作戦終了
『お兄様。一応上手く行きました……という事で良いのですよね?』
『もちろん。テスラムさんからの依頼は皇居内に不可視のスライムを放す事だろ?<六剣>本体の力じゃないと、スライムを隠蔽出来なさそうだからね。あの皇帝が態々呼んでくれたのだから、無駄に侵入する事無く放せたよ』
明らかに怪しい国家であるアントラ帝国からの呼び出しを受けた際、<六剣>達としては、鉄壁の防御を誇っている皇居内のスライムを復活させるため、直接持ち込む事を主目的としていた。
城下町ではスライムが復活しつつあるが、再び排除の対象とならないようにあまり目立つように行動はさせていないので、テスラムとしても十分な情報を仕入れる事は出来ていない。
『城下町はスライムが少しではありますが復活しているようでしたけれど。確かに皇居に入るときもかなり厳しいチェックが有りましたからね。あそこまでされると、逆にテスラムさんの事を警戒していると言っているようなものです』
『確かにね。訳の分からない言い訳……冒険者達に仕事を与えると言っていたけれど、どう考えても……ね』
アントラ帝国を出る為に悠々と城下町を歩いているナユラとキルハ、そして護衛の二人。
周囲をよく見ると、確かに奴隷の様な風体の人々や若そうな冒険者が掃除をしているように見えなくもないのだが、その声を<六剣>とその配下になる事で得た人外の力によって拾うと……
「まったく。いつまでこんな雑用をやるフリをしなくちゃなんねーんだよ」
「そう言うな。今日一日掃除する素振りを見せるだけで、今の俺達の二日分の報酬が出るんだぞ」
と、こんな感じだったのだ。
若手冒険者としてみれば、まさか伝説の<六剣>やその配下となっている人物が近くにいると思ってもいないので、ある意味極秘とも言える事項を小声ながらも口にしてしまっているのだ。
『キルハ様、宜しいでしょうか?』
『ん?どうたの、ローレンス?』
そこに、背後にいる護衛であり<闇剣>配下のローレンスが疑問に思っていた事を口にした。もちろんここまでの会話は、安全のためにスライムを通した会話をしている。
『はい。あの部屋での皇帝の口ぶりからすると、我らの戦力はロイド様の<無剣>、ナユラ様を始めとした<六剣>の七人だけと認識しているように聞こえました。通常の練度の高い騎士については当然把握しているでしょうが、私達のような<六剣>配下についての情報は得ていないのではないでしょうか?』
『そうかもしれないね。でも、物事は油断なく進める必要がある。特に<六剣>達があれほど異常だと言い切ったアントラ帝国だからね。こっちの戦力は把握されていると思って行動するべきだよ』
そのまま門を潜って帰路に着く四人。
相変わらず徒歩で街道を進んで行くのだが、当然想定していた通りに良からぬ気配を全員が察知する。
『キルハ様、ナユラ様。やはりと言うべきでしょうか。如何致しますか?』
『宜しければこの私、ジョルドにお任せいただければと思いますが』
『そうですね。お兄様、ここは私が判断しても宜しいですか?』
『任せるよ、ナユラ』
『では今回はローレンスに任せましょう。前回の鍛錬場でのようなミスを犯さない様にお願いしますよ。ジョルドは、一応お兄様の護衛の立ち位置を堅持してください。どこで誰が見ているか分かりませんから』
『『承知しました』』
ナユラの指示によって<闇剣>配下のローレンス以外はそのまま街道を進み、ジョルドはローレンスが消えた場所にさりげなく移動する。
『あら?思った以上に手ごたえがなかったみたいですね』
『キルハ様、ナユラ様。この程度であれば、ひょっとしたらアントラ帝国の差し金ではなく、盗賊だった可能性もあるのではないでしょうか?』
『いいえ。明らかに帝国の門番とも話した後にこちらに来ていますから、盗賊ではありませんね』
ナユラの持つ<光剣>、探索は苦手ではあるのだが、同行している三人は属性は違うが<六剣>配下。
探索が得意な<炎>の属性を持つジョルドもいるのだが、あくまで配下なのだ。
<六剣>本体を持つナユラとは基本的な力が大きく異なるために、ナユラ以上の気配察知は行える者はこの場にいない。
今回の対策、ナユラとしては二人の襲撃者の対処に<闇剣>配下であるローレンスに任せたのには当然理由があった。
迎撃後の襲撃者二人を引き連れて歩くのでは悪目立ちするので、<闇>の力で隠蔽して連行する予定だったのだ。
ローレンスはナユラの指示通りに襲撃をしようとしていた二人を難なく撃退し、<闇>の力で外界から遮断して連行した。
結果的にはこの二人、やはり帝国の依頼を受けて襲撃しに来た冒険者崩れだったのだ。
『お兄様。対応としてはお粗末ですね。こちらには<六剣>がある事を知っているのに、この程度の人を襲撃に向かわせるとは』
『あの皇帝もバカじゃない。何か裏があるはずだけど……今は分からないね。それに、この二人の証言を基に訴えても、証拠としては弱いしね』
こうして襲撃者二人は、街道をかなり進んだ森から外れた場所に放置される事に決定した。
同行させる意味もないが、その手で始末するのも憚られたのだ。
最早人目を気にするような場所でもないため、二人を森の奥に放置するためにジョルドが街道から外れ、二人を抱えたまま奥深くに移動している。
仮にこの二人が襲撃時に殺す気で来ていなければ近くの町の衛兵に突き出す事も考えていたのだが、始末する気満々の攻撃を仕掛けてきたのでこの対応となった。
「お前ら、武器もそのまま渡しておいてやる。運が良ければ生き残れるだろう」
睨みつけてくる二人の目の前にそれぞれの武器を投げ捨てると、ジョルドはその場から一瞬で消えた。
「畜生。なんだあいつらは!簡単な仕事じゃなかったのかよ!」
「何をされたか分からなかったぞ。いや、今はそれどころじゃない。最低でも街道に辿り着かないと、夜になったらおしまいだぞ」
冒険者としての経験がある二人は、とある高貴な人物からの依頼と言う事でこの仕事を受けてしまったのだ。
報酬はある程度の金額が前払いされており、高貴な人物、つまりは相当な権力を持っているという事を証明するかのように、襲撃に向かう際に門番からも注意事項を聞かされていた。
ではなぜ<光剣>を持つナユラがいると分かっているのに、この程度の雑魚を二人と言う少人数で向かわせたのか……
「フン。戦力の確認にもならなかったか。だが、予定通りではあるな。あの場でさっさと始末しておけば良いものを、僅かな希望を持たせたうえで長く苦しませるような方法をとるとは愚かだな。これで負の感情を手に入れる事が出来る。少しでもジーダフ様に提供しなくては」
話し方もすっかり変わっている、皇帝カリム。
虫獣からの情報を得て、呟きながら豪華な椅子から立ち上がって私室に向かって行った。
残された冒険者崩れの二人には、もちろん街道に辿り着けるような幸運は訪れない。
目の前の大金に目が眩んだ浅はかな人物の末路は、蹂躙されて死亡すると言う最悪のものだったのだ。