ヘイロンとスミカの旅
「お前、なんだかんだ言って自分もテスラムさんとの修行を逃げたかっただけだろうが。気持ちはわかるけどよ。でも、日々の鍛錬は必須だぞ?」
既にフロキル王国を後にして当初の目的通りアントラ帝国に向かって歩いているヘイロンは、同行しているスミカに対して、肩に乗っているスライムを指で突っつきながら伝えている。
このスライムは<無剣>のロイドや<六剣>関係者全員に各一体ついており、スライムを介していつでもどこでも全員と気軽に会話ができる上、対象のおおよその位置までわかる優れものだ。
もちろん<風剣>テスラムの眷属であり、その情報は全てテスラムによって監視する事が出来る。
プライバシーがあるので年がら年中監視しているわけもないのだが、修行に関しては開始前に連絡するようにと釘を刺されている。
つまり、テスラムから課せられた日課の修行を怠る事は出来ないという事なのだ。
実際に諸悪の根源である悪魔一体を始末する際に、<炎剣>の力を相当なレベルで使いこなせるようになっていたおかげで楽に対処できた実績があるので、師匠とも言えるテスラムの助言を無にするつもりは一切ないのだが……
「わかっていますよ、ヘイロンさん。モグモグ……テスラムさんからの直接の鍛錬と日課の鍛錬ではプレッシャーが違いますから。モグモグ。任せて下さい」
「おまえな~、なんでいつでも何か食ってるんだよ!」
こんな軽い感じでテクテク歩いている二人。
道中に魔獣が現れる事も有るし、場合によっては上位の存在である魔族すら出現する可能性もある。
一般的な冒険者であれば街道の整備されていない長距離の移動では有り得ないほどの軽装備、そしてたった二人と言う人数で気楽に行動しているのだ。
もちろん二人共に持っている<六剣>の基礎属性である<炎>と<水>の力を使って周囲の警戒は行っている。
とは言え、神の化身たる<六剣>の力を使っているので、普通の人族や高レベルの魔獣、魔族では感知する事も出来ないだろう。
そんな中で歩を進めている二人。
自分達に向かって敵意を向けている魔獣を遠距離から適当に攻撃して始末しているので、肉眼では何もないただの道と周辺の森しか見えてこない。
「ヘイロンさん。その内、魔獣の素材とか肉とか、収納します?」
「今の所不要じゃねーか?いつでも適当に狩れるし、金にも困ってねーしな。スミカが欲しけりゃ待っててやるぜ?」
「え~、こんなにか弱い女の子を一人で行かせるつもりですか?ダメダメじゃないですか?酷いです!ヘイロンさん。シクシク」
「バカ言ってんじゃねーよ。どこがか弱いんだよ。お前がさっき適当に始末したやつ、魔族だぞ?わかりやすいウソ泣きしてんじゃねーよ!」
<探索>を得意とするヘイロンは、スミカよりも遥かに魔物達の存在を詳細につかむ事が出来ている。
その結果、この会話の直前にスミカが適当に力を込めて攻撃した魔物は魔獣の上位存在である魔族であり、普通の人族の冒険者であれば高位の魔道具を複数使用した上で、更に複数人で対処しないと討伐する事ができない存在だったのだ。
残念ながら、その状態でも人族が無傷で討伐できるかは不明だ。
そんな存在を、軽く捻り潰せるほどの力を与えてくれる<六剣>。
その所持者となるためのハードルや、その後に使いこなせるためには相当な修行が必要になるのだが、幸か不幸か<六剣>についてかなり深い知識をもつテスラムによって行われた苛烈な修行により、ここまで人外の力を使いこなせるようになっている。
万が一この二人が全力で喧嘩をすれば、この周辺は焦土と化す事は間違いない。
それ程の力を持つスミカが難なく始末した魔族がこの周辺の魔獣を制御していたようで、その存在が消えた今、魔獣達にとって街道沿いは危険と判断されたのか、全ての魔獣が、波が引くように逃げて行った。
そうなると、このような場所に残るのは人族。
そう、お約束の盗賊だ。
鬱蒼とした森の中で生活をしている連中なので、当然魔獣や魔族との戦闘になる場合もある。
そんな環境で生き延びている猛者であり、相当な強さを持っているのだ。
長年の経験から、街道から逃げるように移動する魔獣を見ていた盗賊の頭領は、周辺を統治している魔族が何かしらの理由でその存在が消えた事を理解した。
「おい。暫くは魔物共への警戒を緩めても良いだろう。仕事がし易くなるぞ。稼ぎ時だ」
こうして、辛うじて街道が確認できる位置に見張りを置いて、獲物となる旅人や商人を待つ事にしたのだ。
残念ながらこの行為すらも既にヘイロンとスミカに把握されているのだが、二人は特に対策をすることなく進んでいる。
「ヘイロンさん。さっき乙女に対して失礼な事を言った罰として……モグモグ……次の対処は任せますね。私は……ちょっと食べるのに忙しいので……モグモグ」
「おいおい…‥‥おまえ、飲み込んでから話せよ!全く面倒くせーな。いつでも食べてやがるから、いつでも忙しい事になるじゃねーかよ。俺はなるべくなら人を殺めたくねーんだよ。調整が……いやいや、やりますよ。はいっ。喜んで~!」
突然ヘイロンの態度が変わったのは、スライムを通じて丁度良い修業の場だとテスラムから助言があったのだ。
今のヘイロンから見れば盗賊は雑魚も良い所。
感覚では、最大限注意して軽く撫でる程度の力で体がちぎれ飛んでしまうのだ。
そうならないように調整する修行は非常に難しい。
大雑把なヘイロンにとってみれば猶更だ。
力任せに攻撃する方がよっぽど難易度が低いと理解しているヘイロンなので、せめてもう少し相手が強ければ……と、今更ながら愚痴を言っている。
そこに、目の前と後方の街道を塞ぐように盗賊が現れた。
あからさまに武器をひけらかし、普通の冒険者に見える二人を萎縮させようとしているのだ。
「バカみたい。そんな事をする暇があるのなら……モグモグ……美味しい物でも食べた方が幸せですよ?」
自分は修行をしなくて良い事から気が軽くなっているスミカは、相変わらずお気に入りのお菓子を食べながら、哀れみの目で盗賊達を見ている。
「スミカ。余計な事を言うんじゃねーよ。俺はこれからこいつらと交渉するんだからよ!」
ヘイロンは、なるべく相手に引いてもらう方向で交渉しようと思っていた。
そうすれば修行をしなくて済むだろうと言う、何とも言えない理由から盗賊を説得する事にした。
「へっへっへ。旦那。中々良い武器じゃないですか?」
どこかの悪徳商人のように、手を揉みしだきながら気味の悪い笑みをうかべて話を始めるヘイロン。
普通は盗賊に恐れおののく所なのだが、突然そんな態度を取られたので、逆に盗賊がその異様な光景に若干引いている。
「うわっ。ヘイロンさん、ダサ!キモッ!」
「余計な事を言うなって言ってんだろ、スミカ!俺は今交渉に全力を注いでいるんだよ。黙って見ていろって」
もちろん女性であるスミカも盗賊よりもヘイロンの姿を見て苦笑いをしている始末で、どこをどう見ても怯えているようには見えていない。
明らかに異質な二人を見て、次にどう行動するかを即断できない頭領だ。
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