冒険者ギルドはオルラクの香り
いつの頃からそう呼ばれるようになったのかは判らないが、魔物の討伐依頼や旅行きの護衛依頼を受ける戦士たちを『冒険者』と呼称した。『冒険者』は町ごとにギルドという組織に管理され、中には複数の町で資格を得ている者もいると聞く。
宿場町エレシスにも同様のギルドがあり、この町出身の者を軸に多くの『冒険者』たちを管理していた。
老女フォルセットは、ビオレッタと女二人だけの旅行きはなにかと物騒なものだと考えていた。
王宮から逃げ出した手前、今頃は皇子たちからの追っ手もかけられていよう。
また、老魔法使いフォルセットがいくら腕に覚えがあるとはいえ、魔力は無尽蔵ではない。必要な時に必要な魔法が使えないのでは話にならないのである。ましてや、初めて王宮の外の世界を知ったポンコツのビオレッタがいつなにをしでかすかも分からない。
故に、この冒険者ギルドで護衛を募集するのがよいと、フォルセットは足を運んだのだった。
冒険者ギルドは古い建物だが、建材に使用されているオルラクの木の香りが内部の人いきれを掻き消していた。
できるだけ腕の立つ者がよいな、と彼女はギルドの建物内で所狭しと依頼を探す冒険者たちを値踏みする。
魔王が封印されてからここ50年で、魔物の討伐依頼そのものは大きく激減していることはフォルセットも聞き及んでいる。30年ちょっと前からは、魔物の住処や魔王の領地内の遺跡などからの収集物の買取なども始めたため、冒険者は遺跡荒らしまがいのこともするようになっていた。また、経済力のある商人や一般人も収集物の闇買取をするようになってからは、国難級のアイテムがギルドの目の届かぬところへと流出する事態ともなっていた。
できればそういった悪事に手を染めてない連中が良い──フォルセットは脳裏を過った考えを『お人好しの戯言』と首を横に振って打ち消した。あれから50年、人間の欲に塗れた醜態は嫌というほど味わったではないか、と。
「せめて、目的地につけるだけでもよいわ……」
老女は小さく小さく一人ごちた。
一方ビオレッタはというと、初めて見る光景に大はしゃぎだ。
「素晴らしいですわ! こんなにも愛と勇気と正義感に溢れている方々がいるなんてっ」
彼女の台詞に「それは違います」と文字通り老婆心から最速で否定するフォルセット。
「だってこんなにも希望に満ちた目をしていらっしゃるのですよ」
「ビオレッタ様、あれはビタ一文でもより良い報酬にありつこうという飢えた狼の眼差しです」
冒険者ギルドに不釣合いな二人がかわす会話は、無論、飯のタネを探しに来た冒険者たちの耳にも届いて然るべき声量で、流石に辛辣な老女の言葉には大半の該当者が図星に眉根を顰めた。しかし、冒険者ギルドというこの建物に似つかわしくない人物がいるとすれば、それは冒険者を必要とする依頼人か冒険者に貸し付けた金の取立人くらいなものだ。
老女と若い女の二人組を依頼人であると断定した冒険者たちは、揃って悪口の聞こえぬ振りを決め込むしかなかった。
あからさまに彼女らと視線を合わすまいと顔をそらす冒険者たちを尻目に、ビオレッタはさらにテンションを上げた。
「まぁ、見て、フォルセット! あの御仁、あんなに小さいのにあんなに大きな武器を持ってますわ! 体より大きな武器だなんて、とても強い魔物を退治できるんじゃないかしら?」
彼女は冒険者の一人を指して口走る。
「ビオレッタ様。淑女たるものは他人に指をさしてはなりませんよ」
老女の諌める声もむなしく、彼女は別の冒険者を指して言葉を続けた。
「まぁ、見て! あの御仁は全身重そうな鎧を身にまとっていますわ! 今日はとても天気がよいのでとても蒸れて暑そうですわ」
「人に指をさすんじゃありません」
「まぁ! あの綺麗な女性はまるで素っ裸に布一枚しか身につけてないんじゃありませんの?」
「指をさすんじゃあない。次にまた指をさすようなことがあらば、そのしなやかな細枝のごとき白い指を根元から外側に折り曲げて、そのむちむちとした下品な太腿を衆目にさらけ出して足でスプーンを使わねば大好きな羊肉のスープも食べられなくして差し上げますよ」
怒気をはらむフォルセット。
さすがにビオレッタもしゅんとした表情で肩を落とす。
「むちむち……わたしだって気にしてるんですからね」
「もっと別のところを気にしてくださいな」
冒険者たちの間から失笑が漏れた。
明るさを取り戻した冒険者たちは少しずつフォルセットたちとの距離を詰め始めた。
「あんたら、どこまでの旅をする気だい?」
「予算はどのくらいを考えてる?」
「おいおい、依頼はちゃんと受付を通してからのほうがいいぞ」
などと、優しさの溢れる対応だ。
ギルドに所属する冒険者を雇うにはそれなりの手順が必要である。冒険者のほとんどは様々な町でギルドに所属しているのだが、自由に依頼を受けた場合はギルドへの支払いを必要とし、それを考えると冒険者にとってはデメリットでしかない。
宿場町エレシスの冒険者ギルドにおいてはそれだけではないというのも、彼らは教えてくれた。
「ここいらはボルボン一家のシマだからね」
「あいつらは俺らの請けた仕事を勝手に取り上げちまうからな」
受付で護衛募集の書類を作り終えたフォルセットたちに、名も知らぬ冒険者たちが集まってくる。
「ボルボン一家は数十年続く老舗のパーティだからなぁ」
「まぁ、あいつらに目をつけられたら、この町じゃ商売あがったりだし」
「軽い依頼はだいたいあいつらが持っていくからなぁ」
と、半ば諦めの声も聞かれた。
ひとつひとつに「あらあら」「まぁ」と相槌を打っているビオレッタとは対照的に、老女フォルセットは一語一句にしっかりと耳を傾けていた。
「それで、そのボルボンという男がその一家をまとめているのですね?」
一通りの話を聞き終えてフォルセットが訊ねる。
その質問に会話の輪の外から白髪と白髭をたくわえた魔法使い然とした老冒険者が声を放つ。
「やつなら何十年も前から墓の下じゃわい。今は6代目が仕切っとるのぉ」
「ほほう。その6代目というのも商人なのですか?」
「あんた──」
老魔法使いは尋ねるフォルセットに視線を向けると、ぎょっとした顔をした。
その目は彼女の背後に向けられていた。
「6代目ってのは冒険者、この俺よ」
フォルセットは背後からの声に振り返る。
ずんぐりがっしりとした体格になめし皮の鎧をしっかりと着込んだ髭面の強面が、大きく胸を張って立っていた。
彼の背後には同じ鎧を着込んだ男たちがずらりと揃っていた。