<闇剣>ヨナ
昼になり、周辺の屋台で肉を買って食べる事にしたスミカとヘイロン。
購入のついでに世間話を繰り広げ、情報を得ようとしていたのだ。
「親父、今そこに並んでいる肉、焼いて全部くれ」
「毎度!随分と気前が良いじゃねーか、兄ちゃん。見た感じ……冒険者か。大物でも仕留めて懐に余裕があるのか?」
大量に購入すれば、主人の口も滑らかになるだろうと思って一気に購入する事にしたヘイロン。
そもそもスミカがいればこの程度の量の肉はあっという間になくなるし、<探索>で感知している範囲に既にヨナが入り込んでいるので、ヨナの昼食にもなると思っていたのだ。
主人の機嫌が良くなった事を確認したヘイロンは、直接的な表現ではなく間接的に情報を集める事にした。
この得体のしれない雰囲気を察知している以上は慎重に行動する必要がある為、冒険者時代に培った経験を元に行動している。
「まぁ、そんな所だが……実は俺の拠点はここじゃねーんだ。少し足を延ばそうと思って来たんだが、随分と奇麗な町だな」
「そうか?俺はこの町しか知らないから何とも言えないが。確かにゴミは見当たらないよな」
「あぁ。正直驚いた。俺が拠点としていた場所では、道端のゴミはスライムが片付けていたんだがな」
「……そう言えば……少し前まではスライムがいた気がする。いや、いたな。あいつら、どこに行ったんだ?」
この時点で、何が原因かは不明だが、通常どの町にも存在するスライムが排除された事だけは確定した。
その会話の最中、スライムの代わりに奴隷と思われる人々が町の清掃をしていたのだ。
「ひょっとすると、あいつらに仕事を与えるためにスライムをいなくしたのかもしれないな。スライムと言っても一応は魔獣だからな」
屋台の主人は思った事をそのまま口にしながらも、肉を焼き続けている。
「そうか。そのスライム、何時頃いなくなったんだ?」
「う~ん。スライムの存在自体を意識してないから、正直分からないな。半年程度は前?いや、スマン。分からない」
そう言って肉を大量に渡されたヘイロン。
少し多めに支払いをすると、店主の機嫌はさらに良くなる。
その姿を確認して、ヘイロンは言い辛いであろう情報を聞き取る事にした。
「俺達はどれくらいになるかは分からないが、ここで活動する事にしている。だが、国が安定していないと依頼以外に気を遣う必要があるだろう?その辺りを教えてくれないか?」
盗賊に襲われた時も、これ位の態度であれば無事に交渉できたかもしれないのに……と、横にいるスミカが思っていたのは秘密。
「う~ん。俺達からしてみれば治安関連で身の危険を感じた事は無いな。だが、最近無駄に税が上がった所だけは納得できない。っと、秘密にしてくれよ。それで、兄ちゃん達も依頼を達成した際の報酬、ひょっとしたら税の上昇で渡される金額が低いと感じるかもしれないな」
本来、治安は安定していないはずの国家なのだが、この国の住民に対して非常識な行いをするようなことはないらしく安定しているように見えるらしい。
そして・・・確かにここの肉は、フロキル王国に比べてかなり高かった。
地域によっては魔獣の存在や冒険者の質によって肉を仕入れ辛い事もあるので、そんなものかと思っていたのだが……この話を聞く限りでは、税の上昇によるものだという事を理解したスミカとヘイロン。
「成程な。助かったぜ親父。俺達も報酬を受け取るときに金額が少なければショックを受ける所だった。事前に知っていれば、そんなもんだと思えるからな」
「ハハハ。まっ、無理すんなよ!」
ここで会話を終了して、少し離れた広場に座って肉をかじる二人。
「もうすぐ着くぜ」
「お姉ちゃんに会えるのも久しぶり。楽しみです」
二人共ヨナの位置は把握しており、近くにまで来ている事は分かっている。
当然ヨナも二人の気配は感じ取っているので迷う事なく宿ではなく、二人の所に近づいているのだが、街中である為に姿だけは別の人物に見えるようにしている程度で、一般人と同じ速度で近づいている。
『お姉ちゃん!態々ありがとう!』
『嬢。悪かったな』
『問題ない。スミカも久しぶり!』
合流したヨナは、スミカから肉を貰って口にしつつもスライムを使って話をする。
万が一の情報漏洩を防ぐためで、当然ヨナの本名は言わないし会話も断片的だ。
『嬢も感じたか?』
『理解した。確かに感じた。今も』
『そうですよね。どうしましょうか?』
第三者が見たら、三人が座って黙々と肉を食べているようにしか見えない。
『先ずは、私が行動する』
そんな中、本来の目的である情報収集のために、その能力に長けたヨナが行動する事を宣言する。
残りの二人も異存はないので、その間は適当に冒険者としての依頼を受けつつ出来る範囲で情報を得る事にした。
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「フン。マドレナスから聞いていた<水>と<炎>だけでなく、<闇>まで来たか。ここで俺の存在が明らかになると厄介だ。クソ。この町全体に負の感情が行き渡れば、俺の力は劇的に変化したのに‥‥…忌々しい<六剣>!」
集落の傍でスミカとヘイロンを認識していた存在は、どうやら名前をマドレナスと言うらしい。
その存在から情報を得ていたと言っているこの男も、仲間なのだろう。
同じように負の感情を得る事で力を増幅出来る存在の様だ。
実は<六剣>が察知した異常はこの男の力によるもので、人為的に増幅された負の感情、そしてその力を得ているこの男の力を感じ取ったものだ。
もちろんこの男、名をジーダフと言うのだが、その力を秘匿するべく外部に漏れないように抑え込んでいた状態ではあるのだが、<六剣>の力によって何となくとは言え察知されてしまっていた。
そして、<隠密>に最も長けている<闇剣>までもがこの場に来てしまっては自らの存在が公になってしまうのは時間の問題と考えて、迷う事なく撤退する事を決意していた。
各<六剣>の情報をなぜ知っているのかと言うと……使い捨てになっていた悪魔であるソレントスの情報を仕入れていたからだ。
もちろん魔神からの指示によって……
その結果、負の感情を得るための行動を察知されないように、強制的に<風剣>テスラムの眷属であるスライムを町から排除したのもこの男、ジーダフによるものだ。
そう、このジーダフと集落の近くで力を蓄えていた者であるマドレナスは魔神の眷属であり、魔人だったのだ。
「癪だが撤退か。ンムリドにも伝えておくか」
どうやらもう一人、魔人の仲間がいる様だ。
その呟きの直後、悪魔であるソレントスが手も足も出ずに敗北した事を知っている魔人は迷う事無く即座に撤退した。
何とも言えない異常を感知していた<六剣>所持者の三人は、その原因が撤退した事にまでは気が付かずに、調査を開始するのだった。
当然、原因が掴めるわけもなく……いつの間にか感じ取っていた異常な気配も感じなくなってしまったのだ。