アルフォナの移動
「お兄様。あの皇帝の態度から考えると、あのままで済むとは思えません。あの皇帝、魔神関連の男である可能性も捨てきれないので、やはりここは配下の練度を上げるべきではないでしょうか?」
「確かに戦力を上げるのは賛成だよ、ナユラ。でも、そのための指示は前にしていただろう?これ以上どうするんだ?」
リスド王国に戻っているキルハとナユラ。
自国の戦力上昇が必須であると考えて、対策を捻りだそうとしていた。
「やはりここは、テスラムさんにお願いするべきでしょうか?」
「いや。彼はキュロス殿とリアナ殿の護衛をしている。そこに穴をあけてしまうわけには行かないだろう?ナユラがテスラム殿の代わりを務めるとして、対応できるかい?」
「……無理ですね。少々離れた位置にいる二人を同時に護衛できるほど、私は経験豊かではありませんから」
「仕方がない。恥を晒すようだが皆さんの意見を聞いてはどうだ?」
結局はスライムの力を使って全員の意見を聞く事になった。
『ではこうしては如何でしょうか。先ずはナユラ殿にはフロキル王国に戻って頂き、ユリナス様の護衛をして頂きます。そしてアルフォナ殿が貴国の騎士を鍛える。互いに騎士同士、通ずるものがあるので修練にも身が入るのではないですかな?』
『む……ユリナス様のお傍を離れる事に抵抗があるのだが』
『大丈夫ですよ、アルフォナ。ナユラさんが来てくれるのですから、問題ないでしょう?今でさえ過剰防衛戦力じゃないかしら?』
結局はユリナスの一言で、互いに絶対の信頼関係が出来ている<六剣>の任務の入れ替えが行われた。
流石のアルフォナも、ユリナスに直接問題ないと言われては断れなかった。
テスラムの助言通りにアルフォナとナユラが移動し、アルフォナがリスド王国の騎士を鍛える事になったのだ。
そうと決まれば動きは速い。
ロイドの<無剣>の力を使えば瞬間的に移動する事も出来るが、これも鍛錬……と言う事で、ナユラとアルフォナは全力で移動をしていた。
瞬間移動程までではないのだが、軽くお茶を飲む程度の時間で移動が完了した二人。
「ユリナス様。私の我儘で申し訳ありません。アルフォナさんに代わり、護衛を務めさせていただきます」
「フフ。そんなにかしこまらないで頂戴、ナユラさん。せっかくですから楽しく過ごしましょう?」
小奇麗な庭園でお茶を飲んでいる二人。
二人の視界には数人の<六剣>配下の騎士。
そして視界には入らない状態でも数人の騎士が護衛についていた。
一方のアルフォナ。
ナユラから既に騎士達に緩みが散見されていたと聞いており、気合十分でリスド王国に辿り着く。
「アルフォナ殿、申し訳ない。ですが緊急事態故、よろしくお願いいたします」
「キルハ殿。全てこの私にお任せください。騎士道精神の何たるかを理解すれば、自ずと道は見えてきます」
キルハとしてはアルフォナが何を言っているのか少々わからなかったのだが、崇高なる精神と、それに伴う実力を持っている事だけは理解しているので全てを委ねた。
敵は強大である可能性が極めて高いので、<六剣>配下の騎士の戦力増強が急務であると考えていたキルハの考えに基づき、リスド王国にいる配下の騎士が集合させられた。
一時ナユラの指示で戦力は等分に振り分けて治安維持に当たっていたのだが、そこはテスラムのスライムによって強力にカバーされている。
アルフォナの前に集まる、リスド王国所属の<六剣>配下の14人の騎士達。
その騎士達を前にしてアルフォナは、スライムの力で既に情報伝達済みである魔神の件をぼかしつつも確認させるとともに、いつも通り騎士道精神について説き始めた。
「諸君!既にテスラム殿から聞いているとは思う。その対策としてこの私、アルフォナが共に真の騎士道精神を理解するべく修行を行う事になった。そもそも騎士道精神とは……」
熱く語りだしたアルフォナを止められる者はおらず、逆にフロキル王国の騎士同様、羨望の眼差しで見られていた。
「……時間は有限だ。早速開始したいと思う。先ずは諸君の実力を見させて頂こう。遠慮なくかかってくると良い」
散々騎士道精神について長話をしていたアルフォナだが、漸く真の目的である戦力の底上げ作業を開始した。
しかし、その言葉……騎士達にとっては少々驚きの発言だったのだ。
いくら<六剣>本体を持っているアルフォナとは言え、<六剣>配下の力を得ている騎士14人を同時に相手にすると言っているのだ。
アルフォナが長々と話していた騎士道精神に通ずる話をありがたく聞いていた騎士達は、その心意気に感動して一瞬の迷いは生じたのだが、即座に全力でアルフォナに襲い掛かった。
その様子をはるか遠くから監視していた暗部総隊長のミルキャス。
何故か彼女の目には涙が流れている。
ロイドやヘイロンであれば“はぁ~”とため息をつきたくなるような長い長~いアルフォナのありがたい騎士道精神の話なのだが、彼女は心からこの話に感動していたのだ。
思わぬ副産物……なのだろうか?
長きに渡りアントラ帝国の暗部、そして総隊長と言う任務についていたミルキャス。
その氷のような心に、何故か騎士道精神の話が深く入り込んでいたのだ。
ミルキャスほどの実力があれば、アルフォナの声が聞こえずとも口の動きで何を言っているのかは理解できる。
その話が進むにつれ、暗部、そして総隊長としても有り得ない事だが、周囲の警戒を怠ってしまう程その内容に意識が向いていた。
実はアルフォナ、ミルキャスの存在は知っていたが一切気にしていなかった。
今の彼女は、目の前の騎士達に崇高なる騎士道精神を持って全力で対応する事が命題だったからだ。
今のアルフォナは抜剣すらせずに、騎士達の動きを観察しながら攻撃をいなしている。
まるで永遠とも言える時間攻撃し続けた騎士達も、やがて体力が無くなり動けなくなってしまう。
「フム。今日はこれまでか……騎士道精神を語るには少々実力が伴っていないようだな。だが安心してくれ。このアルフォナが責任を持って諸君らを騎士道精神の高みまで連れて行く事をここに誓う!」
一切息を乱さずに、涼しい顔でこう告げるアルフォナ。
あまりに長い期間鍛錬をしていた騎士達を心配し、キルハがその様子を見に来ていたのだが……やはり彼にはアルフォナが何を言っているのか理解できなかった。
しかし彼の目には感激で打ち震えている騎士達が見えていたので、少々納得いかない所があるのだが改めて問題ないと判断した。
護衛対象であるキルハだけは、常に<土剣>の力を使って監視していたアルフォナ。
そのキルハが直接この場に来た事、そして今日の鍛錬が終わった事から、城内に戻る前に念のために周囲の気配を察知する事にした。
当然、遠く離れた場所にいるミルキャスではあるが、<六剣>の力を使われてはその姿は再び明らかになっている。
今の所魔神に関する情報が何もないため、ミルキャスに対する監視は継続したまま見逃す事にしたアルフォナ。
何も気が付いていないようなふりをしつつ、口元を隠してこう呟いていた。
「む……まだいるのか。少し泳がす方が賢明か?」
本人としては読口術対策を意識したわけではなく、何となく考えながら呟いたために無意識で口元を隠していたのだが……
その姿を見ていたミルキャス。
「何と素晴らしいお方だ。そして実力も申し分ないですね。フフフ、騎士道精神か……」
鍛錬をしていた騎士達が人族としては有り得ないほどの強さがある事に疑問を持つ事すらなく、恍惚の表情をしていたのだ。