アントラ帝国
「ジーダフ様。<六剣>達は既に去りました。流石にリスド王国は我らの要求をのみませんでしたので、今後は奴らについているフロキル王国、そして魔国アミストナを潰そうと思います」
アントラ帝国の玉座に座っているジーダフ伯爵に対して、皇帝であるカリムが遜りつつ話をしている。
対外的な立場から言えば全く逆の行いであるのだが、この二人にとっては、二人だけが存在している時にはこれが標準だ。
「人族の事は良く分からないからな。お前に任せる。だが、<六剣>が来た際にスライムを皇居内に放していたようだぞ。始末すると<風剣>に異常を察知されてしまうので、一応俺の方で隔離しておいたが」
「こ、これは申し訳ございません。大失態です。まさか、あの<光剣>ナユラがそのような事をしているとは思いもしませんでした」
皇帝カリムはキルハ国王を始めとした<六剣>配下の者達の情報を得ていないために、キルハ国王に同行している妹の<光剣>ナユラだけを脅威と見ていたのだ。
「良い。過ぎた事を言っても仕方がないだろう。だがあまり長くスライムを隔離しても<風剣>に異常を察知されるだろう。俺は暫くこの場所には来ない。お前もスライムによって監視されていると肝に銘じて行動しろ」
「承知いたしました。ですが、今後ジーダフ様への連絡はどのようにすれば宜しいでしょうか?」
「これを使え。だが繰り返しになるが、油断はするな」
こうして、小さな魔道具を皇帝カリムに渡すジーダフ。
「この部分を押された時には、なるべく早く俺はここに来る事にしよう。今のお前の力では、あのスライム共の監視を避けて行動できるのはせいぜいこのボタンを押す程度だろうからな」
「恐れ入ります」
ポケットに入れた魔道具のボタンを押す程度であれば、たとえスライムによる監視がなされた状態でも何かを疑われる事無く行動できる。
こうして謁見の間を去ったジーダフ伯爵。
どうすれば自らの主であるジーダフの要求に応えられるか、一人残された皇帝カリムは一人悩んでいた。
「これから……直接あの三国に手を出しても<六剣>達が出てくれば厄介だ。だが、戦争こそ最も負の感情を一気に集められる。どうするか……」
<六剣>達の力は最早疑いようもなく強大だ。
その<六剣>達が所属している、または友好的な関係を結んでいる国家に対して直接的な戦闘を仕掛けても、負ける事は目に見えている。
そのリスクを負ってでも負の感情を一気に集めるか、他の手で追い詰めるか……
「フロキル王国、リスド王国、魔国アミストナ。どうするか……一先ずは、<無剣>の母だったか?確か魔族に一度殺害されたと言うユリナス。それと……忌々しいキルハを攻めてみるか」
国家としてではなく、戦闘能力の高い冒険者や暗殺集団に依頼をする事で様子を見る事にしたのだ。
その手の者達とのつなぎ役程度は知っている皇帝。
すかさず行動に移す。
その結果、ユリナスにはアントラ帝国でも最強の力を持っていると言われている男が向かう事になった。
一応冒険者と言う立ち位置ではあるが素行は極めて悪く、既に裏の仕事に手を染めているために普通のギルドの依頼は受けられなくなっているゾルドネアと言う男に依頼する事に決定した。
このゾルドネア、本来は冒険者の資格を剥奪されるべき男だが余りの強さにギルドも口を出せず、更には裏稼業で培った権力者とのコネもあるので、今尚冒険者と言う立場を維持している。
キルハ国王に関しては自分との面会が終わって時間が経過していないために、いくらお忍びでの訪問とは言えこの短い期間で殺害してしまうと疑いをもたれる可能性があり暫し様子を見るにとどめているのだが、対応させる相手だけは決めていた。
もちろん国家としての関与が疑われないと共に実力も疑いようのない人物が選定されている。皇帝直属の暗部、それも総隊長であるミルキャス。
暗部は対外的に秘匿されており、皇帝であるカリムでさえその素顔を見た事が無い存在である為に、関連性が疑われる事は無いと確信しているが故の人選だ。
二人の人選が終わった後……冒険者のゾルドネアと話をしている男がいる。
「ふぃ~、今回の依頼はかなりの大物なんじゃねーか?何と言ってもあのフロキル王国の救世主、ユリナスだろ?なんでも民のために魔族を始末しようとしたが、ゴミクズの身内をかばって死んだと聞いていたが……」
「あまり大声を出すな。それに、最新の情報では<土剣>のアルフォナが護衛しているようだ。恐らくターゲットを狙うにはアルフォナも始末する必要がある」
伝説の<六剣>所持者との戦闘が不可避と聞いても、ゾルドネアは表情を変えない。
それどころか獰猛に頬を釣り上げてさえいる。
「おもしれーな。<六剣>と直接戦れるなんざ、二度とないだろうからな。だがよ、そうなるとターゲットは少なくとも二人。こんな報酬じゃ足りねーんじゃねーか?」
この男は、報酬さえ納得できればどんな依頼でも受ける。
たとえどこかの国王の殺害依頼でも嬉々として受けるだろう。あくまで報酬の折り合いがつけば……だ。
「……わかった。確かにお前の言い分は正しいだろう。ターゲットは二人。報酬も倍だ」
「そうこなくっちゃな。良いだろう。二人とも奇麗に始末してやるよ」
納得のいく報酬だったのか、一切迷う事なく<六剣>との戦闘になる事を選択したゾルドネア。
今までも強敵と言われている者達、人知れず魔族すらも退けた経験があり、今尚現役で活動している男。
正に百戦錬磨であり、彼の頭には負けと言う文字は一切浮かんでこなかった。
「<土剣>のアルフォナか。確か騎士だったな。正当な剣術か。そいつを始末すりゃ後は少し年の行ったお嬢ちゃんだけ。精々騎士様の力を楽しませてもらうか」
頼もしくも不敵な発言と共にゾルドネアはこの場を去る。
場合によっては、アルフォナを始末した後に<土剣>を手にできると思っているのだ。
ゾルドネアに依頼を行っていたのは皇帝直属の暗部から更に依頼を受けていたとある男だが、この男もこう言った交渉ごとについては皇帝側から絶大な信頼を得ており、突然報酬を倍にするなどと言う要求にも難なく応えられていた。
「今回も上手く行きましたね。後は結果を待つだけですか……」
この男も、如何に伝説の<六剣>であってもあの男に勝利する事は難しいだろうと思っていたのだ。
凶器の塊と言われているゾルドネア。
ありとあらゆる術に精通し、その達人と言われている者達を始末し続けてきた男。
対してアルフォナは、正当な騎士としての剣術を使う。
騎士である以上その剣術の鍛錬は必須であり、自然と体に染みついてしまうからだ。
ゾルドネアと言う男は、過去には隊長格の騎士すら難なく暗殺している経緯がある。
常に死と隣り合わせの環境で生活し続けている者、片や悪魔と言う強大な敵と戦った経験はあるが、今はユリナスの護衛と言う実戦からは程遠い環境に置かれている者。
何の知識も無ければゾルドネアの勝利は疑いようも無かったのだ。
ゾルドネアが依頼を既に受託していた頃、キルハ国王の監視、更には時期を見て殺害任務を実行させるために、暗部総隊長ミルキャスが皇帝に呼ばれていた。
「……という事だ、ミルキャス。暫くはキルハには手を出さずに監視をしろ。言わなくてもするだろうが、ついでに仕事を実行しやすいように調査もしておけ」
「承知しました」
こうして、アントラ帝国を起点として再び怪しい動きが始まったのだ。