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ソードフィッシュ Mk.I

 1941年 5月26日 フランス西方の海上


 これより僅か2日前、ドイツの戦艦ビスマルクの一斉射によって、イギリスの巡洋戦艦フッドは火薬庫に直撃弾を受けるという不運もあったが結果的には一撃で爆沈、戦艦プリンス・オブ・ウェールズも甚だしい損傷を受け戦闘不能に陥った。

 先の大戦からUボートによる通商破壊を“お家芸”にするドイツではあったが、海洋国家としても軍用艦運用実績から見ても、明らかにイギリスに劣るものである。ことさらイギリス海軍と言えば“王室海軍ロイヤルネイビー”として、自他共に認める世界最強の海軍なのだ。ドイツジャガイモ野郎ごときに後れを取って良いはずがない。このような世のことわりの順逆を覆すようなことを、たとえ神が許しても、女王陛下ハーマジェスティを戴くロイヤルネイビーの誇りと名誉が許さないし、絶対に認めないのだ。


 英国海軍はフッド爆沈とPoW中破の報を聞くや否や、即座にビスマルクへの復讐戦を企図、その日のうちに近海の英国船を総動員してビスマルクの索敵を行わせた。

 その中でも特に成果を期待されていたのが“ジブラルタルの護り”H部隊である。巡洋戦艦レナウンとシェフィールド、そして多数の艦上攻撃機を搭載する空母アークロイヤルがジブラルタルを出て北上する。

 もはや様相は“ロイヤルネイビー総員と戦艦ビスマルク”という構図になっていた。航路を偽装し単独でフランスを目指したビスマルクが英国海軍の索敵網に絡め取られるのに、そう時間は掛からなかった。



 もはや時代は全金属製の単葉機が主流になっているにも関わらず、空母アークロイヤルに搭載されている攻撃機は、前時代的な複葉羽布張りのソードフィッシュ雷撃機であった。

 空冷のエンジンが絞り出す出力は750馬力、最高速度は220km/h程度、巡航速度に至っては180km/h前後、上昇限度は3200メートル……太平洋で活躍している日米の艦載機に比べると、それこそ“時間が止まっているような”性能だった。

 もちろん海軍の一部からは攻撃機の更新を求める声も挙がってはいたが、元より保守的な体質である英国海軍においては、このような旧式機の運用は珍しいことでもなく、また、パイロットたちも特に不満も抱いていないのであった。


 昼過ぎにアークロイヤルより行われた第1波の雷撃攻撃は、“僚友シェフィールドを攻撃する”という極めて不本意な結果となった。幸運にもシェフィールドに大きな被害こそ無かったものの、これによってアークロイヤル総員は、より一層ビスマルクへの(やや理不尽な)敵愾心を新たにしたのだった。

 第2波攻撃は薄暮に決行されることとなり、アークロイヤルの格納庫内は攻撃準備で騒然としている。そんな中、ひとりのパイロットが愛機ソードフィッシュのコクピット内で何やら呟いていた。


「次は巧くやる。次こそ沈めてやる。お前も辛いだろうけどオレも辛い。死ぬときは一緒だ。だからお前もしっかりやってくれ」

 操縦桿を撫でながらブツブツと独り言している中尉の姿は、愛機への慈しみや親愛の情の発露、自らを高揚させる儀式のようであった。それは殊更に騒ぎ立てて笑い飛ばすような光景ではない。程度に差こそあれ、洋の東西を問わずパイロットなら誰しも行うことである。

 また、中尉と件のソードフィッシュはアークロイヤル搭乗以来の戦友でもある。ここまで共にカタパルト作戦やダカール沖海戦にも参加し、戦果を挙げているのだから、思い入れが深いのも頷けよう。

 だがしかし、それを差し引いても中尉の“独り言”は少々奇妙であった。

「……そうか? 昼間のアレはオレのせいじゃない……なんだって!? だからオレじゃないと何度も言ってるだろう、しつこいヤツだな!」

 中尉は完全に機と会話しているのだ。そうとしか説明が付かない。ときおり肯き、間を空け、言葉を返す……それは会話以外の何者でもない。

「とにかく! お前もオレも世話になっている我らが海軍への最高の恩返しのチャンスだ。次こそ憎きビスマルクの野郎に、“もう結構です”と言うくらい山盛りの魚雷フィッシュを喰わせてやろうじゃないか……何だと? 巧いこと言ったつもりか、だと? この野郎!」

 中尉の奇妙な独り言は、整備員はもちろん、機に同乗する他のクルーも知っていた。しかし誰も深く追求はしない……平素の中尉は極めて好人物で頭脳も明晰、戦歴も成績も優秀なのだ。飛行中にもしばしば“独り言”しているが、その合間にはクルーに対して正確な指示を飛ばすし、他にはまったく異常な言動は見られないのである。


 19時、アークロイヤルの雷撃隊の発艦準備が整う。10分後、太平洋戦線に比すれば極小とさえ思われる15機編成のソードフィッシュが、次々に、ノロノロと、薄暮の空へ上がっていった。

 21時、一度は味方に雷撃されかかったシェフィールドの適切な誘導(まったくご苦労なことである)によって、第2次雷撃隊はついにビスマルクに接触を果たす。

 しかし、折しも曇天の上に薄暮で視界が悪く、15機の雷撃機は隊長機に揃えた大規模な編隊雷撃を断念し、各小隊が隙を見て雷撃するという妥協策で攻撃を加えることとなった。


 中尉機は所属小隊の2番手であった。ビスマルクの対空砲火は思いの外激しく、低速のソードフィッシュ隊は接近に難儀する。中尉機も機銃弾を浴びたが、その多くは羽布張りの外構を貫通していくばかりで実被害はほとんど無かった。

「おい! まだ大丈夫だろ!? 飛べるな!?」

 コクピットで怒鳴りながら必死で小隊長機に追従する中尉……それは誰に対するものでもないことは後席のクルーたちも織り込み済みだ。返事を返すこともなく、それぞれの仕事に集中する。

 焦れた他の小隊機から疎らに魚雷が放たれたが、ビスマルクは忙しない転舵で巧みに回避していく。強い波風も今は明らかにビスマルクに味方しているようだった。

「もっと接近してからじゃないとダメだ!」

 中尉は所属小隊の隊長機が早々に魚雷を投下するのを見て思わず失望の声を上げる。

「オレたちは突っ込むぞ!?」

 その声はクルーたちに向けられたものである。後席のクルーは意を決して同調した。

 今こそロイヤルネイビーの威光を示す時だ。


 中尉はソードフィッシュを巧みに操って絶妙な高度を維持しながら接近していく。鈍足のソードフィッシュゆえにビスマルクの対空砲火も目測を誤ったか、思うように照準することができないのだろう……高角砲弾も機銃弾も、まるで飛んでこない。中尉機は激しく身を捩って右往左往するビスマルクを待ち構えるような進入路から、ゆっくりと確実に好機を窺う。

「よぉし……お前も準備は万端か? まだ死にたくなかったら、しっかりと機を護っていてくれよ!?」

 その独り言と共に中尉は一気に高度を下げ、いよいよ魚雷の投下体勢に入った。数本の魚雷を回避し終わり、舵を戻したビスマルクは中尉機の進入路に対して直角に艦首を向けながら舷側を晒そうとしている。

「よし! 今だ!」

 そう叫び魚雷投下のレバーに手を掛けた瞬間、運命の悪戯か唐突に吹き付けた激しい突風に煽られ、ソードフィッシュの機首がビスマルクの艦尾側へ向いてしまった。

「しまっ……!?」

 すでに魚雷は投下されていた。中尉は悪態を付いて操縦桿を大きく引き戦闘空域から離脱を図る。観測員が投下した魚雷の雷跡を確認し、溜息と共に頭を振る……このままの速度で魚雷が直進したとして、それをビスマルクに当てるには、それこそビスマルク自身が今すぐに全速後退でもしない限り、どう考えても当たりようがなかった。

「この野郎! 肝心な時にお前は何をしてやがった!?」

 悪態とは違った口調で、まるで誰かの責任を問うような調子で独り言する中尉だったが、どうも様子がおかしい。

「……おい? どうした? おい? 返事をしろ?」

 中尉は狼狽したように足下のペダルから足を離し、コクピットの床を蹴りながら独り言を続ける。

「おい? いないのか? どこに行った? おい冗談はよせ!?」

 そして中尉はキャノピー越しに自らが放った魚雷を見る。そしてアッと叫んだ。


 あさっての方向へ投下したはずの魚雷の雷跡が、大きく弧を描き始めているのだ。

 それはまるでビスマルクへ向けて誰かが魚雷の舵を……そんな機構は備わっていないが……舵を切っているとしか思えないように滑らかにカーブし続けている。


「ま、まさか! お前!? アレに乗って行ったのか!?」

 愕然とした表情で独り言する中尉。

「この大馬鹿野郎! 誰もそこまでしろなんて言ってないぞ…… この野郎……」


 ビスマルクの右舷艦尾で大きな水柱が上がった。


 たった1発の魚雷の直撃により、ビスマルクの主舵と機関は致命的な損傷を受け、実質的に自律航行は不可能となった。その夜を徹してイギリス第4駆逐艦隊と善戦するも、翌朝には完全に戦闘機能を喪失し、昼前についに沈没したのだった。


 直接に撃沈したわけではないものの、ソードフィッシュの放った1発の魚雷がビスマルクの命運を決めたことを疑う余地もない。すでに旧態化していたソードフィッシュではあったが、この功によりイギリス国民から戦後も末永く愛されることとなった。









例によって用語・用法・公証などに間違いや誤用があるかとは思いますが、お許しください。

特に手元に上質の資料がないままに書きましたので、時系列と出来事がメチャクチャな気がする点と、

個人的理由wにより英軍が嫌いだということもあり、かなり正確性に欠ける内容だと思います。

申し訳ありません。


旧式機ソードフィッシュ、戦艦ビスマルクの最期、そして英軍の飛行機乗りお馴染みの

「グレムリン」伝説を絡めて書きました。

乗機に取り付いて悪さをする小悪魔グレムリンですが、あまり悪戯が過ぎると墜落=自分も死ぬため、

むしろ機を護りパイロットを助けたという逸話も多いそうです。

似たようなお話が既存でしたら、申し訳ないです。

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