アントラ帝国、皇帝カリム(1)
リスド王国に到着した<闇剣>ヨナと<無剣>ロイドは、即ナユラの元に向かった。
「ロイドさん、お姉ちゃん。本当に助かります。もうっ。テスラムさんはこっちの状況を把握しているのに、あんな言い方をして……」
可愛らしくプリプリ怒っているナユラ。もちろん本気ではないのだが……
少し前にテスラムが異常を察知したアントラ帝国に招待された事をナユラから相談された際、軽くあしらうような物言いをしたからだ。
もちろん最強の<無剣>ロイドと<闇剣>ヨナがリスド王国に向かう事を知っていた為、心配する事は何もないと理解していたからの発言だが、それを知らなかったナユラに取ってみれば一瞬ではあるが軽く見放されたように聞こえたのだろう。
テスラムも、気心が知れた仲間と認識しているナユラだから悪戯心であのような対応をしたのだ。
「ナユラ、落ち着く」
「ハハハ。ヨナの言う通りだ。軽い冗談だろ?」
「わかっていますよ。わかっていますけど……もうっ!テスラムさん!!聞いていますよね?このお詫びに、今度何か美味しい物をご馳走してくださいよ!」
『これは大変失礼いたしました。お任せください、ナユラ殿』
宥めるロイドとヨナと話をしつつ、スライムを通してテスラムにちゃっかりと詫びを要求するナユラだ。
誰もが本気で怒っているわけではないと理解しているので、微笑ましい一幕とも言える。
「それでは、早速出立しようと思います。面倒事は早く済ませたいので。私とナユラ。そして配下のフロウ(風)、ジョルド(炎)を同行させます。あまりに大人数ですと無駄な軋轢を生む可能性がありますから」
「何故かお忍びでと手紙にも書いてありますからね、お兄様。本当に怪しさ満点です。テスラムさん、向こうの状況、わかりませんか?」
『残念ですが。国家内部にスライムは入れましたが、皇居内部には未だに入れていないのです。警戒するにこしたことはありませんね。向こうに着いたら常にスライムの通信は行える状態にしておく方が良いでしょう』
あっけないが、さっさとナユラ王国を出立してアントラ帝国に向かうキルハ国王とナユラ、そして護衛と言う立ち位置の<六剣>配下の二人。
お忍びと言う形にはなるので、人族とはかけ離れた力に物を言わせて徒歩と言う名の疾走で行くようだ。
ヘイロンとスミカから聞いていた集落に短い時間だけではあるのだが立ち寄り、物資を供給してから再び疾走する四人。
本当は集落で一晩過ごしておきたい所ではあったのだが、急いでいるのには理由がある。
「お兄様、丁度良いかもしれませんね。向こうもまさかこれほど早く到着するとは思っていないでしょうから、この目で真実を見つける事が出来るかもしれません」
「でも、テスラムさんのスライムでも未だ異常がないのだからそう簡単ではないだろうけど、王城内部であればその可能性はある……か。ただ、即皇居内部に入れるかは疑問だね」
長距離をかなりの速さで疾走しているのに、普通に会話ができる所は流石<六剣>とその配下だ。
護衛の二人、<闇剣>配下のローレンスと<炎剣>配下のジョルドは二人の前後を失踪しており、進路上にいる魔獣は即排除し、後方の警戒も行っている。
目的地が視認できるところまできて、速度を緩める四人。
「初めは町の様子を確認したいから、皇居には行かないようにしよう」
キルハの一声で、先ずは入国後に町を散策する事にした四人。
騎士である二人も鎧などは装備しておらずに、冒険者と言っても問題ない風貌だ。
「……特に異常な気配は感じませんね」
以前は、ヘイロンとスミカ、そしてヨナまでが異常な気配があったと報告していたアントラ帝国。
そこに入国しても既に元凶である魔人のジーダフはいないのだから、気配を察知できるわけもなかった。
「安全なのは良い事だよ」
ナユラの呟きに、事情を知っているキルハは軽くおどけて見せたが、同様に全てを知っている<六剣>配下の騎士二人は少し前に自らの油断・慢心を指摘されたこともあって自らの主君を守るべく厳戒態勢だった。
こうして数日町で過ごしたのだが一般的な町並みがあり、普通に人々が生活し、残念ながらスラムもある……と言う程度で、大きな異常は認められなかった。
「テスラムさんからの報告で分かってはいましたが……これ以上町を見ても仕方がないですね。あまり時間をかけると、皇居内部も秘密を隠蔽されてしまうかもしれませんし、そろそろ頃合いではないですか?お兄様」
「そうだね。普通ならどんなに急いでもあと一週間は必要になるのだから、今が急襲…いや、訪問するには良いタイミングだろうね。じゃあ二人も良いかい?」
「「はっ」」
同行している騎士にも確認し、急襲と言う名の訪問をするために皇居に向かう四人。
もちろんお忍びでと言う先方からの指定があるので、特に小ぎれいな服装ではなく普段着だ。
皇居に着くと当然入り口の警備は非常に厳しくなっているのだが、門番がキルハを発見すると流石に国王であるキルハを知っているようで滞りなく謁見の間まで案内された。
「お兄様……特に何かを隠している様子はありませんでしたが、やはり怪しいですね」
「ひょっとしたら、少しだけ時を与え過ぎたのかもしれないね。でも……これで大丈夫」
テスラムから渡されていた小さなスライム。
既に透明になっており視認できないスライムをそっとこの場で開放するキルハ。
もちろん自分に付き従っているスライムとは別物だ。
皇居に入る際には魔獣の存在すらチェックされていたのだが、<光剣>の力を使ってその存在を完全に隠蔽して侵入していた。
そもそもこの時点でテスラムの眷属であるスライムを警戒している事は明らかで、何かしらの秘匿事項がこの皇居にはあると言っているような物だ。
「ようこそお越しくださいました。私がアントラ帝国のカリムです」
そこに、人のよさそうな見かけの男、皇帝であるカリムが入室してきた。
軽く挨拶を済ませて、隣接している部屋に移動して席に着く。
「それで、カリム殿。今日はどの様なご用件でしょうか?書状では伝えきれない用件のようで、気になっております」
国王としての威厳を保ちつつも、攻撃的ではないように気を付けながら話すキルハ。
「キルハ殿も手厳しいですね。もう少し話に花を咲かせても良いと思いますが?」
その言葉には一切反応しないキルハ、そして隣に座っているナユラを見て、カリムは諦めたように肩をすくめて口を開く。
その表情に変化はないが、視線だけは厳しくなっているのだ。
その様子から、やはりこの皇帝は見かけ通りではなく油断できない人物であるとキルハ達は確信していた。
「では、既にこの世界中で明らかになっている事ですが、今更ながら確認です。ナユラ王女、いいえ、ナユラ元王女があの伝説の<六剣>の内の一振り、<光剣>所持者である事は間違いないですね?」
皇帝カリムの言う通り、既に世界中に明らかになってしまっているので隠す必要はないと判断している二人は首肯する。
「ありがとうございます。それで、あなた方のお仲間である<炎剣>と<水剣>、そして<闇剣>のお三方が、少し前に我がアントラ帝国にお越しいただいた……これも間違いないですね?」
何が言いたいのか理解できないキルハとナユラ。
しかし、油断ならない相手として慎重に行動するべきと自分を戒めていた。