時に蒸発させていたと言う大惨事に発展していただろう。
しかし、余りにも急な展開であり、守りに入っていたテスラムとスミカも上昇し続けている力の制御が上手く行っていなかった。
その結果……
溶岩のようになっている大地、水圧によって大きく陥没している大地、真空波によって切り刻まれている大地がヘイロンを中心として出来上がってしまったのだ。
誰しもが何も喋れない。
あのテスラムでさえ何も言えなくなっていた。
暫くして……
「ヘイロン殿、スミカ殿。私もですが、改めて修行が必要のようですな」
修行と聞いて普段は全力で嫌がる二人も、この大惨事を見ては力の制御を行える技術が再度必要と理解できるので、黙って頷いていた。
その後、テスラムはスライムを使って全<六剣>と<無剣>ロイドに事情を説明し、無暗に力を使う事が無いように釘を刺していた。
恐らく大陸中の力ある者は、ヘイロンの術に恐れおののいているだろう事は間違いないので、リスド王国、フロキル王国、魔国アミストナにも事情は伝えていた。
同時に……副産物として<六剣>配下の者達の力も劇的に上昇していたのだ。
あけましておめでとうございます。