別れとアントラ帝国
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。本当にありがとうございました」
初日に、僅かな木の実ではあるが自分の最後の食糧全てを報酬に差し出して母のために薬を得ようとした少女アリサが、堅牢になった門でスミカとヘイロンに寂しそうに微笑みながら挨拶をしている。
彼女の後ろには、その母であるクリーナや集落の人々が全員見送りに来ているのだ。
「お二人が来ていただけなければ、この集落は今頃誰も生きてはいなかったでしょう。それをこんなに立派に……本当にありがとうございます。私達は恩人であるあなた方をいつでも歓迎させて頂きます。ありがとうございました!」
クリーナの言葉と共に、全員がスミカとヘイロンに深く頭を下げる。
「えっと……たいした事はしていませんが。でも、また遊びに来ますね!」
「お前ら、鍛錬さぼるんじゃねーぞ?次に来た時に腕が鈍っていたら、修行の難易度を上げるからな!」
こうしてスミカとヘイロンは後ろ髪をひかれつつも、集落を後にした。
「ヘイロンさん。いっつもテスラムさんに言われている事、ここぞとばかりに言わなくても良いんですよ?」
「良いじゃねーかよ。ちょっとした気合を入れてやったんだよ」
ほんの少しだけ寂しい気持ちで進んでいる二人。
当然スライムが集落の中に多数存在しており彼らの情報は何時でも掴む事が出来ているので、悲壮感はない。
全ての情報を共有している<六剣>達。
フロキル王国のキュロス国王や、リスド王国のキルハ国王にも連絡済みで、今後は長距離移動の際にはこの集落を宿泊場として利用する事を決定していた。
もちろん、城下町で手にする事が出来る多少高級な服飾品、消耗品を持ち込んで宿泊代の一部に充てる事にしていたのだ。
憂いの無くなった二人は、朝も早くから移動していた。
「スミカ、漸く到着しそうだぜ!」
「結構あの集落で時間を使っちゃいましたからね。到着したら、最初に目的である……誰でしたっけ?元ギルドの受付の人の状態を確認しちゃいましょう!」
一応の目的としては他の国々をその目で見て見分を広げると言う事なのだが、ギルドの受付をしていた性悪のサフィと言う女のその後を確認する事も予定していた。
スミカにとってみればその名前は覚える価値のない程の人物であるので、直ぐには名前が出てこなかったのだ。
「サフィだよ!お前は、いっつも菓子ばっかりに夢中になってるから、物忘れが激しーんじゃねーか」
「む~。そんな事は無いですよ~だ。ただ単に興味のない人だっただけですよ。その証拠に、アリサちゃんやクリーナさんはきちんと覚えていますからね!」
そして二人は、アントラ帝国に足を踏み入れると、何となく背中が少々むず痒くなる感覚を覚えた。
「スミカ……」
「少し警戒する必要があるかもしれませんね、ヘイロンさん」
二人は油断なく周囲を警戒しつつも、先ずは宿を探す。
その道中にやはり異変が起こっている事に気が付いたので、朝も早い段階ではあるものの町の散策を行う事はせずに、すかさず宿の中でテスラムに連絡を取る。
もちろんその話は、他のメンバーももれなく聞いている。
『テスラムさん。アントラ帝国に入ったが、なんだか異常だぜ。スライムが一匹も見当たらねー。治安は悪くはなさそうに見えるが……』
ヘイロンのこの言葉だけで全てを理解したテスラム。
そう、この町の中にはスライムを視認する事が一切なかったのだ。
テスラムも、ヘイロンから聞いてその状態を認識した。
普段から全ての国家に対して情報収取を行っているわけではなく、最近は世界が安定している事からも、特定の場所だけを定期的に情報収取するに留めていたのだ。
『確かに……まさかとは思いますが、私の眷属に関する情報が洩れて対策を取られた可能性も捨てきれません。町の方針として最弱とは言え魔獣を入れない事とした可能性も捨てきれませんが』
考え込むようなテスラムに続いて、騎士道精神に溢れる<土剣>のアルフォナが口を挟む。
『しかし治安が良いのであれば問題ないのではないか?騎士道精神に溢れた騎士達の弛まぬ努力の結晶だとすれば、正に国家の鑑!』
しかし、悩む暇もない程素早くヘイロンとスミカに否定された。
『いや、アルフォナ。残念だがそう言う訳じゃなさそうだぜ。俺もスミカも町に入った瞬間に何となく違和感を覚えた』
『そうなんですよ。私達二人揃って同じ感覚に同じタイミングでなんて、おかしくないですか?』
<六剣>の二人が揃って言う事なので、何かある事だけは疑いようがない。
しかし、テスラムのスライムによる情報収集ができないために、現時点の情報共有以外の話は出来ないのだ。
『何かあると思い<探索>を強めに使ったんだが……サフィが奴隷としてこき使われているのは直ぐに見つかったが、その他の異常は見当たらなかったぜ。とりあえず今日は冒険者ギルドとサフィが働いている所にでも行って、直接様子を見てくる事にしようと思う。スミカもそれで良いだろ?』
『はい。慎重に行きましょう。もし……情報収集が必要になった場合は、お姉ちゃんの助けが必要になるかもしれません』
悪魔と対峙した時は直接的な戦闘が殆どだったのだが、今回は何と言えない悍ましい感覚に襲われているので、いつも明るいスミカも真剣な表情だ。
更には隔絶した力を持つ<六剣>所持者でありながら、他の<六剣>である<隠密>に長けている<闇剣>のヨナの助力が必要になるかもしれないとまで言っている。
この時点で、現場にいるスミカとヘイロンがただならぬ雰囲気を感じ取っていると理解した他の<六剣>達。
ありえない事だとは思っているのだが、本当に万が一に備えて急遽<闇剣>所持者であるヨナを派遣する事にした。
『スミカ。半日程度、今日の夕方には到着する。待っていて』
『お姉ちゃん!待ってます』
『悪りーな、嬢。俺は、気配は分かっても情報収集は得意じゃねーからな。なんだかこの国、ひと悶着ありそうだぜ』
<六剣>の力を全力で使えば、かなりの距離があったとしても大した時間を必要とせずに到着する事が出来る。
時間の関係で、残念ながら集落には立ち寄らずに一気にアントラ帝国に向かうヨナ。
宣言通りに半日もかからずに、一気に二人の待つ宿まで到着する事が出来るのだ。
その間、スミカとヘイロンは冒険者ギルドに向かいつつも、その目で町の状況を確認していた。
「見た感じ……異常はねーんだよな」
「確かにそうですね。でも、やっぱり変な雰囲気は感じたままです」
冒険者ギルドに入っても、他のギルドと同じように依頼書を見つつどの依頼を受けるか検討している冒険者。
やる気がなさそうに朝から酒を飲んでいる冒険者。
異常な事象は一切見つける事が出来なかったのだ。
<探索>を使って異常が見つけられない以上、その目で簡単にはこの悍ましい雰囲気の原因を掴む事は出来ないとはわかっているスミカとヘイロンだ。
またもや新しいコロナが
何もなければ良いのですが