道中の集落にて(1)
「ふぃ~。のんびり移動する旅も悪くねーな。<六剣>のおかげで一切疲れねーし」
「そうですね。今までは修行修行、そして復興と忙しかったですからね。こうして初めての場所の景色を楽しむ……最高ですよね」
流石にお菓子は一旦終了したスミカ。
再びヘイロンと共に、仲良くアントラ帝国方面に進んでいる。
あの盗賊との交渉騒ぎから時は経っており、歩いている道も泥濘があるような足場の悪い状態となっているのだが、どこも汚れずに疲れた素振りすら見せないままスタスタと歩く二人。
「今日の泊りはどうすっかな~」
「そうですね。もう少し歩いて何もなければ、ヘイロンさんから順番でどうですか?」
この順番とは、テスラムの指示によって<六剣>の力を使う修行を兼ねての行動となるのだが、それぞれの基礎属性である<炎>と<水>の力を使って終始広めに防壁を張って、就寝中維持し続けると言うものだ。
こうすれば、野宿でも安全に過ごす事が出来る。
しかし、意識の無い就寝中も術の維持をする必要があるので、かなり難易度は高い。
仮に失敗しても、そもそも<六剣>の力を持つ二人が敵に遅れをとるような事はないのだが、テスラムの指示とあってはやらざるを得ないのだ。
「わかった。仕方がね~。今日は交渉失敗と言う醜態を見せちまったからな。俺からで構わねーぞ」
未だヘイロンは、盗賊に対して交渉が上手く行かなかった事を少々気に病んでいたりする。
「やった~。今日は楽が出来ますよ。ありがとうございます!ヘイロンさん」
しかし、素直なスミカの態度を見て自然と頬が緩むヘイロンだ。
「しっかし、何もなさそう……いや。フハハハ、残念だったなスミカ。この先、集落があるぞ。いや~、俺も修行がしたかったが、集落があるんじゃ仕方がねーな。そこに泊まるとするか」
「ぶ~。ヘイロンさん、<探索>使ったでしょ!」
当然周囲の安全確認として<炎剣>の能力である<探索>を使っているヘイロン。
<水剣>の力を持っているスミカも<回復>系統の力を使って周囲の警戒は行っているが、ヘイロン程遠くを正確に把握できるわけではない。
普通の旅人や冒険者では簡単に辿り着く事の出来ない距離も、この二人であれば少々本気を出すだけで即到着する事が出来る。
目的地に近づくにつれて、スミカも視認できないながらも集落の状態を把握する事が出来ていた。
「ヘイロンさん。その……あまり裕福ではなさそうな」
「そうだな。泊めてもらう代わりに食料やら何やら提供すれば問題ねーとは思うけどな。多分」
二人の会話の通り、山奥の秘境と言っても良いような場所にある集落なのだから、豊かな可能性は極めて低い。
最悪は少し前に出会った盗賊達のアジトと言った可能性も捨てきれないが、既にある程度集落について把握できている二人は、その可能性だけはないと判断していた。
寄り掛かるだけで倒れそうなほど貧弱な柵があるだけの集落に到着した二人。
パラパラと人が見えるのだが、全ての人に活力がない。
「スミカ。この場の交渉はお前がやってくれねーか?俺は……少々交渉については自信が無くなっているからな」
「フフフ。任せておいてください。ヘイロンさんは、初見は少々怖く見えがちですからね。本当はとっても優しいですけど。それに、あんな不気味な笑顔で話しかけられても、恐怖でしかないですから。じゃあ、行ってきます」
フォローをしているのか止めを刺しているのか分からない事を言いながら、スミカは集落の人に近づいていく。
スミカは美人ながらもどちらかと言うと童顔でとても可愛らしい小動物の様な人物である為、初めて会う人でも話し易いと言える。
<水剣>であるイヤリングを煌めかせて、目が合った男性に対して微笑むスミカ。
「すみません。私はあの人と旅をしているのですが、もうこんな時間になってしまったのでどこか泊まれる所を探していたのです。ここで泊まれる所はありますか?」
一瞬スミカに見とれていた男は、少々悲しそうな顔になる。
「空き家があるから、そこは適当に使ってくれて構わない。だが、食料は一切提供できない。それでも良ければ好きにしてくれ」
やはりヘイロンとスミカが把握していた通り、食糧事情も含めて経済的に宜しくない集落のようだ。
確かにいくつかの空き家がある事も把握している二人。
とりあえずは今日の寝床が確保できた事で、移動する事にした。
「ありがとうございます。それでは宿泊させて頂きます」
適当に歩いているように見えるヘイロンとスミカだが、的確に空き家に向かっている。
特に煙突から煙が出たり明かりが灯っている家が一つも無い為に、外観から空き家の場所の判別がつくはずがないのだが、この異常さに気が付く事はただの人ではできなかった。
「ヘイロンさん。なんだか色々と酷そうですね」
「あぁ。それに……どうすっか。随分と体調の悪そうな連中もいそうだぞ。気が付いているだろ?」
同じ集落にいるのだから、その程度はスミカでも把握できている。
「治すのは簡単です。食料も分け与えるのは出来ますけど……」
「そうだよな。自立できなきゃ意味ねーよな」
この集落の殆ど全ての体調悪化の根本原因は栄養不足によるものだ。
一旦回復させても、この原因を排除しなくては一時しのぎにしかならない。
正に偽善となってしまうので、どう対応すれば良いか悩んでいるのだ。
「俺達が何かしてやるにも、信頼されなきゃ意味ねーしな」
「そうですね。でも、苦しんでいる人は早めに治してあげたいのが本音です」
優しいスミカの頭を、軽くポンポンと撫でつけるヘイロン。
「俺もそう思うぜ。じゃあ、取り敢えずナユラとテスラムさんに相談しようぜ?」
このまま二人で話しては埒が明かないと思ったヘイロン。
元王族であるナユラや全てにおいて頼りになるテスラムと相談すれば、良いアイデアが出て来るだろうと判断したのだ。
『……と言う訳なんだよ』
『そうですか。私も全ての人々の生活を把握できるわけではないので、恐らく目の届かないそこの集落の様な場所は他にも沢山あると思います』
『ヘイロン殿、スミカ殿。お二人の考えは正しいと思います。一時しのぎに助けても、その後に苦労するのが目に見えていますからな』
ヘイロンの説明に、ナユラとテスラムは思い思いにスライムを通して口を開いている。
スミカもお菓子を口にしておらず、真剣に話を聞いている。
『私が思うに、その人々の今の状態では狩りをする事も出来ない程衰弱しているのでしょう。体力が戻るまでは食料を提供し、その後に狩りを教えてはいかがでしょうか?』
『そう言えば、スミカ殿の収納袋……ある程度上質な武器があったはずですな』
この旅の途中、素材やら何らやを気にしていたスミカ。
恐らく冒険者から奪ったであろう武器を持っていた魔獣を始末した際には、性能の良さそうな武器に限ってだが保管していたのだ。
何故その事をテスラムが知っているかと言うと、スミカとヘイロンに従っているスライムだが、二人の戦闘時には自動的にテスラムに情報を送るようになっているからだ。
もちろん二人もその事は把握しているので、戦闘時には無様を晒さないように気を付けている。