<光剣>のナユラ(2)
鍛錬を怠っていない<六剣>配下の騎士達に、油断があると明確に言い切ってみせたナユラ。
騎士だけではなく、兄であり国王でもあるキルハも驚いている。
<六剣>配下にも魔神の話はしているのだが、今の時点で少々の違和感を<六剣>が感じ取っている事は伝えていない。
もちろん国王であるキルハは立場上知る必要があるだろうという事で、ロイドやユリナス、そしてテスラムの判断で事実を伝えられている。
そのキルハでも、騎士達が決して油断しているとは思えなかったのだ。
そんなキルハや騎士達の態度を見て、ナユラは美しい顔の眉間の皺を深めながら話を続ける。
「皆さんが研鑽し続けている事は評価できます。しかし、何故全員同時に訓練しているのですか?この時、この瞬間に王都の外周、ここから最も遠い場所に異変があった場合、全員がここにいて即座に対応できるのですか?」
ここまで言われて、漸くナユラの言わんとしている事を理解した。
彼らの表情の変化で言わんとしている事が理解されたと判断したナユラだが、話はまだ止まらない。
「そしてもう一つ。鍛錬、目の前の仮想の敵との戦闘に意識が全て向き、誰一人として私の存在を認識していなかったようです。これを油断と言わずして何と言うのでしょうか?実戦で目の前の敵一人にだけ意識を向ければ良いのですか?」
ここにいる<六剣>配下は、騎士の中でも相当意識が高い者達が選別されている。
その結果ナユラの指摘に己を恥じ、そして適切な指摘をくれたナユラに対して最大限の敬意を表し、まるで訓練していたかのように揃って跪いだのだ。
「ご理解いただけたようですね。良いですか?貴方達は誇り高い騎士。その誇りを持って、本当の鍛錬を行ってください。それと……一部がスラム化し始めている件。早急に対処をお願いしますよ」
最後の最後で、最大の指摘を受けた騎士達。
通常業務の中で、王都の警備と言うものがある。
王都の治安を適切に維持するべく、王都を隈なく視察して安全を確認するのだ。
その為に、ナユラの指摘通りスラムができかかっているのであれば当然事前に食い止める必要があるのだが、誰一人としてその状況を把握できていなかったのだ。
改めて深く頭を下げる、<六剣>配下の騎士達。
配下でない騎士の元に向かって行き訓練の時間や組み合わせを再度検討しているようで、程なくして王都の厳しい警備は復活するだろう。
「一先ずはこれでよさそうですね」
「申し訳ない。ナユラに指摘されるまでどこに不備があるのか分からなかった。国王としてまだまだだ」
ここに<光剣>のナユラが来ていなければスラムは巨大化し、場合によってはその力を得た魔人には地下に潜られてスラムと共にその存在が隠されていたかもしれない。
そうなると継続して魔人の力が増幅する事になるのだが、ナユラがこの国に来ただけでその悪夢は霧散する事になった。
暫くは、リスト王国に滞在しているナユラ。
もちろん自らも王都内を隈なく調査し、暇を見つけては騎士の鍛錬を視察している。
ナユラの指摘通りに騎士の訓練は時間をずらして行われるようになっており、訓練を行っていない騎士は王都の警備に散っている。
その日の夜……
「ナユラ。指摘のあったスラムも無くなり、安定したと思う。今の所異常は見られないと言う事で良いのかな?」
「そうですね。ですが、私は特に<探索>が得意ではありませんから確実な事は言えませんが、恐らく大丈夫でしょう」
和やかな雰囲気の中、食事が進む。
「ですが、いつ何があるか分かりませんし、実際に他の<六剣>が不穏な気配を察知したのですから、その件が解決しない限り基本的にはこの国に滞在する事になると思います。お兄様も、無駄な外出は極力控えて下さいね」
「だが、国王として他国から招待を受けてしまうと断れない事も有る。その場合は……<六剣>配下の騎士を半分連れて行こうかと思っているのだが、ナユラはどうする?」
「えっ?どこかから招待が来ているのですか?」
「ああ。アントラ帝国からね」
そう言って、手紙を見せるキルハ。
アントラ帝国と言えば、貴族が行方不明になった瞬間に異常な気配を察知できなくなった国家だ。
少し前にヘイロンとスミカ、更にはヨナまで追加で現地に入って調査を行い、止めにスライムの力を使っても何の情報も得られなかった国家。
この手紙自体も恐らくスライムの影響のない所で書かれたのだろうか、テスラムの情報網には引っかかっていなかったのでナユラにもこの件についての情報は連絡されていなかった。
「それで……どのような用件で……」
読み進める内に、ナユラは首を傾ける。
ぜひ来てほしいと懇願しているような文書であるのだが、その理由が一切書かれていないのだ。
「お兄様。これはちょっと……」
異常が起きた場所。そして原因であろう貴族の失踪。そんな国家に理由もなく呼ばれているキルハ国王。
ナユラが素直に訪問を了承できないのも仕方がない。
「でもナユラ。あの国の誘いを無下にすると少し厄介だ。あの国は何故か周辺国に影響力があるからね。へそを曲げられると、リスド王国が脅かされる事態になるかもしれない。いや、戦力的な面や経済的な面ではなく、国交と言う面でね」
力では圧倒的に<六剣>配下が多数いるリスド王国、そして同じく配下とそもそも<六剣>や<無剣>がいるフロキル王国が圧倒的に強国になっているのだが、国家運営とは力が全てではないのだ。
元王族としてその程度の知識はあるナユラ。
自分だけでは判断できないと思い、スライムを通して仲間の意見を募った。
『テスラムさん。皆さん。この件……どう思いますか?』
『ナユラ殿。どう考えても何かしら裏があるでしょう。それを知るために誘いに乗るのも一興かもしれませんな』
テスラムは、あまり危機感がなさそうな返事だ。
『でもテスラムさん。私が同行した場合<六剣>配下は残りますが、強大な敵がこのリスド王国に来てしまった場合の対処が……』
『もちろん対策する必要があるでしょう。ロイド様』
ここでテスラムから、何故かロイドの名前が出てきた。
『ナユラ。俺とヨナ、実はリスド王国に向かっているんだよ。丁度良かったな。俺達がナユラの不在をカバーするから、何だったら<六剣>配下を全員連れて行っても良いぞ』
『うん。任せて』
テスラムであればロイド達の向かう先がどこか等理解する事は容易いので、丁度ナユラの悩みが解決できると知っていたのだ。
『ロイドさん、お姉ちゃん、助かります。ありがとうございます』
その会話を、同じくスライムを通して聴いていたキルハは、ナユラと共にアントラ帝国に向かう事を決意した。