アントラ帝国、皇帝カリム(2)
目の前にいるアントラ帝国皇帝カリムが何を言いたいのか、全く理解できていないキルハとナユラ。
<闇剣>のヨナに関してはその存在をあまり明らかにしていないので、ヨナの来訪が明らかになっている事に一瞬訝しんだのだが、<炎剣>と<水剣>と共に行動している事からそう判断したと強制的に納得する。
確かに以前この帝国に<六剣>の内の三人が来ていたことは事実であり、特に帝国に対して何か被害を与えるような事もしていなかったので、取り敢えず三人が帝国を訪れた事については肯定する事にした。
「そうですね。確かに三人は短い時間ですが貴国を訪問しています。見聞を広げるための旅の途中で立ち寄ったようですが。それがどうかしましたか?」
淀みなく答えるナユラに対して、カリムは少し考えるそぶりを見せる。
その姿が芝居じみていて、余計に警戒度合いが上がるキルハとナユラ。
「そうですか。実は、我が国の伯爵であるジーダフがこう言っていたのですよ。自分の身に何かあれば、<六剣>の来訪者を疑え……と。何故そのような事を突然伝えて来るのか不思議でしたが、事実<六剣>の三人が現れた頃にジーダフは行方不明になっている。何か申し開きはありますか?」
ジーダフと言えば、テスラムの情報によって明らかになった事がある。
そう、<六剣>の三人が異常な気配を察知しなくなった時と共に行方を眩ませた存在、つまり黒幕だ。
その男は、伯爵と言う立場を利用して<六剣>を嵌めたのだ。
今のこの時点でキルハとスミカはジーダフの真の目的もわからないし、そもそも皇帝であるカリムがどこまで真実を知っているのかも不明だ。
今更ながらテスラムの情報取集能力が及ばない時点で優位性の喪失を突きつけられた二人だが、嘆いていても仕方がない。
「成程。都合の良い言いがかりですね。皇帝であるあなたが、何の証拠も無しに他国に対してその暴挙とも言える発言を行う事が信じられません。何か後ろめたい事をしていて、その身を隠すための言い訳に<六剣>が使われているとしか思えませんが?」
当然毅然と対応するキルハ。
背後に控えている護衛の<六剣>配下の二人はより視線を厳しくして若干腰を落とし、最大の警戒をしているのが見て取れる。
「そうですか。ご存じない……と。フムフム。あなた方は魔王と和解し、フロキル王国と共に魔国アミストナと積極的に交流していると聞きます。その時点で、一部の人族からは大きな疑いを掛けられている事をご存じないわけではないと思いますが?」
ロイド一行が悪魔の中での本当の悪であるソレントスを滅した後、魔王領は改めてアミストナを国王とした国家、魔国アミストナの存在を世界に布告した。
と同時に、フロキル王国とリスド王国はこの魔国と積極的に交流すると宣言して、事実そのように行動している。
普通の人族にとってみれば長きに渡って悪魔は悪であると植え付けられているのだが、<無剣>と<六剣>の存在を公にする事で人々の不安を半ば強制的に拭い去ったのだ。
しかし、伝説とも言える<六剣>や<無剣>の恩恵を直接受けていない国家、そしてその力を目にしていない国家の中には未だに悪魔が悪であると言う認識が払拭できていない為に、その国家と交流しているフロキル王国とリスド王国に対してチャンスがあれば攻撃しようとしている国家がある事も事実。
今迄に悪魔の一部が魔族を従え、その魔族やその配下の魔獣が人族に害を与えていた事は事実なので、仕方がない部分もある。
今の所は<無剣>と<六剣>の力を目にしていない国家であったとしても、各剣が伝説と言われる程の剣である事は間違いないので、その力に恐れを抱いて表向きは極めて平和であるのだが……
その背景を当然理解しているキルハ国王。
この世界の国家が、今尚魔国アミストナに対して敵対するかのような意思を持っている事は知っている。
「あなた方も、魔国アミストナ否定派のようですね。態々呼び出して根も葉もない事を平然と口にする。我らが魔国アミストナと交易をし、貴重な素材を手に入れているのが不満ですか?」
自らも<六剣>配下によって得られた力による自信か、為政者として根も葉もない事を理由に糾弾された事に腹を立てたのか、ある意味敵陣のど真ん中であるにもかかわらずキルハの言葉は非常に強い表現になっている。
「……滅相もない。そのような事は一切思っておりません。ですが、キルハ殿もご理解いただけるかと思いますが、私は臣下を信頼しております。その臣下が行方不明になる前に伝えた言葉があり、そして実際に行方不明になっている。座して見ている訳には行かないのですよ」
こちらも負けじと応戦する皇帝カリムだが、不毛な会話を続けるつもりのないキルハはこの話題から別の話題に移行するように誘導する。
「これでは埒があきませんね。恐らくこのまま平行線でしょう。ところでカリム殿。貴国にはスライムをあまり見かけないようですが……あの魔獣は人に害はなく、廃棄物を処理するための益獣だと思っておりましたが、他の手法で衛生状態を維持しているのですか?」
「ええ。奴隷や低ランクの冒険者の仕事斡旋のために、スライムを排除しました。これも、有能な臣下であるジーダフ伯爵の進言によるものですよ」
カリムとしては嫌みを言ったつもりだが、受けたキルハは“やはり”と言う思いしかなかった。
「そうですか。確かに衛生面では問題なさそうですね。それで、今日のご用件は他にはありますでしょうか?」
「……いいえ。この件以外は特にありません」
皇帝カリムとしては、この場でキルハ国王の謝罪と賠償、そして<六剣>の身柄引き渡しまで引き出そうとしたのだが、これまでの会話でその目的はどうあっても達成できない事を理解した。
「では我らも暇ではありませんので、これで失礼させて頂きますよ」
「……キルハ殿。我らはジーダフ伯爵を信頼しており、その言葉を信じている。対してあなたはその非を一切認めようとしない。国家間での争いまで発展させたくないと思い最大限の配慮をしたのですが、我らの温情を無視した報いは受けて頂きますよ」
直接的な表現が多くなってきた皇帝カリム。
かなりの脅し文句であるが、キルハは表情を一切変える事は無かった。
「我らに非があるのであれば認めましょう。ですが、冤罪を認めるわけには行きませんので悪しからず。その程度、あなたでも理解できるでしょう?」
「あなたの考えは分かりましたよ、キルハ殿。残念です」
こうして手を上げると背後に控えていたアントラ帝国の騎士達が抜剣するのだが、キルハ国王は落ち着き払ってこう告げた。
「やはりそう来ましたね。正直私は無駄な殺生は好まない。あなた方にも家族がいるのでしょう?今回だけは見逃してあげましょう。では失礼しますよ」
その直後に、キルハ国王を始めとした一行が霞のように消え去ったのだ。
もちろんナユラは自ら持つ<光剣>の力で、他は同行していた騎士である<闇剣>配下のローレンスによるものだ。
目の前から攻撃対象が消えた皇帝カリム。
「流石は<六剣>、そう簡単ではないですね。ですが所詮は<六剣>、そしてその頂点たる<無剣>。国家を相手に七人でどうにかなるのでしょうか?お手並み拝見と行きましょう」
アントラ帝国は人族による魔王討伐に対して一切の助力を行わなかった国家であり、逆に魔獣、魔族の襲撃に対しても他国に助けを求める事は無かった。
これは、国家として魔族に対抗する力を持っていたからであり、自らよりも遥かに劣る国家に対して助力をするメリットが見いだせなかった事も有った。
そこに現れたのが、<六剣>所持者達だったのだ。
<六剣>達が現れなければ悪魔によって他国が疲弊した頃に悪魔を滅ぼし、ついでに支配領域を一気に広げようとしていた。
この愚行、ジーダフ伯爵の発案である事は言うまでもない……