アミストナ(2)
震えが来ている悪魔二体に、ヘイロンがすかさず声を出す。
「おい、お前らは邪魔だから、とりあえずあの魔王様を助けに行け」
ヘイロンの指示でかろうじて動く二体の悪魔。
「んで、そっちのでかいの。お前、あの程度が本気じゃねーだろーな。失望させんなよ?」
ついでにソレントスを煽るのも忘れない。
「フフフ、生きのいいゴミだ。どんな風に泣きわめくのかが楽しみですね」
アミストナを攻撃した時と同じだが、今度は複数回拳をヘイロンに向かって突き出す。
ところが、衝撃波がヘイロンに着弾するかと思いきや、炎で作られたと思われる薄い壁に阻まれて、ヘイロンはビクともしていない。
「おいおい、もう少し本気を出せよ。こんなんじゃテスラムさんの修行の方が千倍きついぜ」
一瞬驚くソレントスだったが、再び笑みを浮かべる。
「フフ、その防壁を見るに、貴方が<炎剣>ですね。<六剣>の中で最も攻撃力が高い。面白い、まずはあなたを捻り潰してあげましょうか」
「本気で来い、クズ野郎!おい、お前らは手を出すなよ。こいつは俺が痛めつけてやる。だが、最後はロイド、ユリナス様の本当の仇だ。瀕死になってるかもしれねーが、止めだけは譲ってやる」
言うや否や、ヘイロンは自分の言葉であるユリナスの仇と言う所に激しく反応し、全力でソレントスに攻撃を仕掛ける。
竜の形をした炎が<炎剣>から現れ、ソレントスを執拗に追いかける。
ソレントスも拳の衝撃はで相殺を試みるも、炎の竜は弱まる気配がない。
しかたたなく、あの部屋にる時に少しだけ得ることができた時間で仕掛けておいた罠を発動することにした。
それは隠された魔法陣で、魔法陣の上にいる者に高威力の攻撃を仕掛ける物だ。
設置に少々時間がかかるので、異空間から現れ即スライムを瞬殺した時から今に至るまで、かなりの数を設置していたのだ。
だが、その罠は一切発動しない。
「何故だ?」
炎の竜を回避しながらも、魔法陣を確認するソレントス。
「よそ見た~、余裕じゃねーかクズ野郎!」
その一瞬の隙に、ヘイロンによる斬撃がソレントスを襲う。
当然回避できるわけもなく直撃するソレントス。
床に叩きつけられ、その上に炎の竜が襲い掛かる。
丸焦げになったソレントスだったが、何とかまだ息は有る。
「チッ、クズが。これで本気なのか?笑わせやがる。お前程度なら俺達の配下でも十分だったな」
靴の底でソレントスの頭を踏みつけながら、あっけなく沈んだソレントスに向かって吐き捨てるヘイロン。
「ロイド、約束だ。こいつは好きにしろ!」
もう用はないとばかりに、横たわっているソレントスを蹴りつけてロイドの元に転がす。
当然ソレントスの設置した魔法陣を破壊したのはヘイロンだ。
<炎剣>の<探索>を使って、魔法陣から発せられる微弱な熱を感知して全て破壊しておいたのだ。
その様子を見ていたユルゲンとサファリア、そしてスミカによって<回復>されたアミストナは、唖然としていた。
悪魔最強と自負していたアミストナを一撃で吹き飛ばしたソレントス。
そのソレントスを歯牙にもかけずに黒焦げにして見せた<炎剣>のヘイロン。
しかし、その戦う姿を見た<風剣>のテスラムはダメ出しをしていたのだ。
「ヘイロン殿、少々技が荒いですな。あの竜であればもう少し早く動かせるはずです。これは修行が足らないようですな」
「え”、今?今ここで言う事か?勘弁してくれ。お前もそう思うよな、スミカ?」
「なんで私に振るんですか。とばっちりが来るかもしれないじゃないですか!!黙ってください、ヘイロンさん!!」
あれ程の力を見せつけていてもダメ出しをされるとは・・・
自分たちが<六剣>や<無剣>に勝てるわけはなかったのだ、と思い知ったのだ。
一方のロイド、黒焦げになった状態で蠢いている本当の復讐の元凶を目の前にして、あまりのあっけなさにどうして良いかわからなくなっていた。
そんなロイドの心中を察したのか、アルフォナがロイドに近づく。
「ロイド殿、止めを迷っているようであればこの私が変わろう。こやつはユリナス様の怨敵。騎士道精神を持って速やかに断罪して見せよう」
ロイドはアルフォナを見る。アルフォナは既に<土剣>を顕現させて、ロイドが頷いた瞬間に断頭する気満々だ。
「スマンなアルフォナ。何だか俺は弱くなったようだ。押し付けるようで悪いが・・・」
言い終わる前に、アルフォナの剣はソレントスを細切れにしていた。
「おい、アルフォナ!お前断頭するんじゃなかったのかよ!無駄に細切れにしやがって、片付けるのが面倒くせーだろ!!」
「いや、ヘイロン殿。貴殿の魔法で焼き尽くし易いようにしてやったのだ。この溢れんばかりの騎士道精神に感謝してほしいものだ」
ロイドの心が少々弱くなっている気配を感じ、わざと少しふざけたやり取りをする<炎剣>のヘイロンと、<土剣>のアルフォナ。
だが、復活の可能性をゼロにする為、本当に<炎剣>の全力でソレントスは滅却された。
その魔法の威力を見て、魔王達は口をあんぐりしたまま固まっていたのはここだけの話だ。
「母さん、ようやく全てが終わったよ」
そう言って、空間魔法に収納されているユリナスを一度だけこの場に顕現させた。
瞬間、まるで合図でもしたかのように全く同じ動作で<六剣>全員が剣を掲げた後、深く頭を一斉に下げた。
魔王アミストナと、第一階位の悪魔であるユルゲンとサファリアは驚愕した。
あれ程の強さを誇る<六剣>が、全身全霊で敬意を払っている亡骸・・・
恐る恐るロイド達に近づく悪魔達。
「ロイド殿、そのお方は・・・」
アミストナは、ロイドの機嫌を損ねないように気を付けながら問いかける。
「ん?ああ、俺の母親だ。見ての通り既に息をしていないがな・・・」
「もしや、そのお方が魔族によって命を落とされたお方か?」
「そうだ。俺の大切な人だったんだ」
「俺の恩人だ」
「私の主でもあった」
ロイドの返事に被せるように、ヘイロンとアルフォナも続く。
深い悲しみを乗り越えるように、最後にユリナスを見つめていたロイドは再び魔法でユリナスを収納しようとした。
その時、アミストナから思わぬ提案があったのだ。
「ロイド殿。罪滅ぼしと言うわけではないが、そのお方、蘇生ができそうだ。状態も良いので、多少の傷であれば、あの<水剣>のお方の力があれば問題ないだろう。どうする?」
今度は<六剣>と<無剣>が唖然とする番だった。
一番最初に我に返ったのはアルフォナ。
「本当か!本当にユリナス様を元に戻せるのか?騎士道精神に誓えるか??」
「え、ああ。戻せる。その・・・騎士道精神が何かはわからないが・・・」
ロイドとヘイロンは目に涙をためている。
まさか、滅するつもりでいた魔王に救われるとは思ってもみなかったのだ。
「頼む」
やっとロイドが声を出せた。
すると、アミストナは長い呪文の詠唱に入った。
あれ程の魔力の持ち主でさえも長い詠唱を必要とする魔法。
余程の魔法であることが見て取れる。
やがてユリナスの亡骸を包むように白い膜が形成され、その膜が一纏まりになったかと思うとユリナスの心臓の辺りに吸収された。
「う~ん、あら、ロイドとヨナ?それに・・・ヘイロン君じゃないの。アルフォナまで・・・どうしたの?」
「母さん!」「「「ユリナス様」」」
こうして、本当の敵を全て滅してユリナスを取り戻した<六剣>と<無剣>。
魔王達とも完全に和解し、魔王城と魔王領はそのままに人族の領地に帰還した。
その後は、フロキル王国の防壁内部に巣くう魔獣、魔族を討伐して防壁も修復し、新国王としてキュロス辺境伯が即位した。
本人は固辞し続けたのだが、ユリナスから直接頼まれては断り切れなかったらしい。
この新生フロキル王国は魔王領とも交流がある事を公にし、自我の有る魔族や悪魔と物資の取引をしている。
特に、魔王領内で魔獣や魔族をある程度引き受けている状況なので、時々間引きの為に狩った素材をフロキル王国に持ち込んでいる。
その素材を加工したり、人族の技術で作ったりした物資を逆に送る等の交易を活発化させている。
当初悪魔との取引と言う事で難色を示していた他国でも、フロキル王国が悪魔との交易で栄えていくのを見て交易を望む国が増えてきているらしい。
このまま行けば、悪魔と人の垣根がなくなる日も来るかもしれない・・・
そんな事を願いつつ、ロイドは<六剣>の仲間とユリナスと共にフロキル王国でのんびりと過ごしている。