閑話:アントラ帝国暗部総隊長ミルキャス
いつの日からこの身を酷使していたのだろう。
自分が今一体何歳なのかも分からない。
そもそもそんな事を気にする余裕があるのであれば、少しでも力をつけないと待っているのは死だ。
この環境が過酷なのかどうかも、自分の感覚では一切わからない。
だけど、私が仕えているのはこの国の頂点、皇帝カリムと言う男性だという事だけは理解している。
いや、させられている。
私の家は、代々このアントラ帝国の皇帝を陰から支えるためにその身を差し出してきた一族。
父も母も、祖父、曾祖父……歴代の家族が全てこの帝国のためにその身を削って奉仕してきた。
そして自分もそうなるのが必然だと、物心ついた頃から言い含められていたのだ。
特に母がそのような事を私と顔を合わせるたびに言っていたが……いつの頃だろうか、母を一切見る事が無くなり、入れ替わるかのように父が同じ話をし続けていた。
今思えば、この時には母は任務で死亡したのだろう。
その当時も、そして今もその事について悲しいと言う感情は湧いてこない。
その頃から父と実際の任務につく事になっていたのだが、私の能力は父の想定を軽く超えていた様だ。
「ミルキャス、お前は素晴らしい技術を持っている。その全てを皇帝陛下のために使うのだ。それが我らの使命。良く覚えておくように」
何となく褒められていた気がするが、後にも先にも褒められていたと感じる可能性がある言葉を掛けられたのはこの時だけだ。
ある程度任務の流れが分かったのだが、父の言う通りに皇帝カリムの命令を只々実行するだけ。
理由を考える事も無く、その内容が正しいかも考える必要は一切ない。
恐らく相当理不尽な理由で的にされていた人もいたのだろう。現時点でもそのような人がいる事は間違いないと思う。
今となっては正確な情報を知る由もないのだが、ある程度の経験を積んだ頃には、あの皇帝が正当な理由で私を動かしていたとは到底思えない事位はわかっていた。
でも、私にはその思いを口にする術は持っておらず、ひたすらに依頼を完遂していた。
その頃には、私の心は壊れていたに違いない。
淡々と自分の意思なく、皇帝の命令にだけ従う機械と成り果てていた。
そんな変化を目ざとく感じたのだろうか、私の父は、表には一切出る事は無いが絶対の地位である暗部総隊長と言う立場を突然私に押し付けて勝手に引退し、私の前から消えていった。
もちろんアントラ帝国内にいない事は、把握済みだ。
母がいなくなった時と同じくその事実だけを受け止めていたのだが、父は私に才能が有ると理解した時からこの時を待ち続けていたに違いない。
日々自分の意思なく命令に従う。それも暗部らしい汚れ仕事しかない。
そしてその任務は当然過酷で命の保証は一切ない、いや、むしろ危険な任務しか存在しないと言って良いと思う。
結果を出すのは当然。
しかし、どれ程確実に毎日結果を出し続けても暗部に所属している面々の生活が変化するわけではなく、鍛錬・任務の繰り返し。
そんな連中の頂点と言う地位には、何も魅力がない事を知っていたのだ。
ただ、表立って皇帝の意思を批判した場合や強制的に暗部を抜けた場合は、国家に反したとみなされる。
そんな者の末路は、常に皇帝からの刺客に怯えるように周囲を気にしつつ緊張しながら生活をしなくてはならなくなる。
それも一日中、食事の中身にも気をつける必要があり、寝る時間も襲撃に備えなくてはならない。
そうならないように入念に私を洗脳して、更には鍛え上げ、あたかも優秀な後継者が出来たから自分は身を引くと言う形にしたのだろう。
暗部総隊長と言う立場になって暫くすると、父の行動は理にかなっていると思い始めていた。
特に恨みと言う感情すら持ち合わせていないのだが、合理的だな……と思っただけだ。
そんな私に与えられた新たな任務は伝説の<六剣>所持者の一角と、その<六剣>が護衛についているリスド王国の国王であるキルハの監視。
近いうちに抹殺対象になるとの事だが、今の時点では監視に留めるようにとの指令だった。
<六剣>と言えば伝説として語り継がれており、その程度はいくら私でも理解していた。
その<六剣>が封印の洞窟から抜かれ、その所持者達が魔王……いや、魔族の暴走の元凶を始末した事も知っていた。
何故直ぐにキルハを始末しないのかは一瞬だけ不思議に思ったが、そんな事を思う暇があれば任務遂行する方が良いとある意味洗脳されているので、そのまま任務に就いた。
伝説である<六剣>を相手にするのだから、ただの監視と言え相当警戒する必要があるだろうと思い、普段以上に慎重に気配を消し、更には距離も倍以上とって任務を実施していた。
その分得られる情報の精度は下がってしまうが、私の技術があれば大きな問題はないだろうと判断していたのだ。
現地に入った時に、少し前の情報では<光剣>所持者のナユラ元王女が<六剣>の監視対象と聞いていたのだが、状況が変わって<土剣>所持者のアルフォナと入れ替わっていた。
最終的なターゲットは国王キルハである事は変わりないため、そのまま任務を継続していた。
この時、アルフォナ殿が監視対象となっていれなければ、今の私は存在していなかっただろう。
無謀にも攻撃し、そして手も足も出ずにこの世を去っていたに違いない。
そのアルフォナ殿が、彼女の目の前に並んでいる騎士に対して毎日のように説明している騎士道精神!
この話が冷え切った私の心に再び熱を入れて下さったのだ。それも灼熱だ!
初日は自分の心の変化について行けなかったのだが、毎日話を聞かせて頂くうちに只々騎士道精神の素晴らしさに感動し、そしてその精神を探求し続けているアルフォナ殿に敬意を持っていた。
その頃……暗部のとある部隊の隊長が、皇帝カリムの指令書を持ってきた。
その中身は、監視を中断して攻撃するとの事だったのだ。
既に私の心は温かさを取り戻しつつあり、この指令に対して即座に行動する事が出来なかった。少し前の私では考えられなかった事だ。
その後は……あのアルフォナ殿が私の前に来て下さり……申し訳ない……もう心が震えて、これ以上は上手く説明できそうもない。
結果だけお伝えすると、私は何とあの<六剣>達の仲間になる事が出来たのだ。
しかもアントラ帝国の魔の手からも逃れられるように、<闇>属性を使えるようにまでして頂けている。
アルフォナ殿が主と認めるお方の懐も大きく、<六剣>の仲間も素晴らしい人達だ。
そんな方々から聞いた話は衝撃的だった。魔王との戦闘は魔神により仕向けられていたものであり、その魔神が眷属を使って更なる侵攻を行っている可能性が高いと言うのだ。
私は人としての心を取り戻させてくれたこの方々に少しでも恩返しができる様、この身を賭して行動しようと誓った!