集落の改善
怪我や病気で寝ていた者は既に全員回復させているスミカ。
この程度の集落であれば、テスラムに術の起動や強さについてケチをつける隙を見せない程の練度で実行する事が出来る。
当然あちこちの家から喜びの声や驚きの声が上がっているのが聞こえているし、ヘイロンのいる場所からは、楽しそうに解体作業を行っている声も聞こえる。
既に自分の担当である集落の回復は終わっているので、目の前の母娘を少し二人にさせてあげたい気持ちもあり、ヘイロンのいる場所にそっと移動するスミカ。
「ヘイロンさん。業務完了ですよ!」
「おう。お疲れ。良かったな」
既に解体や肉を焼く作業は住民に任せているヘイロンの元に到着したスミカ。
態々言わずとも集落の状況程度ヘイロンは把握しているのだが、取り敢えず会話は進む。
「この短い時間で、俺も少しは受け入れられたようだぜ。集落について情報を得る事が出来た。その結果だがな……あのレベルの魔獣は今まで見た事がねーんだと。まっ、当たり前だな。見た事が有ったら、集落の人々は既に死んでいるだろうからな」
「そうですね。でも、どう言う事ですか?まさか・・・・・・」
スミカ達<六剣>所持者は、<六剣>の生い立ちを知っている。
そもそも、神と魔神の闘いの一端がこの星にも持ち込まれ、魔神の力に抗うためにこの星の神がその身を<六剣>に変えたのだ。
その結果、魔神の手先とされていた悪魔との戦闘になり……最終的には本当の悪とされる悪魔である一体のソレントスは始末され、残りの悪魔と人族は徐々に互いの交流を深めている。
つまり、この星での神々の代理戦争は魔神の完全敗北という事になっているので、今の所は何もなく落ち着いているこの星。
しかし、何時魔神が再びこの星にちょっかいを出して来るかは分からない……と、初代<無剣>に仕えていた悪魔のテスラム、そして<無剣>を継承しているロイドや、先代<無剣>所持者のユリナスも言っているのだ。
そもそも争っている巨大な力を持つ二神、神と魔神が<六剣>のあるこの世界に直接干渉する事はできない。
そんな事をすればその隙に他の世界を乗っ取られる事になる上、その存在はあまりにも強大である為に自然の理によって制限されているのだ。
つまり、最大戦力である神同士、今回で言えば魔神が神の若干の隙をついて何かをしてくる可能性もあるのだが、本格的にこの世界だけを攻略してくると言った事はできない状況にある。
そこまで詳しくは理解できない<六剣>所持者達だが、仮に魔神によるこの世界に対してのテコ入れがあるとしても今すぐではないし、永遠に起こらないと言う事も有り得るが、逆に直ぐ起きる可能性もあるし、もう既に手を打たれているかもしれない。
一般の人々では知り得る事の出来ない知識を得ている<六剣>所持者達は、そう言ったわけで少しの異変でも過敏に反応するようになってしまっていた。
「心配すんな、スミカ。今の所そんな兆候は見られねーよ。偶然だろ?逆に集落の食糧事情が一時的とはいえ改善したんだ。良い事じゃねーか」
「そうですね。ちょっと神経質になりすぎていたのかもしれませんね」
最も周囲の状況把握能力が高い<探索>の力を持つ<炎剣>のヘイロンがそう言うのだから、事実なのだろうと納得するスミカ。
そんな集落のはるか上空から、今の状況を見下ろしている存在がいる。
あまりにも小さな虫獣。
その存在はヘイロン達に害意はなく、存在自体も極めて小さい。
その上、一般的に脅威となり得る魔獣が生息できる限界を遥かに超えた位置にいる為、<炎剣>のヘイロンの<探索>に引っかからなかったのだ。
高高度に敵となる物が存在しないと言う固定概念によってヘイロンは<探索>の範囲を狭めており、更には完全防御の膜を張っていた事も有って、この虫獣は完全に見逃されていた。
その虫獣には攻撃力があろうはずもなく、暫くするとこの場を去っていく。
もちろんはるか上空であるが故、テスラムの眷属であるスライムによる情報収集網にもかからない。
その虫獣・・・・・・暫く飛ぶと、山の中腹にある岩の隙間に入り込む。
「ふん。<炎>と<水>か。今の私では二人相手にするのは不可能だな。まだまだ力を得なくては。だが、あの集落での負のエネルギーを得られなくなったのは痛手だ。やってくれるな、<六剣>!」
その虫獣から得た映像を見て、謎の男が不敵に笑っていた。
その頃、既に全員の回復が済んで食事の準備も万端になったので、既にヘイロンとスミカによって回復され食事まで準備できたことを知っている集落の人々は二人を大歓迎して食事会が始まった。
「ありがとうございます。何とお礼を言って良いのか・・・・・・もうこの集落はダメだと思っていました。若手もいなくなり、残った者は食事もままならず・・・・・・」
この集落には、戦闘時に力になれそうな男が殆ど存在していなかった。
スミカが助けた娘の父親も、魔獣と相対して死亡したようなのだ。
集落の人々曰く、若手の男のほぼ全ては魔獣を発見して対応しようとしたのだが、力及ばずこの世を去った・・・・・・との事らしい。
この集落の状況を考えればそれだけの被害で済んでいたのが奇跡と言えるだろうが、実際は謎の男によって調整されていた事を誰も知らない。
ここまでこの集落に関して首を突っ込んでしまったヘイロンとスミカ。
当初の目的地であるアントラ帝国に向かう事を一旦中止し、人々が生活できるだけの基盤を作る事に方針を変更した。
やらなくてはいけない事は多々あるのだが、自給自足できる環境、そして外敵対策の二つに絞って行動する事にした。
もちろんこの決定に至るまでには、テスラムの助言も含まれている。
久しぶりの大量の食糧と身内に体調不良の者がいなくなったことによる喜びからか、その日の食事会は夜遅くまで続いていた。
そして翌朝。
「おはようございます。ヘイロン様、スミカ様」
「おはようございます、皆さん」
「う~い。おはよ」
未だ眠たそうなヘイロンと、既に起きて集落を散歩しつつもその目で安全の確認をしていたスミカに対して、人々が笑顔で近づいていた。
今後の作業については、生活環境改善のために行う必須事項である事を昨晩の内に説明しているので、全員がやる気に満ちている。
但し、働き盛りの男が少ない事が残念な所ではあるのだが、その分ヘイロンとスミカがカバーする事にしていた。
身の安全、食糧確保に向けた作業なのだが、追加で万が一怪我を負った場合の対処も行われる事になった。
この集落は森の奥深くに存在しており、逆に言うと自然の素材の宝庫だったため、薬草も近くで大量に自生していた。
その辺りの知識は、言うまでもなくテスラムの助言によるものだ。
こうして集落は、数か月を要してしまったのだが……堅牢な防壁、そしてスミカが拾っていた高級な武具を使用した鍛錬を終え、周辺の魔獣であれば問題なく討伐できるだけの戦力も得る事ができ、畑も整備し、更には薬草を加工して回復薬を得る事まで出来るようになっていた。
「そろそろ……だな」
「そうですね。なんだか寂しくなりますけど、仕方がないですね」
目的を達成したヘイロンとスミカは、この集落を後にして本来の目的地であるアントラ帝国に向かう事にしたのだ。