道中の集落にて(2)
覇気がない人々が何とか生活している集落の空き家の中で話は進み、結果的に暫くこの集落に留まる事になった二人。
「急ぐ旅でもねーしな。これも経験だ……丁度良い。ちょっと出て来るぜ」
「人助けにもなりますからね。頑張りましょう!行ってらっしゃい」
大型魔獣の気配を察知していた二人。
丁度良い食料になると思い、攻撃力の高い<炎剣>のヘイロンが狩りに出る事にした。
「怪我人がいるのも、恐らく魔獣の襲撃による被害でしょうね。夜も遅いですし、致命傷の方はいなさそうですから……事情を話して明日の朝、治させて頂いた方が良いでしょうか……」
少し悲しそうに一人呟くスミカ。
周囲の気配には常に気を付けており、早くもこの集落から遠く離れた位置で既にヘイロンが魔獣を仕留めて戻ってくるのも把握できている。
「戻ったぜ。こいつなら一月は持ちこたえられるだろ」
大型であったが故に、この集落であればひと月分の食糧になり得ると判断したヘイロン。
だが逆に、これほどの魔獣に襲われては集落全員が殺されてしまう可能性も高い。
そう考えると、今まで辛うじて命を繋いでいたのは奇跡と言っても良い状態だったのだ。
……コンコン……
「どうぞ。入ってきてください」
ヘイロンの言葉が丁度終わる頃、集落に住む人の来訪を把握していたスミカは意識して優しい声を出す。
ヘイロンは悲しいながらも自分が初見の人からは恐れられると理解しているので、既に扉からは真逆の位置に移動している。
「あの……お姉ちゃんとおじちゃん」
「グハッ……シクシク」
扉を開けたのは、未だ幼い少女。
その少女におじちゃんと呼ばれて、何故かダメージを受けたヘイロンを無視してスミカは話の続きを促す。
そうは言っても、この少女が言いたい事は二つしか思い浮かばない。
この少女が出てきた家の中には、横になっている女性がいる事を把握している。
恐らくその女性の回復に関する話か、食料の話か……。
「どうしたのかな?」
「えっと、お姉ちゃん達は遠くから来たんでしょ?だから、長旅にはお薬を持っていると思うの。そのお薬、少しで良いのでこれで分けて頂けませんか?」
少女の小さな手の中にある物は、少量の木の実。
恐らくこの集落では貴重な食料だ。
そもそも少女自身も痩せており、空腹に耐えているのだろう事は誰の目から見ても容易に想像できる。
思わず目頭が熱くなり、目の前の少女を抱きしめてしまうスミカ。
「大丈夫よ。お姉ちゃんに任せて!それに、あそこのお兄ちゃんも色々してくれるわよ。本当に頼りになるんだから!」
ヘイロンがその見た目と口調とは裏腹に情に熱く、とても優しいと知っているスミカは淀みなくヘイロンに対しての感想を口にする事が出来る。
その話を聞いて、照れつつも少女に怖がられないかと少々怯えているヘイロン。
その内容が事実かどうかまで把握できるような年齢ではないので、スミカの何とかしてくれると言う言葉を聞いて安堵からか泣き出してしまう少女。
「スミカ。これは……明日の朝までは待ってられねーぞ。丁度こいつも手に入ったし、一肌脱ごうぜ!」
「流石はヘイロンさん。賛成です!」
既に日が落ち始めているのでこの集落では何もする事、いや、できる事が無く、ほぼ全員が空腹に耐えている為に無駄に動く事を嫌って横になっている。
明朝食事を振舞って人々の傷や病を癒そうと思っていた二人だが、そうは言っていられないと気持ちを切り替えた。
「じゃあスミカ。俺は集落を覆う防御膜と、明かり、それと食料を焼く炎を担当するぜ。スミカは回復に全力を使ってくれ。そうそう、急にこの肉を食って体調が悪くなった人の対処も頼むぜ!」
「任せて下さい、ヘイロンさん」
泣き続ける少女を抱きしめながらも、動き始める二人。
今の所集落周辺に魔獣は存在していなかったのだが、これ以上闇が深くなれば恐らく活発に活動を行う夜行性の魔獣の襲撃の可能性も捨てきれない。
ヘイロンは、<炎剣>の力によって難なく集落を囲うように魔法による防御膜を作成した。
同時並行で、さして広くない集落の中央部の空中に爛々と燃え盛る球体を発現させて維持している。
集落の人々は突然明るくなった事を訝しんで、動ける者は家の外に出てきている。
そこに、ヘイロンの大声が響く。
「良く聞いてくれ。これから怪我をしている者、体調不良の者達を全て癒す。それと、狩ったばかりのこの魔獣、食料として提供する。動ける奴は準備を手伝ってくれ!」
実際はヘイロン一人で難なく処理できる食料の準備だが、共に行動する事で信頼を得られるはずだと言うテスラムの助言によって、集落の人々と共に準備する事にした。
多少体力が奪われる程度は、目の前の食糧を見れば問題ないと判断されたのだ。
実際にヘイロンが収納袋から巨大な魔獣を出して叫んでいるので、その魔獣の姿を視認した人々は怯えてしまったのだが、ヘイロンがその魔獣の上に飛び乗って解体を始めた事から恐る恐る近づいていた。
一方のスミカ。
未だ泣いている少女を抱き上げて、少女の母の元に向かう。
もちろん案内等されなくとも場所は把握しているので、泣いている少女に何かを聞く事は無い。
「こんばんは。あけますね」
取り敢えず一声かけ、少女の家の扉を開ける。
一部屋しかない家である為に、扉を開けると少女の母親が布団の上で横になっている。
ヘイロンの魔法のおかげで、まるで昼間のような明るさになっている集落。
漸く自分の家にいる事に気が付いた少女を下ろすと、少女は母親の傍に急いで近づいて行った。
「お姉ちゃん。お母さんを……お願いします」
涙目でスミカを見つめる少女。
「えっと……もう治っているわよ。もう少ししたらお兄ちゃんの方で食事の準備が終わるから、一緒に行きましょう?」
少女にはスミカが何かをしたようには一切見えなかった為、驚いて母親が寝ている後ろを振り向く。
「アリサ!」
すると、布団から起き上がっていた母親であるクリーナによって抱きしめられた。
突然の出来事に一瞬反応が出来なかった少女だが、漸くスミカの言っている事が事実だと気が付いて母親を抱きしめつつ大泣きしてしまう。
自分の体は自分が最も良く理解できているアリサの母親であるクリーナ。
この集落から移動する事も出来ずに最早命が消えるのを待つだけだと覚悟していたのだが、どうしてもアリサが心残りで、やりきれない気持ちでいっぱいだった。
その状態の自分自身をここまで一瞬で回復させてくれたのは目の前にいる女性である事位は理解できるのだが、今はアリサと互いの無事を喜んでいた。
スミカも、そんな二人を本当に優しい目で見つめている。