ミルキャスの願い
突然目の前に現れた騎士三人と、暗部の隊長。
「どうやって?」
思わず口にしてしまったミルキャスだが、冷静に考えればこれ程の強さを持つアルフォナに鍛えられている騎士なのだから、暗部の隊長とは言え捕縛されるのは当然だと思い直した。
「素晴らしい!良く騎士道精神を理解しているな。これからも励んでくれ」
その目の前で三人の騎士がアルフォナから良く分からない褒められ方をしているのだが、その足元にはぐるぐる巻き、そう、簀巻き状態にされた暗部隊長が転がりながらビッタンビッタン飛び跳ねるように動いていた。
「後はこちらでやっておく。諸君も鍛錬に戻ってくれ」
この場に現れた騎士達は、指示通りにこの場から音もなく消え去って行った。
ミルキャスがアルフォナによって威圧されていた影響があったにしても、気配を察知されない状態でこの場に来たのだ。
それも簀巻きにされて暴れている暗部の隊長を引き連れて。
その隊長の気配すら察知できない状態で現れているのだから、相当な実力を持っている事は否定できない事実だと判断したミルキャス。
いよいよ自分の最後の時を迎えたと覚悟したが、最後の最後で尊敬し得る人物の手によって消えるのであれば悪くないと思い目を瞑る。
気配も強制的に察知しないように意識してその時を待ち続けるミルキャスだが、何時まで経ってもアルフォナは攻撃してこないので自分の意識は消えない。
待ち疲れて目をあけると、アルフォナは簀巻きにされている暗部の隊長の猿轡を外した所だった。
「お前と接触した後、この者は少々行動がおかしかった。何をしたのか教えて貰おうか。念のために伝えておくが、自害は出来ないぞ」
実際に微小な土を操作して舌をかみ切るような行動はとれないようにしているのだが、暗部の隊長ともなれば情報を漏らす事は無い。
「お前が何か手紙を渡して、この者はその手紙を読んだ後に焼却していたな。何かの指示である事は明白。騎士道精神に反する指示である事は想像に難くない。恥を知れ!」
一部内容が理解できないが厳しい指摘をしているアルフォナをよそに、隊長は一切口を開こうとしなかった。
もちろん自害を試みたのだが、アルフォナの指摘通りに阻害されたのであきらめていた。
「フム。指示の内容はともあれ秘密を守ろうとする事、その一点だけに関して言えば十分に騎士道精神に通ずるところが在ると言えなくもないか?」
一人無駄な所で悩むアルフォナ。
そんなアルフォナを前にして既に自らの行く末を覚悟したミルキャスは、全てを明らかにし始めた。
「アルフォナ殿。私は代々アントラ帝国の皇帝に仕えている暗部の総隊長であるミルキャスです」
「ミルキャス総隊長!自らの名前や主君を明かすなど、何と言う暴挙。これは裏切りですぞ!恥を知りなさい!」
ミルキャスの言葉を聞いて、初めて口を開く隊長の男。
「お前は少々煩いな。黙っておけ」
アルフォナの一言で、何故か言葉を発する事が出来なくなっていた。
「すまないな、配慮が足りなかった。続けてくれ」
「……はい。今回の私の任務は、想像通りだと思いますがキルハ国王の暗殺です。少し前までは監視の指令でしたが、その男が持ってきた指令書で暗殺実行へ命令が変わりました」
暗部隊長の男は、まさか総隊長である雲の上の存在のミルキャスがここまで情報を漏らしている事に目を見開いているが、アルフォナは微動だにせずにミルキャスの話の続きを待っていた。
「アルフォナ殿の毎朝の騎士道精神のお話……主君と認めたお方を全身全霊を持ってお守りするのが使命……この言葉に感銘を受けました。私は、代々続く暗部の総隊長を輩出している一族。その主君は私が生まれる前から決められております。主君に足るか否かは関係ないのです」
ここまで話して、下を向いて目をきつく瞑ってしまうミルキャス。
毎朝のアルフォナのありがたい話の中には決して主君を裏切るなとあったのだが、今正に主君を裏切っている自分がいるのだ。
たとえそれが、主君と認めていない人物であったとしても……
初めて抱くどうしようもない感情を抑えるために、目を瞑って何とか意識を統一しようとしているミルキャス。
しかし、突然柔らかく自分が包まれて驚き目をあけると……優しくアルフォナに抱擁されていたのだ。
「あ、アルフォナ殿……」
「ミルキャス殿、辛かっただろうな。私にも経験がある。仕えたくもないクズに仕えざるを得なかった時の悔しさ。正に騎士道精神を破壊されるかと思う程の衝撃を受けた。しかし、自らが主君として認めた者でなければ、正しい騎士道精神は育まれないのだ。そこに貴殿は気が付いた。そして生まれ変われるチャンスを得たのだ。どうだ?我が主君に逢って心の内を曝け出してみては?」
初めて自分の心を労わってくれる言葉を掛けられて、思考が停止してしまうミルキャス。
そもそもミルキャスの所属は完全に敵対していると判断されているだろうアントラ帝国所属なのだ。しかも、暗殺まで仕掛けようとした事を自白している。
その様な危険人物を自らの主君に逢わせると言うのだから、どれ程懐が深いのか、それとも考えなしの底抜けのお人良しなのか、主君の安全に絶対の自信があるのか……
アルフォナを良く知るロイド達からしてみればその全てなのだが、ミルキャスは驚きを持ってオズオズと答える。
「私なんかが宜しいのですか?」
「何を言うか。貴殿は、ミルキャス殿は輝ける騎士道精神を持っているのは間違いない。そんな人物を主君に紹介する事は誉れでもあるのだ!」
何故か、ロイドとユリナスと言う二人の主君に面会する事になったミルキャス。
相変わらず地べたに転がって必死でモゾモゾしている隊長をよそに、ミルキャスはアルフォナに深く頭を下げた。
「生まれ変われるチャンスを下さり、ありがとうございます」
「フフ。そうかしこまらないで貰えるとありがたい。我ら<六剣>と主たる<無剣>と面会し、是非とも同じ主君に仕える同僚となれる事を願っている」
当然暗部総隊長ミルキャスと簀巻きにされている隊長は二度とアントラ帝国に戻るわけもなく、帝国としては全ての情報を得る事ができないばかりか、再び手駒を減らした。
ある意味最大戦力とも言える暗部総隊長のミルキャスまで戻ってこないのだから、最悪の事態に陥ったと考えている皇帝カリム。
あの総隊長が如何に相手は<六剣>とは言え、何の連絡もなく痕跡すらつかめずに姿を消す事が信じられなかった皇帝カリム。
魔道具によってジーダフ伯爵と面会してその旨を告げると同じ見解であったらしく、暫くはフロキル王国とリスド王国への監視強化が言い渡された。
しかしあくまで間者による監視に留め、重要な情報収集の時に虫獣が使えるように……と虫獣は二国間で使用する事を禁じられた。
仮に生きていれば、間者によって判明するだろうと言う判断だったのだ。
その間、ミルキャスに関する全ての情報を全員に共有したアルフォナ。
ロイドに対する面会希望の許可が下りたので、既にリスド王国を後にしていたロイドと、共に行動しているヨナ二人に急遽来て貰ったのだ。